第38話 魔導師ドウブの覚悟
「痛ってて……」
かなり吹っ飛ばされたな。
咄嗟にアスガイアー・ギガガードで防がなけりゃ、マジで危なかった。
瓦礫の山から抜け出すと、天井に穴が開いてる。
どうもまだ城の中にいるらしいけど……どこだここ? 地下?
「何事だ? そこに誰かいるのか?」
やべ、声がする。敵かな?
辺りを覆っていた砂ぼこりが晴れてきた。
「その身なりは冒険者か? 私はデイバース・アニ・ガドニア。この国の王位継承者だ」
声の方を向くと、鉄格子が見えた。
その先に、くすんだ銀髪の男が立っている。
着ている服は立派だけど、しばらく着替えてなさそうだ。
顔は手入れされてないヒゲでモジャってるけど、下品じゃない感じ。
目が綺麗だからかな?
「えっと、冒険者じゃないです。スーパーヒーローです。王位継承って事はアベイル隊長のお兄さん?」
「アベイル!? ならば其方は大聖王国の者か?」
俺は鉄格子に近づく。
「まあそんな感じなんスけど。おたくの親父さん何考えてるんです? いきなりメチャクチャどつかれたんですけど」
アグーがなんか言ってたけど、よく分かんなかった。
ガドニア侯国の王様が良からぬ事をやろうとしてるくらいは理解できたけどね。
「そうか……とうとう始めるか」
「アベイル隊長のお兄さんはなんでこんなトコ入ってるんですか? やっぱ親父さんのやろうとしてる事に反対したんです?」
何をやろうとしてるかは知らんけど。
「父上ではない、元凶はチョーロクだ。奴がこの国に来てから父上は変わられた……」
あ、回想入りそう。
「ちょ、ちょっと待ってもらえます? アベイル隊長たち仲間が今ピンチだと思うんスよ。俺早く戻んねえと」
「アベイルも来ているのか? そうか……」
お兄さんは悪だくみにノータッチね、オッケオッケ。
取り合えず連中を小突き回して、あの異界人のおっさんに謝らせる。
そんでこの世界に来た経緯を聞かねえとな。
俺は踵をかえす。
「待ちたまえ、仮面の君」
呼び止められた。
「あ、出した方がいいですか?」
「いや、この格子は破れん。それよりも、チョーロクは転移の術を使い、白騎士の武は人智を越える。侯国の軍勢が大聖王国へ攻め入る前に、聖王陛下へこの事態を伝えてくれ。そしてデイバース・アニ・ガドニアが国を止められず、謝罪していたとも」
ガドニア侯国は聖王国を侵略しようとしてるって事ね。
完全に理解した。
「よし! 王様……聖王様に言っときますよ、アベイル隊長のお兄さんが止められなくて謝ってたって。じゃあもう行きます。あ、ちょっとそこ離れてもらえます?」
アベイル隊長のお兄さんにちょっと下がってもらう。
「メガアスガイアー・パンチ!!」
鉄格子を吹っ飛ばす。
「それじゃ!」
片手を上げて別れを告げると、俺はその場を後にした。
◇◆◇◆
ガドニア城を囲む堀に架かる橋。
その上で、聖王国の魔導師ドウブは騎士ボゴゥ、騎士コンレンと肩を並べて息を切らす。
休みなく攻め立てる侯国の騎士たちに、傷つきながら術を、剣を振るう。
「爆裂、連続」
ドウブが両の手を侯国の重騎士たちへ突き出すと、大気が震えて続けざまに空気が爆ぜる。
煙が舞う中、幾人かの重騎士が橋から落ちるのが見えた。
上がる煙を掻き分けて重騎士が二人、鋼の槍を突き出して来る。
背中が冷えるが、騎士コンレンが白光する剣を振るい、二本の穂先を寸断した。
自分の後ろでは騎士ボゴゥがたった一人で大勢の兵士を足止めしている。
二人が握る《ライフソード》。
それは生命の剣。
命を武力へ変える、聖なる騎士の切り札だ。
ドウブは本来、自分のみが残るつもりだった。
しかし、聖騎士に役目を持ち出されれば止める事はできない。
聖王国への忠義を否定してしまうから。
ボゴゥは自分がまだ若かったころの習練中、カンミと大喧嘩した際に仲裁してくれた。
笑って自分たちの肩を叩いてくれた。
コンレンは魔導師と聖騎士の連携を養う訓練中、しばしば一緒になった。口数が少ない同士よく目で語り合った。
二人には帰りを待つ者がいる。
死なせたくない……。
死なせるものか!!
