第35話 争いの終わり……
後は一方的だった。
俺たちと連合軍に囲まれた蜘蛛たちは、一匹残らず駆逐された。
死骸が平原を埋め尽くす中で、アグーの翼で浮いていたシソーヌ姫がゆっくり降りてくる。
一緒に浮いていた魔人族の幕僚と、ワイバーンに乗った緑色の亜人も続いて降りてきた。
「皆さん。ありがとうございました」
姫が連合軍に向けてぺこりとおじぎすると、歓声が上がった。
「「「シソーヌ姫!! シソーヌ姫!!」」」
シソーヌ姫コールだ。
手を突き上げて、誰も彼もが姫を称える。
後で聞いた話。アグーが背中に張り付いて助言してたんだけど、ジュエリールの風を操って周りに声が聞こえないようにしてたんだって。
他の連中にはさぞかし立派に見えてたんだろう。
シソーヌ姫コールが続く中、当の本人がふらふらと歩きだす。
どうしたんだ?
そのままある地点まで行くと、がっくりとヒザをついた。
少女の嗚咽が聞こえてくる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ああ!!」
アグーが叫んだ。
シソーヌ姫が向き合っているのは、横たわる魔人族と亜人の兵隊だ。
腹を裂かれて、死んでいる。
「ワシはまた! また同じ過ちを犯した!! 平和を望む少女を! 戦いへいざなった!!」
ふらふらと、白い毛のカタマリが地面へ降りた。
「カリン。フウカ。ワシは何も学んでおらなんだ……底無しの愚かものぢゃ」
空に向かって語りかけるアグーを、マキマキがゆっくりと近づいて抱き上げた。
「アグー。夏凛と風香は生きてるじゃない。覚えてないだけ、そうでしょ?」
……この二人も背負ってんだな。
歓声は止み、シソーヌ姫を囲んでいた軍勢は、ザワザワとさざめく。
「ごめんなさい……」
大粒の涙を零しながら、泣く。
そんなシソーヌ姫の声に周りが静まり返った。
アルマが小さな背中に近づいて、ギュッと抱きしめる。
「姫様は、成すべき事を成したのです」
両軍の幕僚たち、リーダー格っぽい連中は俯いて黙り込む。
俺も、なんて言っていいか分からない。
10歳の女の子が大人たちに、死地に挑むように指示を出す。
それがどんなに辛かったか。苦しかったか。
自分の言ったように人が動き、死ぬところを見たんだろう。
でも必死で、考えて、これ以上死なないように、誰も傷つかないようにって、死に物狂いで声を出したんだろう。
みんな死なないで……わたしが、わたしがなんとかしないと……。
シソーヌ姫と、初めて会った時に聞いた言葉を思い出した。
「泣くことはないさ、うん」
いつの間にかシソーヌ姫の横に立っていたサジーさんが、両手を掲げた。
魔獣以外の遺体が白く瞬く。
この光景は見た事があるぞ。
《鎮魂の儀》だ。
「生は移り変わり留まらず。業を抑えれば尊し。滅びは隣人で、時死・不時死に関わらず再生の糧である。受け入れよ受け入れよ……」
綺麗な遺体も無残な遺体も大勢が見守る中、同じように光になって天に昇っていく。
シソーヌ姫も顔を上げて、昇っていく光を眺める。
誰もが声を殺したまま突っ立って、傍観していた。
光の一つが一瞬、人の形になった。
ネカジャノ大伯だった。
表情は確認出来なかったけど、小さな蜘蛛を手の平に乗せていた。
光が全て昇りきると、いつの間にか空は夕焼けに染まっている。
俺は張っていた気を緩めて、大きく息を吐いた。
戦闘フォームが通常フォームに戻る。
「ごめんなさいじゃあないよ、うん。彼らが頑張ったから危機は去ったんだ。だったら言うべきは、《ありがとう》だよね、うん」
シソーヌ姫は夕焼けに向かって、「ありがとう」と呟いた。
「ふぅ! いや、これだけ大掛かりにやると疲れちゃうね、うん。もうね、クタクタ」
サジーさんが尻もちをつくと、亜人の幕僚、緑色のおじさんが近づいてきた。
