第2話 突然決戦初対面
「うぉお……これは……」
俺たちがバルコニーへ出ると、城壁の向こうが黒く埋まっていた。
ウゾウゾとうごめく大地は、恐ろしいほどの大群が迫ってると認識させる。
とんでもねえ規模の侵攻だ。
「想像以上だな」
俺が素直な感想を口にすると、甲冑の女が現状の説明をする。
「この状態で籠城してもう十日。こちらの人員が職業騎士約2千人、冒険者と兵士が約5千人、徴収兵約2万人で、総勢2万7千名です。都市民約4万も後方で支援していますが、対する敵は20万を超えたアンデッドの大軍勢。しかもやつらは倒しても復活し、昼夜問わず常に攻め立ててきます。」
「さっきのガイコツ達も復活するのか?」
「王宮は結界の聖気が濃いので大丈夫ですが、城壁の外はそうはいきません。籠城しているだけでは結界もいずれ破られます」
甲冑女が戦場を向く。
「援軍要請の伝令も包囲網を抜けられず、こちらの食糧や回復薬も底をつきかけて、まさに絶体絶命なのです」
姫がバルコニーから身を乗り出し、望遠鏡みたいな道具を取り出して目に当てた。
「あぁ……東の門が危ない、アベイル隊長がんばって。あっ! あの旗はマルク将軍。あんな前線で……負けないで……。道具屋のカークスおじいちゃんも戦ってる。パックとモックもまだ小さいのに、あんなに重たいもの運んで……」
驚いたな。
「なあアンタ。姫様って、一般人の名前も覚えてんのか?」
「アルマです。姫さまはこの王都に住む、全ての民を愛しています。御自身も含めてですが、そんな姫さまを皆も愛しています。だからこそ士気を保てているのです」
なるほど、それでさっきのガイコツたちは姫を直接狙ってきたのか。
「カブラギだ。アルマ、さっき会ったばかりの俺を信じられるか? というか、アレを俺が何とかできると思うか?」
「あの召喚陣を邪悪は通過できない、という言い伝えがあります」
「言い伝えね……」
「そう、ただの言い伝えです。しかし先日貴方の他にもうお一人、召喚された方がいるのです。彼女は今この戦いに参加してくださっています。それに、姫さまは己を顧みず秘術を繰り返した結果、二度目の成功で貴方を召喚されました。わたしは姫さまの努力の成果を信じます」
アルマが俺に向き直る。
「今は一人でも戦える仲間が欲しいのです。カブラギ様どうか、チカラをお貸しください」
そして深々と頭を下げた。
ガイアコアがキィンと鳴る。
まあ、俺は俺の流儀で動くだけだ。
「こわい……こわい……死にたくないよぅ、死にたくない……みんな死なないで……わたしが、わたしがなんとかしないと……」
望遠鏡を抱いてブルブル震える姫に近づき、肩をたたく。
「姫様、アンタの気持ちはよくわかる。俺がバシッと解決してやるから、大船に乗ったつもりで見てな」
俺はバルコニーのへりに立ち、戦場を改めて俯瞰する。
マフラーが風でバタバタと暴れる。
アルマの《お願い》でもう少しエネルギーが溜まった。
さっきの《助けて》のエネルギーもまだ残ってる。大首領との戦いでカラッポだったが、これで戦える。
◇◆◇◆◇
「マキナ! 無茶しすぎぢゃ! もたんぞ!」
東にある聖王国の国都、アークガドの正門。
城壁の上で身体を浮かせた愛くるしい球体の白い獣が叫んだ。
その先には、少女が蒼色に光る弓を番えている。
「もたなくなるまで! 打つ!!」
藍色のコスチュームに身を包んだ少女はススにまみれ、頬を伝う汗を拭う事はない。
「いかん! いかんぞ! もうジュエルパワーも底をついておる、これ以上は生体エネルギーが変換されて! 身体に障害がでるぞい!」
少女の胸元の宝石が蒼く輝き、弓から白光の矢を空へ放つ。
「サファイアロー! ライトニングレイン!!」
放たれた矢が上空でいくつもに別れ、百の落雷となりアンデッドの群れへ落ちた。
「はあっ、はあっ。アタシが止まったら戦線が崩れる。そうなったら、取り返しがつかない!!」
前線より後方に放たれた今の一撃で、数百のアンデッドが粉々に砕けた。
敵の勢いは殺され、膠着状態が保たれる。
少女。
魔法少女ジュエリールの海崎 真希菜は、この世界に召喚されて一月が経つ。
戸惑いつつもこの国の現状を窺い知り、戦うことを選択した。
敵である魔王軍の目的は、人族の根絶。
滅ぼされた近隣の村々を目の当たりにし、交渉の余地は無かった事を知った。
魔王軍の大侵攻に、自身の相棒である妖精アグーの反対を押し切って戦いに参加したのだ。
救える命を救う。
それが、元の世界で救えなかった命への誓い。
彼女が戦う理由。
海崎 真希菜は血を吐きヒザをつく。
胸元の蒼い宝石からは光が消えていく。
ローブ姿の魔導師が二人近づき、身体を支える。
「カイザキ殿もう十分です! あとは我々に任せて一度お下がりください!」
「そうぢゃマキナ! これ以上は命に関わる! わざわざ後衛に配置したこの国の王もそれは望んでおるまい!」
身体を震わせ、海崎 真希菜はヒザを伸ばす。
「望まれたから……頼まれたから戦うんじゃない……、自分が今やるべきって思ったから! やるんだ!!」
立ち上がり、弓を構える。
胸の宝石は輝かない、
だが、弓は蒼く光る。
そこに、空から赤いラバースーツのようなコスチュームを着た、フルフェイスの仮面の男が目の前に降ってきた。
砂ぼこりを舞わせ、横顔をこちらに向ける。
不意を突かれ、驚愕した海崎 真希菜はその男と目が合った気がした。
「いい覚悟だ」