第7話 魔法少女ジュエリール
魔法少女視点です。
海崎 真希菜は、救世戦士アスガイアーの背中を見送った。
「あの男! 地球人ぢゃと!?」
妖精アグー。
真希菜を《魔法少女ジュエリール》へといざなった、運命の誘導者。
モコモコで、どんなにホコリに塗れても純白に体毛を維持する、抱き心地の良い口うるさい保護者。
「地球と時空が繋がったのか? しかし、救世戦士なんぞ聞いたこともないぞい」
真希菜はふらふらと、城壁のへりへ向かう。
「救世戦士……」
元の世界で見た、テレビに登場するヒーローそのものだった。
自分には無縁の、ピンチに駆けつけるスーパーヒーロー。
危機は幾度もあった。
その度に、歯を食いしばって戦ってきた。
仲間を失い、
悪に囲まれ、
戦ってきた。
ーーあとは任せな。
聞きなれない言葉で、一瞬意味が理解できなかった。
城壁から遥か下を覗くと、救世戦士アスガイアーが敵を派手に吹き飛ばしていた。
「な! なんぢゃアイツは!?」
敵を蹴散らしながら進むスーパーヒーローに、見惚れる。
ああ、そうだ。
本当は助けてほしかった。
自分が戦えるから気が付かなかった。
強い、巨大で強いチカラは、なんと心地良いことか。
気が付くと、城壁にいる周りの人間も救世戦士アスガイアーを見ていた。
その時。
「注目!!!!!!」
マルク将軍の咆哮が響いた。
「敵本陣を急襲する!! 小休止中の全兵は城外にて防衛!! 遠射兵は総出で援護!! 騎兵は我が下へ集合!! 以上!!!!」
ハッと我に返り、アグーに向き直る。
「アグー。アタシはあとどれくらい戦える?」
「……! もう限界じゃマキナ! 休むんじゃ!」
自分以外の人間が慌ただしく動く中で、
海崎 真希菜はアグーを見据える。
「どれくらい、戦える?」
妖精アグーは純白の毛を萎れさせ、溜息を吐く。
「……サファイアローを一撃。それなら生体エネルギーを使っても神経まで影響は出んじゃろう」
下で休んでいた魔術師と弓兵が、城壁の上に揃った。
先にいた者たちと隊列を組んで武器を構える。
馬鹿か。
自分は馬鹿か。
助けてほしい?
他人の強さが心地いい?
馬鹿か!!!!
夏凛と!! 風香が!! 自分に願ったのは傍観者でいる事じゃない!!
「アグー!! 翼!!」
妖精アグーは純白の毛を逆立てる。
「遠射兵は援護と言われたぢゃろう!」
しかし、真希菜は目を逸らさない。
アグーは諦めたように溜息をだす。
毎度の事だ。
「……わかっとるぢゃろうが、今の状態では滑空するだけで戻ってこれんぞい」
「うん。アグー、いつもつき合わせてごめんね」
「はん! 最初につき合わせたのはこちらぢゃからの!」
妖精アグーは自身の体毛と同じ、純白の翼を広げて真希菜の背中に張り付いた。
城壁のへりの人間たちは、魔力回復薬を片手に魔術と弓を一心不乱に打ち続けているが、後方からは「おお……」や「天使さま……」などの声が聞こえてくる。
普段ならば全力で否定するところだが、今はそれどころではない。
騎兵隊がこれから行うであろう、突撃のタイミングを見逃すわけにはいかないのだ。
一拍の時を経て、騎兵隊の中から再び声が響いた。
「これよりは決戦である! 人間を! 隣人を! 家族を守る為!皆!!!! 砕身せよ!!」
オオオオオオオオオオオオオ!!!!
城壁の下から、上から、城壁の中の支援している都民からも絶叫が上がる。
空気が震える中、真希菜は身を屈めた。
「行くよアグー」
「いつでもぢゃ」
屈めた身からは見通せない戦場に、巨大な火柱が立った。
「突貫!!!!」
号令が戦場に響いた。
跳ぶ。
飛ぶ。
真希菜は空から戦場を見渡す。
見えた!!
黒い靄でよく見えない辺りに向かって炎の道が通り、騎兵隊が駆けていた。
身体を傾け、騎兵隊の進行先に方向を合わせる。
「マキナ!」
アグーの呼びかけにハッとし、地上からの攻撃に反応する。
翼を広げて速度を殺し、無数の矢をよけるが、このままでは敵の海にとびこんでしまう。
宙で仰向けになる。
背中に張り付いたアグーが、すうっと息を吸う。
「ハッ!!!!」
気合一喝。
アグーの吐いた息が、身体を数メートル浮かせた。
真希菜は身体をグルグルと錐もみさせて、また速度を出す。
しかし距離はそう稼げず、片足で地面を削りながら着地。
「ブルーボウ!」
蒼色に光る弓が現れる。
降り立った場所は騎兵隊が通り過ぎ、残った人間数十名が維持している高位スケルトンに囲まれた通路。
ここなら、狙いをつける時間がもらえる。
「サファイアロー」
見知った顔もある交戦中の味方に感謝し、矢を発現させて番える。
騎兵の一人が落馬して血を吐き、真希菜の前に倒れるが一瞥もしない。
意味がないから。
気遣いは無用。今は言葉など、何の足しにもならない。
狙うは本陣。
放つ矢を、何に向けるかはわからない。
ただ、今本陣に見える王様たちの助けになる最高の一手になるよう、機を待つ。
周りの味方がいつまでもつかはわからない。
だが、焦りで判断を間違うわけにいかない。
剣戟が火花を散らす中、真希菜は寸分も動かず狙う。
そこで、救世戦士アスガイアーの背中が射線上に現れた。
彼は後ろ姿のまま、自分の首筋を指さしトントンと叩いた。
真希菜は意図を理解し、逡巡する。
そこでアスガイアーは右手を真っ直ぐに伸ばし、親指を立てた。
真希菜は矢を放つ。
アスガイアーの首筋に。
サファイアローは時速約4000キロメートルで敵に向かう、超速の攻撃である。
アスガイアーは矢が自身に当たる直前に、うつぶせに屈んで避けた。
そして、その先にいた敵の指揮官であろう鬼の頭は後方に爆ぜた。
一区切りです。