「うおおおお!!!!」
両手を横に突き出して魔素を練り、詠唱を始める。
指先に紫電が走る。
「四重……」
腕が震える。
ボゴゥが肩越しにドウブを振り返った。
「ドウブ! 無理をするな!」
血管が額に現れ破ける。
血が頬を濡らす。
「ドウブ殿!」
コンレンの声が聞こえる。
しかし、これ以上二人の命は削らせられない。
自分が時間を稼がねば。
ドウブは覚悟を決めた。
ボン!!!!
大きな音に、集中が途切れた。
魔素は四散する。
音の方角を見ると、見慣れた赤い出で立ちの男が城の屋根を突き破っていた。
そのまま宙返りして城壁に降り立つと、救世戦士アスガイアーことカブラギは腕を組む。
「呼ばれなくとも現れる!! 救世戦士アスガイアー推参!!」
叫ぶカブラギに、侯国重騎士が戸惑いながらも魔導具から火球を放った。
「とう!!」
カブラギは飛び上がり、無人の城壁を火球が崩す。
「アスガイアータイフーンストームぅ!」
カブラギの両腕から渦巻く竜巻が放たれ、重騎士たちと橋を埋め尽くしていた兵士たちを吹き飛ばした。
ストンと軽い音をたて、ドウブ達の近くに着地したカブラギに声をかける。
「無事だったか、カブラギ」
「ちょっと危なかったけどな。ドウブっちゃんこそヤバそうだったろ」
「ふ、ちょっと危なかったが、な」
仮面の下で、カブラギが笑ったように感じた。
ドォン!!!!
音を見上げると、街の入り口付近で白い光が円形に広がっている。
あれは撤退成功を意味する、聖王国の合図。
どうやら自分たちの役目は成功したらしい。
「感謝しますカブラギ殿。姫様方は脱出されたようです」
ボゴゥの言葉に、ハッとするカブラギ。
「あの白い鎧のヤツは!?」
「チョーロクの転移魔術で候王と共に姿を消した。大嶮山関所に向かうと言っていた為に、アベイル隊長らが魔導車で追っている」
「俺も行かねえと、あの白い鎧はメチャクチャ強ぇんだ。俺にやらせてくれ」
「そうは言うが……魔導車は行ってしまった。我々の足ではもう間に合わんぞ」
ドウブの言葉を聞くと、カブラギは腕を組んで頭を捻る。
と、何か閃いたように顔を上げた。
「ドウブっちゃんって飛べるじゃんか、自分だけ? 他の人も飛ばせる?」
軽い口調でそう言うカブラギに声を落とす。
「飛ばせるが……速さは出んし、流石に大嶮山までは魔力が持たんぞ」
「大丈夫大丈夫。着地さえフワッとできりゃ問題ねえよ」
「何?」
「まあまあ、二人もこっち来て並んで並んで。ドウブっちゃんが真ん中ね」
話が読めないドウブは困惑するが、カブラギを信用はしている。
悪いようにはされないだろうと、促されるままカブラギに背を向けた。
騎士二人も訝し気ながらもドウブの両隣に肩を並べる。
「舌噛むなよー……アスガイアー・ガード」
ドウブは背中に硬質な魔素の塊を感じた。
その見事さに感心するが、なぜ自分たちの背にシールドを展開するのか?
ふとその理由に思い当たる。
カブラギが三人の背に手を添えて、地面をグッと踏みしめる音が聞こえた。
「せーので行くよ」
まさか……。
「おい! カブラ――」
「せーの、アスガイアぁタイフーンストームぅ!」
衝撃。
その後、視界が一瞬、真っ白に変わった。
魔術は二重にかけられるだけで一流です。
ファイラとかメラミみたいな。




