第36話 急転直下の脱出劇 前編
マキナ視点です。
「カブラギさん!!」
海崎 真希菜は叫び、手を伸ばす。
が、時すでに遅し。
救世戦士アスガイアー・カブラギは、壁を突き抜けて、轟音と共に姿を消した。
「マキナ! カブラギ殿はアレくらいで死なん! 現状に集中するんぢゃ!」
相棒の言葉に、意識を敵に戻す。
そう。
敵だ。
蒼く光る弓を構え、矢を具現化させる。
友好国と聞いていた。
苦難を分ち、助け合える。
信頼できる相手だと聞いていた。
しかし現状はどうだ。
仲間は武器を奪われ、魔術は封じられ、囲まれている。
同胞のカブラギは不意の急襲で、岩壁の遥か向こう側。
混乱する頭で、自分がどう行動すべきか判断する。
「何故です陛下! いや! 父上!!」
動揺したように、候王へ問いかけるアベイル隊長。
答えない候王。
代わりに、近くに侍るガドニア侯国の宰相、チョーロクが答える。
「おほほ、ご安心を殿下。貴方様に死ぬ予定はございませぬ。他の方々は、申し訳ありませぬなぁ」
マキナは再び叫ぶ。
「逃げます! みんな固まって! アグー!!」
「了解ぢゃ!!」
「待って! カブラギは!?」
「信じましょう!」
シソーヌ姫の問いに、護衛騎士アルマが答えた。
聖王国の一行18名は、逡巡するが、すぐに円陣を狭める。
すると妖精アグーは上空に飛び、ブワッと横幅約5メートルの煎餅のように丸く広がった。
「皆! 息を止めるんぢゃ! 中で呼吸は出来ん!」
そう声を張り上げると、そのまま味方一行を飲み込み、元の大きさに戻る。
マキナは前に駆けだす。
アグーはその背に張り付き、翼をバサリと広げる。
「グリーンブレスレット!!」
マキナが右腕を突き出すと、翠色の腕輪が手首に現れた。
「おっほっほ、これはこれは」
チョーロクが布に包まれた腕をかざすと、十数の熱線が放射線を描き、マキナとアグーに降り注ぐ。
しかし当たらない。
避ける、よける、掻い潜る。
その全てを逃れると、マキナは跳んだ。
「エメラルウインド!! フライ!!」
マキナの身体から突風が巻き起こり、風に乗って飛びあがる。
「未熟」
白騎士が槍を振るう。
衝撃波が起こり、マキナは天井に叩きつけられた。
「くはっ! ……まだ!」
マキナは息を吐いて重力に身をゆだねそうになるが、今一度突風を起こすと、身体を高速回転させて天井を砕いた。
空が見える。
そのまま滑空し、魔導車の方角へ向かおうとするが、マキナがあけた穴からチョーロクが飛び出してきた。
「おっほっほ、これは想定外。しかし、想定外に対応してこそ策士というものですぞぉ」
宙に浮く仮面の男、チョーロクが今度は数えきれない程の熱線を放つ。
避ける、よける――
が、熱線のひとつがアグーの翼を焼いた。
落ちるマキナ。
城を囲む堀へ向かうが……、
「くぁ! エメラルウインド!!」
すんでで浮き上がり、石造りの橋へ墜落した。
同時にアグーが飲み込んだ特使団の面々も吐き出され、橋の上へ投げ出される。
「っ! どうなった!?」
アベイル隊長が突っ伏したまま声を上げる。
マキナは答える。
「城からは出ました! でも状況は良くないです!」
すぐに立ち上がり、アグーも横に並ぶ。
空いた城の穴からガーゴイルがぎゃあぎゃあと姿を現し、城門からは重装備の騎士が隊列を組んで大勢出てきた。
「父上に真意を問う!」
「アベイル殿、その時間はないぞい。どうやら聖王国侵略の兵はすでに、貿易都市ボーニアに結集しておる。一刻の猶予もないんぢゃ」
「!? アグー殿! なぜそう思われる!!」
「カブラギ殿の、関所での戦い方を知っとる風ぢゃった。その時の事を語ったのはボーニア伯との食事の時のみ。関所の通信魔道具は赤龍の攻撃で壊れておるから、ボーニア伯以外考えられんのぢゃ」
「なんと!!」
