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第36話 一方のユウゲン


「はあっ……」


 ユウゲンこと、松岡マツオカは《友人の幸せ亭》の自室で息を吐き、ベッドに倒れこんだ。

 自分の特技は尋常でない体力を使う。

 本当は表彰の壇上に上がる前に《霊薬》を口にしたかったが、カジノは人目が多すぎた。

 サンジェルマン卿から譲られた《霊薬》は、大変な貴重品の為においそれとは人前に出せないのだ。

 

 というのも、回復系の薬は高い・・

 回復薬ポーションは粗悪な物でも金貨一枚が相場で、高位回復薬ハイポーションなどは純金貨一枚以上する。

 円で換算すると、だいたい金貨が十万円、純金貨は百万円だ。


 あまりに高価な為に、マツオカはこの世界に来た当初、《治療魔法》を覚えようと考えた。

 だが無理だった。

 まず、地球人であるマツオカに魔法……魔術を使う才能は無かった。

 日常で使用する魔導具に、魔素を流し込むのが精一杯だったのだ。

 魔法を使える事を楽しみにしていただけに、これはショックだった。


 だいたい、この世界の人々は魔法を魔術と呼ぶ。

 魔法とは術の事でなく、《魔術》と《法術》の総称だ。

 だからこそ、大聖王国で出会ったカブラギたちが《魔術》を魔法と表現した事で、彼らが地球から来たと確信できたのだが。


 

 それに、この世界では物語によくある治療魔術……いわゆる法術が極めて珍しい。

 一応は《治癒キュア》と呼ばれる病気・毒などの治療魔術、《回復ヒール》と呼ばれる怪我の治療魔術があるそうだが、余程の魔導師でないと会得者はいないそうだし、人族の使用者は大陸一の宗教であるオウゴン教に勧誘されて、司教様に抜擢されるらしい。

 まあ、当然いきなり司教になっても優秀な司祭や助祭が補佐につくそうだが。

 

 魔術なんてある世界だから、《復活魔法》なんてモノもあるのかと思えば、当然ない。

 いや、遥か昔の《大聖戦》で《世界の守護者》が幾人か、《復活魔法》みたいな法術を行使したという記録はあるそうだ。

 だから正確には、現代に《復活魔法》を使用できる者がいない。

 という事になる。


 しかし、回復薬ポーションは高価だが店で販売されているし、毒消し・治療薬の類も存在する。

 薬師などの専門家が製作するそれらがあれば、わざわざ難しい《治癒キュア》《回復ヒール》の法術を無理に覚える必要はないのだ。

 ただ、法術は《世界の守護者》が広めた魔法なので、オウゴン教は是非とも使用者には帰依きえしてほしいし、教会所属者は必死に会得しようとするそうだ。


 何にせよ、回復系の薬は高い・・

 その中でも、特に希少な《霊薬》は白金貨五枚、約5000万円もする。

 そんな物を、一介の商人が人目のつく場所で自分に使えば、どれだけの金を溜め込んでいるのかと要らぬ襲撃を招きかねない。

 ユウゲン商会が、かのサンジェルマン卿と懇意に取引していると知っている者は知っているが、道理の分からない輩はどこにでもいるし、根無し草の冒険者は権威に対して反発心を持っている者もいると聞く。

 

 危ない橋は渡らないに越したことはない。


 かくして、マツオカはサンジェルマン卿の要請通りにカジノで特技を生かし、《神霊薬》を手に入れた。

 実際には、《神霊薬》受け取る権利を手に入れた。

 明日、フリードリッヒに付き添ってもらって正式に受け取る予定だ。

 サンジェルマン卿直属の眷属である彼ならば、護衛としても安心できる。


 「当初の日時よりも早く手に入れてほしい」と言われた事は不可解だったが、別段難しい事でもないので即座に了承した。

 サンジェルマン卿の頼みを聞くたびに《霊薬》を譲ってもらえる約束だったため、可能な限り希望には添いたかったのだ。


 ルーレットは金色と銀色の二択で2倍。

 そこに、数字の奇数か偶数かの選択で4倍。

 そこからさらに、1~12・13~24・25~36・37~48までの四択を加えての選択で16倍など、

 賭け方で配当は変わってくるが、全部で48ある数字の一点賭けはそのまま48倍のチップの払い戻しが受けられる。

 

