第6話 神話の怪物
【イグニストム】の通称である死の祭壇とは、あくまで歴史書に記述された名である。
シャマカが知る【イグニストム】は、約三千年前に地界と地上が争った大戦争で投入された神話の怪物だ。
通常の《魔塊》と呼ばれる補助形態は、所有者の使役する死霊系を二段階進化させるという破格の効果をもつ。
スケルトンは一段階進化であるスケルトンメイジやナイト、ランサーを介せず、高位スケルトンとなる。
「覚醒」の魔言で戦闘形態へと変貌すると、使役する死霊系の進化は一段階までとなる。
が、【イグニストム】自体の戦闘力はスケルトン将軍の比ではない。
「猫が虎を屠れるかどうか、見せてもらおうか」
先の状態でも数分でニンゲン共の盾役は決壊し、自軍のスケルトンで圧殺できると、シャマカは考えた。
しかし、シャマカはさらに思索する。
あの赤い戦士が想定以上の強者であり、その数分で自身が滅ぼされる可能性が万に一つあるかもしれない。
死のシャマカは、強者ではある。
だが、魔王に見出されたのはその秀でた死霊術がゆえであり、魔王4将軍の中での純粋な戦闘力は最弱だ。
本人もそれを自覚し、決して驕らず、緻密に策を練る。
慎重に考えを巡らして、戦闘を行う。
【イグニストム】を《覚醒》させることで、赤い戦士と、王と、将軍の三人を片付けさせる。
【イグニストム】は範囲攻撃を持たず、戦争では扱いづらいが、戦闘では無類の強さを誇る。
何といっても神話の怪物なのだ。
単体で滅ぼせる存在など皆無。
しばし自軍のスケルトンが弱体化するが、さっさと終わらせてさっさと《魔塊》状態に戻せば良い。
「火球連続」
シャマカは一度に五つの火球を浮かべ、ニンゲンの王に向けて放つ。
「ふんっ!」
ニンゲンの王は身をかがめ、横転して器用に避ける。
想定通り。
距離が出来たところで、三体の上級スケルトン戦士をニンゲンの将軍へ同時にけしかける。
そして、
「グゥバァァアォォオオオォォォ!!!!」
巨体からは想像だにできない、刹那の攻撃。
【イグニストム】は自らの咆哮を置き去りに、6本の腕を赤い戦士に突き出す。
地面が爆ぜて、衝撃波がシャマカのローブを揺らした。
(先ずは一匹)
シャマカは笑う。
「数はチカラである! が! 強大なる個もまたチカラじゃ! 要は使いどころよ! 戯言を後悔せよ!!」
これで赤い戦士は死んだ。
次は王の方を片付けよう。
そう考えて視線を逸らすと、視界の端に赤いモノが見えた。
見えたモノへ向き直ると、宙に浮いた赤い戦士が身体を横回転させて拳を振り上げ、半身に構えていた。
「デラスト・ナックルぅ!!」
僅かな時間だが、シャマカの思考は停止した。
赤い戦士が拳を振りぬくと【イグニストム】が弾け飛んだ為だ。
バラバラと、骨が降り注ぐ光景を、見ていた。
「は?」
(馬鹿な……)
幼い時分より【イグニストム】と出会い、以後200余年。
共に在り続けた、自分の一部ともいうべき死霊術士の最宝。
いや、兄弟ともいうべき存在が破壊され、理解が追い付かなかった。
(馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な)
思考が追い付かないまま、シャマカは赤い戦士に指をかざした。
「そんな馬鹿な事が! あるかぁ!!」
シャマカは叫び、自身の最大の致死性を持つ魔術を行使する。
それは条件反射とも言うべき、歴戦の戦闘からなる行動だった。
「あるんだよ。戦いってのは、色んな事がな。考えが足んねえじゃねえの?」
赤い戦士の言葉に、頭が沸騰した。
「死熱光線!!」
シャマカの指が黒く発光し、まさに魔術が放たれようとした時。
赤い戦士が視界から消え、あの規格外の聖魔術を扱うニンゲンのメスが弓を番えているのが彼方に見え――
そこで、シャマカの意識は途絶えた。