チョーロクが城の外郭棟に降り立ち、そこへ候王と白騎士も姿を見せた。
「各々方。殿下と姫君以外は殺して構いませんぞぉ。我々は赤龍が崩しそこなった関所に向かいまする。大聖王国を取り戻すべく各自、勤めを果たしなさい」
魔力を乗せた声でそう言うと、チョーロクと候王、白騎士は黒い渦に姿を消した。
「転移魔術か! 不味い! 魔導車を全速で走らせてもボーニアまで丸一日はかかる!」
「その前に、魔導車まで辿り着かなければ……」
魔導師ゴリンの言葉に、騎士レスタが橋の先を見やる。
そこには、ガドニア侯国の兵士が10を超える列を成していた。
しかしマキナは動じない。
前方の重騎士たちを見る。
上空のガーゴイル達を見る。
そして、最後に後方の兵士たちを見た。
「アタシが活路を開きます。皆さんはアグーにもう一度入ってください。魔導車にたどり着いたら、再び開放します」
「しかし」
「役割分担です。皆さんには、まだやらなきゃいけない事があります」
「……分かった。武運を」
「マキナ、大丈夫だよね? またトランプできるよね?」
「シソーヌ姫……。んーん、シーちゃん。大丈夫だよ。約束」
小指を立てるマキナに不安げな視線を送るシソーヌ姫を、アルマが抱き、マキナに向け拳で胸を叩いた。
アグーが身体を広げ、皆を飲み込むが、5人の男が残った。
魔術師ゴリン、カンミ、ドウブ。
騎士ボゴゥ、コンレンだ。
「皆さんどうして!」
「女の子残していけないっしょ」
「私ボゴゥとこちらのコンレンは、何かあったならば殿を務めることになっております」
「マキナ殿は上空から逃れるおつもりと見ました。しかし、ガドニアの重騎士は鎧に遠射の魔導具を仕込んでおります。援護は必要でしょう」
マキナは、ゴリンの指摘に声を詰まらせる。
確かに自分は上空のガーゴイルを蹴散らし、比較的戦力の弱い兵士を飛び超えるつもりだった。
懸念は、重騎士を背にして飛ぶこと。
アグーの翼が傷んだ今、どれほど攻撃を回避できるかだった。
確かに援護があれば、脱出の確率は上がる。
しかし……、
「そんな、残るってことは……」
「いや、カンミ、それにゴリン様は行ってください」
ドウブの言葉に、二人は眉をひそめる。
「魔導車を一番扱えるのはカンミ、お前だ。ゴリン様も魔導車の《拒絶》を解かねばなりません。私が残るのが得策です」
「いやいや! 魔導師が三人残れば何とかなるだろ!」
「ならんかもしれん。それよりも、一人が残って確実に二人脱出すべきだ。皆の息が持たん、早く行け」
「くっ、死ぬなよバーカ!」
「すまん」
アグーがゴリンとカンミを飲み込み、マキナの背中に張り付いた。
「では皆さんいきますよ! もしもの時は投降してくださいね!」
「案ずるなマキナ殿、死にはせん。帰ったらヤギに餌をやらねばならんからな」
「私も子供がもうじき生まれます。この手で抱くまでは、決して」
「俺も帰ったら結婚するんです」
マキナは唐突に不安を覚えるが、もう戻れない。
蒼の弓を現出させ、光る矢を番えて構える。
「サファイアロー! ……バースト!!!!」
蒼光の矢が上空に放たれ、四散し爆ぜた。
ガーゴイル達は身体を炭化させ、墜ちる。
マキナは瞬時に右腕を掲げて、腕輪を翠色に光らせた。
「エメラルウインド!! フライ!!」
マキナは街の入り口、魔導車の方角へ飛ぶ。
その背に向けて重騎士たちから火球が放たれるが、魔法陣の壁がそれを防いだ。
「させぬぞ」
ドウブの右手から赤い魔法陣が、左手から青い魔法陣が浮き出る。
「「ライフソード」」
騎士ボゴゥと騎士コンレンの手に、白く光る剣が現れる。
「非道な主に忠義を尽くす、哀れな騎士共よ。相手をしてやろう」
そう言うと、ドウブは両の掌を胸の前でパンと合わせる。
すると魔法陣が混ざり、立体の、紫の魔法陣がその身を包んで弾けた。
「かかってこい!!」




