第37話 急転直下の脱出劇 後編
まだマキナ視点です。
急ぎ、空を駆けるマキナ。
景色を楽しむ余裕はない。
ただ大通りの上を魔導車目指し、風を切り裂いていく。
「もう二分は過ぎとる! 急がねば!」
「見つけた! 降りるよアグー!」
更に速度を増し滑空するが、進む先の魔導車は、歓迎できない客が取り囲んでいた。
「杖を持った人が2人! 鎧の人が4人! 兵隊さんが20以上!」
「先に皆を出すぞ! フン!」
着地する直前に、ポンッと特使団の仲間を空中に放り出す。
シソーヌ姫はアルマが脇に抱え、他の者たちも文官二人を含め、危なげなく着地した。
「馬鹿な! 来られるはずがない!」
「事実来ておるではないか! 者ども構えよ!」
狼狽えつつも迎え撃つ態勢を整える、侯国の騎士たち。
武器を持たない特使団も、アベイル隊長の指示で陣形を組む。
「ゴリン殿は牽制を」
「承った」
魔術師ゴリンが目を閉じて無手で呪文を詠唱すると、空気が震えて侯国軍の前方に爆発が起こる。
爆風が晴れると、侯国の魔術師が二人、魔術盾で防いでいる姿が見えた。
その後ろから無言で騎士が二人、腰の剣を抜いて駆けてくる。
それに対し、アベイル隊長と騎士レスタが立ちはだかった。
アベイル隊長は、自身の右側からしゃくりあがる刀身を身を屈めて避け、剣を握る騎士の手首を右手で掴み、左手の平で顎を砕いた。
騎士レスタは、上段から振り下ろされる刃を恐れず踏み込んで、侯国騎士の両手を取り、一本に背負い投げると背中から地面に叩きつけた。
「サファイアロー! ァロー! ァロー!」
マキナが放つ白光の矢に、沈んでいく侯国兵たち。
「ぬう、人質をとれ! シソーヌ姫だ!」
侯国魔術師が叫び、兵士たちがシソーヌ姫に殺到する。
それを、聖王国騎士は素手で圧倒していく。
腹を打ち、首を穿ち、踵を蹴りこむ。
「飛行!」
侯国魔術師が唱えると、敵の騎士が二人宙を駆け、乱戦を越えてシソーヌ姫へ迫った。
「ひえぇぇ!!」
悲鳴を上げるシソーヌ姫の前に、護衛騎士アルマが立つ。
「覚醒」
アルマが懐から宝石を取り出して、魔言を呟く。
すると、宝石は輝き、漆黒の両刃斧へと姿を変えた。
アルマは漆黒の両刃斧を両手でブンブンと振り回し、グッと足を踏ん張ると、横に払った。
侯国騎士二人が弾け飛ぶ。
「風衝撃波!」
カンミの魔術で侯国魔術師の一人が壁に打ち付けられた。
狼狽するもう一人の魔術師に、アベイル隊長が瞬時に間合いを詰め、その首を掴む。
「貴様らはなぜ聖王国を攻める!? 父上は何を考えている!?」
アベイル隊長の詰問に、魔術師は声を絞り出して答えた。
「殿下もご存じのはず……大聖王国は元々、候王陛下の血筋が引き継ぐはずだった……。間違った系譜を正す、ただそれだけの事」
「馬鹿な! 何を今更! 国は定まっているではないか! ただの独善で新たに血を流そうなど――」
そのままアベイル隊長は、魔術師の背中で大地を砕いた。
「間違っている……」
唸るようにそう言うと、アベイル隊長はバッと顔を上げた。
「急ごう!」
「解除」
ゴリンが魔導車の《拒絶》の魔術を解き、味方の騎士たちは動かなくなった侯国兵から武器を拾っていく。
「カブラギは? ドウブ達も残ってるんでしょ? 大丈夫?」
不安そうに皆へシソーヌ姫が尋ねる。
「カブラギさんは大丈夫。スーパーヒーローだもん」
マキナが答えると、アグーも続ける。
「ドウブ殿らも恐らくは。チョーロクは殺せではなく、殺しても構わんと言っておった。それに状況が変わったんぢゃ。姫を逃してしまった以上、聖王国が墜ちるまでは別に人質が必要になった。チョーロクが侯国を離れておる今、勝手な事は出来まい」
