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第27話 大嶮山関所

別視点です。


 大嶮山関所の駐屯兵ロナック。

 彼は監視塔の鋸壁に槍を抱えたまま、頬杖を突いていた。


 良い天気だ。


「オイ、油断するなよ。魔王がいなくなっても、このご時世なにがあるかわからんからな」


 同じ国都から派遣されている相棒から苦言を受ける。

 だが、ロナックは気にしない。

 平和を楽しまなくてどうするのだ。

 後十日もすれば派遣期間の半年が終わる。

 そうすれば家に帰れる。愛する家族に会えるのだ。





 23日前、その日はいつも通り空が暗雲に包まれ、

 いつも通り魔王軍の奇襲を警戒し、

 いつも通り明日に不安を抱いていた。

 違ったのは、国都の方角から地響きが聞こえた事。

 関所は騒然となった。

 地震か? いや、まさか、まさか。



 とうとう始まったのか?



 まずは様子を探るべきと、関所長が指示を出して偵察隊が組まれた。

 ロナックも隊へ編入されて国都を伺う為に高台へ向かったが、そこから見えたものは【絶望】だった。


 命無き骸の、地の果てまで続く大軍勢。

 囲まれる国都。

 山道にも道を塞ぐほどにアンデッドがひしめき合っている。

 こちらに向かう気配はなかったが、とても山は降りられない。

 しかし、国都を清浄な膜が覆っているのが見えた。


 あれは聖結界だ! まだ国都は持ちこたえる!


 急ぎ現状を伝え、ガドニア侯国へ援軍を要請すべきと関所に戻ると、侯国へ続く道は黒い霧に包まれていた。

 よくよく黒い霧を見ると、怨嗟を叫ぶような顔。

 顔・顔・顔……。

 それは、死霊系の魔物レイス。

 いや、上位種のブラック高位ハイレイスの集合体だった。

 関所の戦力は約100名。

 皆で協力すればブラック高位ハイレイスとはいえ、40や50ならば退治できる。

 だがその数は、1000や2000は下らなかった。

 関所長は決断した。


「待機だ」


 多くは反発した。

 この場にいる者たちは、国都から派遣された徴収兵がほとんどである。

 彼方に見える死の軍勢の先には家族がいるのだ。

 大勢が詰め寄る。

 が、関所長の顔を見て、手を見て、足を止めた。

 関所長は歯を噛み砕き口から、拳を握りつぶし掌から血を流しながら再度指示を出した。


「待機だ!!!!」


 理由は、もし国都から聖王陛下が、民が落ち延びた際に支援する為。

 退却は魔王軍が跋扈ばっこする東三国でなく、必ずこの大嶮山を超えた西三国になるはずだ。

 しかし、あの邪悪な魔物の壁を抜けるには、傷ついた敗残兵では荷が重い。

 自分達こそが、その身を盾として突破口を開かなければならないのだ。

 この100名では無謀だが、敗残兵が加われば万に一つなし得るかもしれない。


 命の使いどころを見誤るな。


 呻くようにそう告げる関所長。

 その意見に賛同する声は多かった。

 ロナックは自分ひとりでも向かいたかったが、流石にそれは無謀だと分かる。

 自分に出来るのは、妻が、可愛い息子達パックとモックが、無事に国都を脱してくれる事をただ祈る事だった。


 その日から複数人が交代で高台へ向かい、国都を見張った。


 一日目、二日目。魔導兵器を使いよく防いでいる。

 三日目、四日目。騎士や兵の動きが素晴らしい、これならばあるいは。

 五日目、六日目。魔王軍の勢いは一向に衰えない、数も全く減らない。

 七日目、八日目。魔導兵器の燃料魔石は尽きたようだ。

 九日目。押し込まれてる! 不味い不味い!

