表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/191

アスガイアーの③

再び外伝です。


 ハイエナ男が鏡の前に立つ。


 そこに映る姿は、以前の自分とは違っていた。

 白銀の獣毛に、漆黒のタテガミ。

 鋭いかぎ爪と、尖った歯牙。


 どう見ても人間じゃない。


「ドゥーですか? 生まれ変わったキブーンは」


 そう言って肩を叩いたのは、街中で出会ったⅮr.ザンコックと名乗る顔色の悪い白衣を着た男。





 その日、非正規で雇用されていた工場から、事業縮小を理由に雇止めを言い渡された。

 来月からどうすればいいのだ。

 こんな事なら家賃を払うのを一月分延ばせば良かった。

 田舎から出れば、何かが変わると思った。

 その結果がこれだ。

 地方から出てきて三年。

 愚痴を零す相手もいない。


 呑まずにいられるか。


 繁華街で酒に酔い、飲み屋のカンバンを蹴飛ばしていた時に暗い路地から声をかけられた。



 今の自分に満足しているか?

 世間に自分の価値を知らしめたくはないか?



 詐欺か怪しい新興宗教の勧誘か何かと思い、けんもほろろにあしらおうとすると、分厚い封筒を渡された。

 中身は札束だ。

 封筒に書かれた金額は、


 112万8千円。


 自分が複数の消費者金融に借りている金額に、ピタリと一致した。

 気味の悪さを感じたが、路地の男はなお言った。


「ソレは契約金デース。ただ、アナータの価値はそんなモノじゃアーリマセーン。オカネはオカネ……それ以上デモ以下でもナイ」


 その言葉を聞きながら、男の顔を見る。

 目が、目が離せない。


「アナータにはオカネに換えられない価値がアリマース。……それを知るのは我々のみ、他の有象無象にも教えてやってはどぉだろうか」


 そう聞かされて、ただ頷いた。





 それから気が付くと、どこだか分からない機械だらけの広々とした空間で、鏡の前に佇んでいた。


「オトコ前がアガーリましター、ベリークールね。あ、これ契約書の写しデース。ちゃんと保管しておいて下さいネ♪」


 差し出されたペラペラの紙を受け取ろうと手を差し出すと、かぎ爪がシュバッと指に収納された。

 紙を見ると、つらつらと細かい文字が綴られてあり、一番下には自分の署名と拇印がある。


 全く記憶にない。


 しかしそんな事よりも、体中に湧き上がる万能感に興味があった。

 かぎ爪を出し入れしながら、獣然とした口から声を出す。


「試してみたい」


「オゥ! ソーこなくっちゃ!」


 パンッと両手を打ち、歩き出した顔色の悪い瘦せぎすの男についていく。

 自動トビラの先、機械的な寒々しい通路を進む。


(窓がねぇな)


 足は四足獣のように変わっていたが、二本の足は存外歩きやすかった。

 地面に張り付くようで足裏に力が入るし、体幹も鉄骨が通った様に全く揺らぐ事はない。


(超人になったみたいだ、今なら……)


 ギュッと拳を握る。


(何でもできる気がする)


「着きマーしタ」


 フッと意識を戻してⅮr.ザンコックを見ると、彼の後ろには窓のない空間が広がっていた。

 今度は機械も無く、ただただ広いだけの空間だ。

 だが、先ほどと違うのは機械が無いだけではない。


 機関銃を構えた、おかしな鉄の仮面をつけた兵隊が数十人。

 銃口をこちらに向けて並んでいる。


「カレらをミーンナやっつけてみて下サーイ」


「……は!? 銃持ってるけど!」


「コワイですカ?」


 Ⅾr.ザンコックが、笑顔で首だけ30度傾ける。


「いや……なんだろ。全然怖くねぇな」


「グ~ッド。なら早速イキましょー! よーい……」


 顔の横に、両の手の平を構える。


「スタート」


 ぱんっダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ。


 手を打ち付ける音、機関銃の掃射音。

 しかし、銃口の先には何もいない。

 すでに壁沿いを疾走する獣の姿。


 鉄仮面の兵隊も一部はそちらに発砲するが、ジグザグに向かって来る獣にはかすりもしない。


 獣が兵隊の列に届くと、蹂躙が始まった。

 野性的な咆哮を上げ、両手を振り回して一方的に。


 全ての兵隊が床に伏せると、乾いた拍手が聞こえた。


「ベリグーベリグー。どーでシタ? アナータの力は」


「……全然疲れてねえ」


「スピード、パワー。共に申し分ナーイデスね。ただ……」


 Ⅾr.ザンコックはツカツカと倒れた兵隊に近づき、見下ろす。


「一人も殺していない。ナゼ?」


 笑顔で顔だけをこちらに向けて、問う。


「いや、だって。え? 不味いだろ」


「ナゼ?」


「なぜって……」


 Ⅾr.ザンコックが猫背を伸ばし、大きく息を吸って吐いた。


「オーケーオーケー! 徐々に! 徐々に慣れていきまショー! 才能があっても新人さんデース! いきなり100点マンテンを望むのは上司として間違いデースね」


 ウンウンと頷きながら、痩けた頬を上げる。


「一緒にガンバリまショーね」


 その笑顔を見てうすら寒さを背筋に感じたが、自分の力に対する高揚感の方が勝っていた。


 もう今までの冴えない俺じゃない。

 この力を使って、俺をないがしろにした奴等。

 俺を軽く見てきた連中を見返してやる。


 グルルと呻き、かぎ爪を出すと、壁に向けて思い切り振る。

 白い金属でできた壁面に派手な爪痕が刻まれた。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


 衝動のままに咆哮を上げる。

 拍手するⅮr.ザンコック。




 ここにダルダム団の怪人1号、ハイエナ男が誕生した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリックして応援してね↓
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