「とはいえ、抵抗し続けるとそれも分からんですからな。こうします」
ゴリンが魔法陣を出すと、上空に光を放つ。
光はドォンという音を響かせ、花火のようにパッと舞った。
「これで我々が脱出できたことが伝わりました。行きましょう」
スロープから皆が乗り込み、弓を構えて牽制しながらマキナも乗車する。
「ぶっ飛ばしますよ。皆さん柱に掴まって下さいね」
運転席のカンミが声に魔素を乗せてそう言うと、スロープを上げながら魔導車は急発進した。
そのまま大通りに出ると、速度を増しながら城門へ向かう。
通りの人々は悲鳴を上げながら端へ寄るが、魔導車から放出される風で露店の品々が吹き飛んでいた。
「前方に城門を確認! 閉門しようとしてます! 間に合いません!」
カンミの言葉にマキナが目を向けると、今まさに閉じようとしている門と、道を塞ぐ複数の城門兵が見えた。
「グリーンブレスレット!」
翠の腕輪が光る。
「エメラルウインド! ガスト!」
マキナが手を前にかざすと、激しい突風が城門兵を弾き飛ばす。
「氷結槍」
魔導車の屋根からゴリンが氷塊を二つ放ち、城門の下部を凍らせた。
門の隙間を魔導車が走り抜ける。
「抜けました!」
キュゥィイインン
高い音を上げてさらに加速する魔導車。
街道をひた走る中、アベイル隊長が押し殺すように呟く。
「父上……なぜ……」
そして顔を上げると、真っ直ぐにシソーヌ姫を見た。
「ガドニアの野望は私が止めます」
「……アベイル隊長」
眉を下げて答えるシソーヌ姫。
「聖王国へ通信を」
「それが……雑音が酷く通信が取れません。これはまるで……」
「魔王が操っていた魔術か。術師は恐らく……」
「チョーロクの仕業ぢゃろうな」
マキナの肩からアグーが口を挟んだ。
「多彩な魔術を操るあの男。そしてあのカブラギ殿すら圧倒した、異界人であろう白騎士。さらに、たしかガドニア侯国の戦時兵力は概算で……3万ぢゃったか?」
「……そうだ」
「恐らく侯国内の兵力は貿易都市ボーニアへ結集しておるぢゃろう。立ち寄った際に真っ直ぐ屋敷へ誘導したのはその為か……。いま聖王国の防衛は徴収兵を合わせて2千が良いトコ、大嶮山の関所が崩されれば援軍を待つ暇もないぞい」
重たい空気が漂う。
しかしマキナはアグーの、相棒の続く言葉を強い意志で待つ。
「チョーロクは三日後が最善と言っておったの。ならば急いても軍が行動するまで一日半はかかる。ワシらがガドニアに到着するのが一昼夜。ギリギリぢゃな」
そこに文官のマログが疑問を投げかける。
「しかしアグー様。侵攻に先んじたところで、私共に何ができるのでしょう? 聖王国に報告出来たところで戦力は変わりません。頬を打たれる前に、歯を食いしばるかどうかの違いしかないのでは?」
「ふふ、皆さんはマキナの全力を知らん。のう?」
マキナは立ち上がる。
これまでアグーが戦術を、自分が覚悟を決めてきた。
今回も同じ、ピンチは慣れっこだ。
「アベイルさん。赤龍の魔石はまだ関所にありますか?」
「あ、ああ。あれだけの巨体を解体して運ぶのは三日じゃ無理だ」
「アタシに下さい」
「……シソーヌ姫。よろしいですか?」
シソーヌ姫が姿勢を正す。
「アークガド聖王国、第一息女の名において許可します」
マキナはシソーヌ姫に頷くと魔導車の運転席に移り、魔導師カンミの隣に座る。
「カンミさん! アタシの風も使わせて!」
「マキナ殿……いや、マキマキだっけ。よっしオイラが運転するからその魔力炉に風力を送っておくれ。それが推進力に変わるからさ」
「分かりました! エメラルウインド!!」
魔導車がさらにさらに加速する。
その速度は140キロを超えた。