 十日目。戦場に天にも届くような火柱が上がり、少数の騎馬隊の突撃。

 そしてあり得ないほどの黒い砂塵が空を舞った。敵はもういなかった。


 ロナックがちょうど当番の時だった。

 それを目の当たりにした時、同僚たちと顔を見合わせると言葉を発することなく、高台から転がるように皆で関所に走った。

 関所の先にはもう、黒い霧の壁はなかった。

 関所長と他の駐屯兵たちが出迎え、見張りの者たちの言葉を固唾をのんで待つ。

 それにロナックはただコクコクと頷くだけだったが、十分だった。

 関所は歓声と喜びに包まれた。


 その後は慌ただしく、国都へ関所長や補佐が数人を連れて向かい、程なく戻ってきた。

 戻った者から戦死者のリストを受け取り、皆で胸を撫で下ろしたり涙を流したりした。

 リストに載っていた者の知り合いから生前の思い出を聞いたり、国都からわずかながら届いた酒で杯を酌み交わした。

 家族から手紙も届いた。

 ロナックが二等地区で経営する花屋では、妻から薬効のある草花をかなり使い込んだ事が書かれていた。パックとモックも頑張ったそうだ。


 命があって本当に良かった。

 しかし、また同じような事が必ず起こる。

 魔王軍がいる限り、次にあのリストに載るのは自分かもしれないのだ。

 安堵と不安を胸に手紙を持ったまま、ロナックは曇天を見上げて思いを馳せた。



 その空が急に晴れた。



 忘れかけていた日の光、太陽の匂い。

 そうだ。

 自分は空を見上げ、草花を愛でて暮らすのが好きだった。

 思い出した。

 幸せだった、平和だった時間を。

 なぜ今?


 ロナックが呆けている一方で、大嶮山関所のもうしばらく使われていない通信室の通信魔導具から音声がとんでいた。


「国都から各所へ報告。勇者ノマリタ殿下御一行が魔王ゾルーバ・ディ・アブババを打倒せり。繰り返す、勇者ノマリタ殿下御一行が魔王ゾルーバ・ディ・アブババを打倒せり」





 ロナックは監視塔の鋸壁に槍を抱えたまま頬杖を突き、雲を眺める。

 こんな日が再び来るなんて。

 流石は勇者として覚醒されたノマリタ殿下。

 それに国都に現れたという、異界人の赤い仮面の戦士と天使様にはいくら感謝しても足りない。

 そう思いながらふと顔を上げると、彼方にワイバーンストロンガーが飛んでいるのが見えた。

 魔術を使う強力な魔獣だが、放っておけば特に人間へ危害を及ぼさない。

 国によっては騎乗用として使役している例もあるくらいだ。

 ぼんやり眺めていると、ワイバーンストロンガーが関所に急降下してきた。

 魔法陣が展開され、炎の玉が放たれる。

 関所の魔防障壁が炎を防いだ。


「警報! 警報! ワイバーンストロンガーから攻撃!」


「駐屯兵は対応せよ! プランE! プランE!」


 ワイバーンに攻撃してはならない。

 産卵期などに攻撃性が強まる事はあるが、反撃しなければ去っていく。

 駐屯兵は魔石を防御魔法陣が描かれた部屋へ集めて障壁を強化する。

 関所の上空を、無数のワイバーンが通過していく。


「なんだ? まるで何かから逃げているようだ」


 ロナックの相棒が呟く。

 ワイバーンは群れを成しても10匹を超える事はない。

 あれは群れではなく、たまたま居合わせたワイバーン達が集団で飛んでいるだけだ。

 ワイバーンロードがいれば可能性はあるが、聖王国周辺の大嶮山でワイバーンがロードになった事はない。


「やり過ごしたか?」


 相棒がそう言って、ため息を吐く。

 珍しいが、過去に例がない事態ではない。

 ロナックは胸を撫で下ろしてワイバーンの群れを見送った。

 が、山道の先に砂煙が見えた。

 目を凝らすロナック。

 そして言葉を無くした。

 これまた群れるはずのない、マウントスコーピオンが大地を埋め尽くして関所に迫ってきている。



 ロナックの脳裏に家族の顔が浮かんだ。






ロナックは第2話でシソーヌ姫が名前を出した、パックとモックのお父さんです。

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