第11話 ごめんじゃなくてありがとう
ピクリとも動かないメイ姫たちを見て背筋が寒くなる。
この世界の人たちが魔法を使うのを結構見てきたけど、本人からしっかりエネルギーが放出されていた。
でも今サンジェルマンさんが魔法を使った時、少し空気が揺らいだようにしか感じなかった。
「エネルギーの流れがよく分かんなかった……時間停止って魔法はえらい難しいって聞いてたんだけど魔素はあんまり使わないのか?」
独り言のつもりでそう口に出した俺に、サンジェルマンさんが返答する。
「結構使うけどね、慣れだよ慣れ。スーパーヒーローくんはアレだね、細かい魔素の流れが見えるんだね。すごいすごい、視力に闇の魔素を適切に集めないと無理だから、一流の魔術師でも難しいんだけれどもね」
「結構使う? そんな風に見えな……ませんでした。今もサンジェルマンさんからエネルギーはほとんど感じませんけど」
テーブルに肘をついて、微笑みながら俺の疑問に答える。
「だって、ずっと魔素を出してたら疲れるじゃない? みんなはさ、蛇口からポタポタ水が零れてるようなモノなんだよ。ミーはそれをキュッと締められるのさ。あ、敬語は使わなくてもいいよ?」
いや敬語は使うけど。
そういやサイロスさんはそんな感じだったな。
身体の線にエネルギーを留めてる風だった。
でも魔術師の中でも凄腕だったゴリンさんですらそれはやってなかった。
スゴイ難しいんじゃない? それって。
「あの……サンジェルマンさんって……もしかして有名なサンジェルマン伯爵だったりしますか?」
恐る恐るマキマキが聞く。
「うん? 確かにミーはサンジェルマンで伯爵だけれど……。あ、そうかそうか。うん、うん。レディーは異界人だものね。そーそー、別の世界でも同じように呼ばれてたよ。気軽にサジーって呼んでほしいな」
別の世界!?
そっか! アルセーヌさんが言ってたな!
違う世界に行った事あるって!
「サジーさん! サジーさんはどうやって世界を行き来したんだ? 教えてくれ!!」
「帰りたいのかい? そうだね、本題に入る前にその話をしようかな。今日は特に機嫌がいいから何でも答えちゃうよ。ごめんねシソーヌ姫、ちょっと待ってね」
あ
「悪いシソーヌ姫……。つい出しゃばっちまった」
「いいんですよカブラギ殿。アナタ方の命題ですもの。サジー閣下がご不快に思われなければ」
鷹揚に頷き、笑顔でシソーヌ姫が答える。
「閣下もいらないよ、シソーヌ姫。いつもの調子でお喋りしておくれ。ミーはユーのおしめを替えた事もあるんだからね」
「ウソだあ!!」
いつものシソーヌ姫だ。
「そうそう、その調子。それで、世界を渡る方法だよね? ごめんね? 狙った世界に渡る方法はね、わからないんだ。世界は並行に幾つも存在するっていうのは知っているかな?」
アグーがふわりと浮く。
「多世界解釈ですな。世界は無数に分岐しているという」
「そうそう。実はさ、世界を渡る方法ってたくさんあるんだよね。神隠しって聞いた事なぁい? あと死んじゃった後に別の世界で生まれ変わったりさ、ソレガシさんもそうでしょ? 物語でもたくさんあるよね? 《人が想像できる事は現実に起こりえる》なんて言った人もいるらしいけど、事実なんだよ」
サジーさんがお茶をすする。
「世界を渡る《穴》ってそこら中にあるんだ。ユーたちの元の世界でいう所の使われてない井戸、暗くて古いトンネル、魔素だまりのある路地裏とかね。でも帰ってきた話は少ないはずだよ。あったとしたら記憶がなかったり、記憶に齟齬があったりするんじゃないかな……」
カップをかちゃりと置く。
「しかも《カルマ》の値が多いと世界を渡る際に魂……。魔素だね。魔素が霧散して肉体が消滅しちゃうそうだよ。世界の境界にいる人に聞いただけだけれど」
「カルマ? 世界の境界にいる人?」
なんだそれ?
「カルマは罪の数さ。世界の境界にいる人ってのは《神様》なんて呼ばれる事もある人達だよ。ただの超常のチカラを持ってるだけのね。……完全に元の世界に戻る事はとっても難しい。ミーだって、この世界に戻るのに2000年かかったよ」
マジか……。
「……がっかりさせちゃったかな? ウソを言うよりも良いと思ってさ」
マジか、マジかよ……。
2000年?
2000年って何年だ?
帰れない?
マチ子に、みんなに、マチ子に
会えない?
肩が急に重くなった気がする。
脳がしぼんだ気がする。
胃の中に、腸の中に砂が溜まってきた、気がする。
えっと、どうしようか……。
何を考えてたっけ?
そうだ、帰れないかもしれないのか。
そうか……。
紅茶の色を見ているとガタっと音がして、その先を見ると、同じテーブルのマキマキが手をついて立っていた。
「難しいって言いましたよね! 無理じゃないんですね!?」
サジーさんがカップを口に運ぶ。
「無理じゃあないよ。《人が想像できる事は現実に起こりえる》ってさ、言ったじゃない? だってミーは時間がかかったけど帰ってきたしね。ミーが方法を知らないだけ」
「カブラギさん!!」
マキマキの顔を見る。
キレイな目ぇしてんなぁ……
「難しい事なんていっぱいしてきましたもんね! やりがいあるじゃないですか! この世界を周るって約束しましたもんね! 世界を周れば何か見えてきますよ! ね!」
俺に向かってまくし立てるマキマキ。
黙っている俺の顔を見て、キレイな目が、揺れる。
そうだ、そうだな、そうだった。
いや、忘れてねえよ?
俺はさ、スーパーヒーローなんだよ。
俺は俺の為じゃない。
誰かの為に誰かを守る。
そう誓ったじゃあねぇか。
小さいコの頼みに割り込んだり、女のコを不安にさせてるのは……
違うよな。
「……当然だろ? 観光ついでに難題の一つや二つ、解決してやろうじゃないの。……ごめんな? いや、ありがとう」
そう言ってマキマキに拳を突き出すと、嬉しそうにコツンと合わせてきた。
「うん、うん。イイね。仲間って感じだね。ミーはわりかし顔が広いからさ、何かあったら言ってね、うん。じゃあ次はシソーヌ姫だね」
俺たちを優しく見ていたシソーヌ姫が、ハッとしてサジーさんに向き直る。
「ユーのダディ、聖王18世……ハクイマ・キグ・アークガドくんの石化を解除する方法だよね?」
俺たちはサジーさんの顔を見て、頷いた。