「国を、同胞の誇りをお守り頂いた。感謝を捧げます」
そう言って拳を握り、胸を叩いた。
魔人族の幕僚たちも、さっきまで円盤みたいな魔導具で浮いていたおっさんを先頭にして近づいてきた。
「いやいや、流石は大聖王国の姫君。我ら魔人族と同様の格を持つだけありますな。後日改めて謝礼を送らせて頂きますぞ」
居丈高な言葉にサジーさんが溜息をつく。
「ごめんね。ヒーはメサルテの治安維持隊の責任者で、仕事ぶりは真面目なんだけどさ。感謝の仕方を知らないんだ、うん。悪いコじゃないんだけどね」
「な! サンジェルマン卿!」
慌てる魔人族のおっさんに、緑色の亜人さんが向き直る。
「貴殿の戦いぶりもお見事でした」
「……大共和国にも煩わせた責を取る。此度の件を上奏したのち、連絡致す」
「ご連絡、お待ちしております」
亜人さんの方が大人だね。
その亜人さんが魔人族のおっさんに頭を下げた後、サジーさんに向き直る。
「軍を引く前に、《銀伯爵》さまに確認しておきたい事柄がございます。《黒白の狂獣》はどうなったのでしょうか?」
げ。
「ああ。そうだね、うん」
サジーさんが指をクルクル回すと地面に魔法陣が現れて、そこから金色のデカい板が出てきた。
「この中に封印したのさ。でもね、負の感情が空気中の魔素に影響を与えると、また出てきちゃうかもしれないよ、うん」
尻もちをついたまま、俺にウインクしてくる。
「左様ですか……。では、ゼギアス大皇国とポロイス共和国が共同でこの地を管理するというのはいかがでしょうか」
「……と、いいますと?」
「本来ならば、この地に一番近い城塞都市、ジ・ガガで管理するのが筋でしょうが、ゼギアス大皇国は魔導先進国でいらっしゃる。魔素の機敏には我ら以上に成熟されておりますし、至らぬ点を補佐していただければと考えました。さらに共同の駐屯地を作成すれば、貿易の経由地にもなりましょう」
「おお! それは願ってもない! 国境にゼギアスの拠点はありませんでしたからな。しかし私の一存では決めかねる故、この件も追って連絡致しますぞ!」
なんか知らんけど、丸く収まりそうだな。
賢そうな亜人さんが、自分トコに不利な提案をするとは思えねえし。
魔人族のおっさんが急に機嫌が良くなったのを見ると、お互いに旨味のある話みたい。
問題はうまく騙そうとしてないかって所だけど……。
ニコニコしてるサジーさんを見ると大丈夫みたいね。
てことはアレか?
仲直り完了って事か?
「仲直り完了って事か?」
「カブラギさんまた……」
集まってるみんなが俺を見た。
あれ? 口に出てた?
「仲直りですか。くっふっふ……いやぁ、良かった良かった」
聞き覚えのある声が響いた。
みんなが声のした方向を見上げる。
そこには宙に浮く、首が真横にダランと垂れた、軽鎧の白仮面がいた。
アルセーヌさんに首の骨を折られたはずのソイツは、頭を両手で持ってゴキリと元の位置に戻した。
「悪者は退治して、めでたしめでたし。いや、本当に良かった。くっふっふ……」
両軍からどよめきが上がる。
しぶてえなオイ。
でもいまさらコイツがいたところで問題ない。
何かしようとしたところで、すぐに殺せる。
それが出来る人間はこの場に沢山いるし、俺も躊躇しない。
なのになんだ?
この嫌な予感は。
「ところで、マルマリ国が進化の実験で使用した魔獣は、一体だけだったのでしょうか? 普通ならば不測の事態に備えて、複数の被験体を用意する物ではありませんか?」
嫌な予感がする。
「ワタクシは当時、究極進化した個体を封印……もとい回収いたしました。その際、もう一押しで同様の進化に達する個体を見つけ、それも回収いたしました」
「何が言いてえんだ!!」
「《崩国の姫》はもう一体おります。くっふっふ……《皇都の壁》は現在、無事だと思われますか?」