 この一点賭けをマツオカは、最高賭け金の純金貨一枚分で5回成功させた。

 うち、2回は一度だけ認められるダブルアップだったので、白金貨24枚分のチップを手に入れたのだ。

 積み上げられたチップのタワーは注目を集め、先日までに手に入れていた金貨もチップに変えて白金貨25枚分の《神霊薬》を即座に交換。

 目玉景品の進呈はカジノ内の壇上で行われ、支配人自ら表彰された。


 支配人は終始にこやかで、一仕事終えた安心感を感じているようだった。

 恐らく責任者のネカジャノ子爵……いや、今は大伯だったか。ネカジャノ大伯からマツオカが受け取る予定だと聞かされていたのだろう。

 

 カジノ内は魔素探知が張り巡らせてあり、遊技場にも魔素妨害が二重三重にかけてある為、魔術を使用したイカサマは不可能だと周知されている。

 しかし、自分の特技は魔術ではないので何の問題はない。


 幾人にも声をかけられ、その中には《神霊薬》を譲ってほしいという者も多数いたが、ペコペコと頭を下げながらやんわりと拒否しつつ、《友人の幸せ亭》へ戻ったのだった。

 



 戻る途中で良からぬ話を聞いた。

 ゼギアス大皇国とポロイス大共和国の間で戦争が起こるというのだ。

 すでに兵が集められ、この魔防都市メサルテの外で行軍の準備が始まっているらしい。

 どおりで街の中を馬車が忙しく行きかっているわけだ。


 先日の《友人の幸せ亭》が襲われた件が絡んでいるのだろう。

 詳しい話は知らないが、ネカジャノ子爵が大伯という爵位を授与されて、三日前から先行して軍を進めているそうだ。

 

 メサルテからポロイス大共和国までは遠く、国境である大平原までは馬車でも時間がかかる。

 その途中にも地方都市といくつかの庇護国があるため、この地まで戦火が及ぶことはないだろう。

 それに、戦いが長引く前にオウゴン教が仲裁に入るはずだ。

 そう考えるものの、やはり不安はある。

 この世界へ来る前は、海外旅行もしたことが無かったマツオカだ。

 だからこそ世界を周るという、隠居した後の旅行生活に思いを馳せていた。

 しかしそれも、魔王軍が打倒されて平和になったと聞いたからこそ行動に移そうと考えたのだ。

 魔獣が存在するとはいえ、国家の機関と冒険者という専門家が駆除してくれる。

 戦争をしている国で暮らしたことのないマツオカが、懸念を覚えるのも無理からぬ事だろう。

 魔防都市メサルテには見知った顔も多い。

 

「女将さんたちが巻き込まれる……なんて事はないだろうけど」


 ベッドの上で体勢を変え、片手を枕にして足を組み替える。


「……カブラギさん達はどこいったんだ?」


 部屋の壁を眺めつつ、疑問を口に出す。

 カブラギたちは三日前に出かけて、《友人の幸せ亭》に帰って来ていない。

 自分と同じ日本から来たであろう彼らが良からぬことに巻き込まれていないかと考えるが、音に聞いた限りだと見た目通り、この世界でも十分に危険を退けられるチカラを持っているだろう。

 自分如きが心配する事も無いかと思い直し、ひとまずの目標を達成した満足感に浸ろうとしていると――


 地響きが鳴り、外から悲鳴や大勢が騒ぐ声が聞こえてきた。

 マツオカは肘を突いて上体を起こす。


「……なんだ?」



 




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