第5話 魔王4将軍
別視点です。
準備は万全だった。
あらゆる状況を想定した。
満を持して侵攻を開始した。
魔王4将軍であるシャマカは、気に入らなかった。
目の前にニンゲン共が現れた事に危機感などない。
露程もない。
しかし、考えていない事態ではあった。
自らが使役するスケルトン軍団は、4軍団最多の20万。
しかも死霊術士の最宝たる死の祭壇、【イグニストム】で最強化され、復活するスケルトン達だ。
もちろん、ニンゲン共が戦力を集中させて馬鹿げた特攻作戦を仕掛ける事も考えた上で、対策は取っていた。
防御に特化した上級スケルトン硬質化で、【イグニストム】の周囲をぐるりと三重に囲っていたのだ。
それ以前に、本陣の位置を気取られぬよう魔術隠蔽で自身から周辺一帯も覆っていた。
ニンゲン共は攻めるべき場所も分からず、防戦一方に終わる。
もし魔術隠蔽を取り除けても、絶対に抜けない鉄壁の布陣。
完璧だ。
後はただ、攻め立てるだけ。
それだけで城の聖結界はアンデッドの持つ負の属性で砕かれ、十日も持たずに地上人たちの最終防衛線、アークガドの国都は蹂躙が始まる――
はずだった。
はずだったのだ。
気に入らなかった。
斥候に潜らせた闇骸骨の情報には、規格外の聖魔術を扱うニンゲンのメスの報告は無かった。
上級スケルトン硬質化を一撃で屠れる魔導兵器の存在の話も無かった。
集めた情報に齟齬があった為に、予定が狂ってしまったのだ。
気に入らなかった。
シャマカは計画を緻密に練る。
それは鬼人族でありながら、非力に生まれたが為。
◇◆◇◆
シャマカは故郷で迫害されて育った。
矮小で鬼人族らしくなかったから。
親兄弟からも疎んじられ、生傷は絶えず、生まれて一年ほどで故郷を出た。
鬼人族は人族よりも早く体格が出来上がり、狩りなどに参加する。
だが、精神は別だ。
一年。
短いが、当時のシャマカにとっては生きた全ての時間だった。
ただ一人で広大な大地を歩き、魔獣に追い立てられつつも辿り着いたのは、死の森と呼ばれる秘境。
そこでシャマカは洞穴で暮らし始めた。
狩りの方法も知らず、小柄で非力な鬼人族はこの時、獲物を捕る為の緻密さと、動物の動きを予測する知恵を学んだ。
だが、死の森には碌な獲物がいなかった。
痩せた鼠で、血を吸う虫で、枯れ木の根で飢えをしのぐ日々。
食いでのありそうな魔獣は、自分よりもはるか格上だ。
腹を空かせ、シャマカは来る日も憎んだ。
故郷を、生んだ親を、生まれた自身を、生まれるという事自体も。
しかし、そんなシャマカにも二つの幸運があった。
一つは、その洞穴が死の祭壇【イグニストム】を封印した遺跡だった事。
もう一つは、《憎む》才能があった事。
すさまじい生への憎悪が、洞穴の奥の奥。
強固な封印をされた死の祭壇、【イグニストム】を呼び覚ました。
◇◆◇◆
「辿り着いた、か……だが寡兵で何が出来る? 周りは我がアンデッドの大軍勢。ワシを殺そうにも、このスケルトン将軍らを抜けるとは思えんがのう……」
三体のスケルトン将軍はシャマカ秘蔵の駒だ。
良いスケルトンを作成するには素材も重要になる。
この三体は、十余年前の《人魔大戦》で拾ったニンゲンの将軍たち。
他のスケルトンとはモノが違うのだ。
ニンゲンの王が剣を構える。
「では、やってみようか」
「散開!!」
ニンゲンの将軍が号令を出すと、残った騎兵が馬から降りて散らばり、武器を構える。
周りのスケルトンを留めておく気だろう。
(小賢しい)
スケルトン将軍の一体を、壁役の雑魚に向かわせる。
が、
「させるか! 疾風斬り!!」
ニンゲンの将軍に割って入られた。
(ふん……)
これは想定内。
このニンゲンは、斥候より聞いていた敵の筆頭指揮官だ。
スケルトン将軍と同等の格であろうと推測していた。
ならば、これで足止めは叶う。
残るニンゲンは、王と、仮面で顔を隠した赤い戦士。
戦士の方の情報はないが、スケルトン将軍を瞬時に屠れる存在など魔王4将軍にもいない。
壁役の雑魚はもって数分。
シャマカは、愉悦に思わず口が歪む。
(終わりよければ全てよし。今日で予定の十日じゃ)
予定通りは素晴らしい。
国都アークガドを落として、生を蹂躙する。
殺して殺して殺しつくす。
魔に連なるもの以外は殺して良いと、許可を得ている。
「楽しそうだなぁじいさん。でもさ、その骨のオモチャ壊されても笑ってられっか?」
先に待つ愉快な事象に胸躍らせていると、赤い戦士が口を開いた。
シャマカは気を引き締める。
(こやつは謎だ。突然現れた)
シャマカは、先の上級スケルトン硬質化を燃やし尽くした炎は、ニンゲンの魔導兵器かと考えていた。
しかし……、
(こやつが強力な魔術師の可能性も考慮すべきか……)
「壊す? 無理じゃな。我が兄弟である死の祭壇【イグニストム】は、あらゆる魔術に耐性をもっておる。神器の武器とて容易には通らぬ硬さよ。しかも!」
シャマカが右手を天に掲げると、死の祭壇【イグニストム】は、立ち上らせた負の魔素をさらに濃くする。
「覚醒」
死の祭壇【イグニストム】を象っていた骨は宙に浮いてバラバラに舞うと、カシャカシャと再構築されていく。
やがて変貌した姿は、祭壇であった時よりも明らかに巨大なスケルトンだった。
「オモチャではなく兵器じゃ。とびきりのな」
見上げるほどの体躯。
八つの目窟を開けた頭部。
歪でかみ合うことのない無数の牙に、四足獣のような二本の脚。
6本の腕で這うように身体を支えて、【イグニストム】は咆哮を上げた。
「ググゥゥウゥギャアァォオオオ!!!!」