第25話 聖堂での誓い
「なんじゃ、もう耳に入っておったのか」
事情を説明すると、バラックおじいちゃんが拍子抜けしたように肩を竦め、サイロスさんは俯いて顎に手を当てる。
「異界人がこの世界に流れてきたというのは聞いた事があるけれど、こんなに多く一度にというのは……。王家の召喚秘術も存在するとはいえ、成功例が無かったからそういう効果を狙った未完成の術だと考えられていたんだけどね」
サイロスさんが顔を上げる。
「今までの歴史に無いことが起こってるし、これらが吉事となるか凶事となるかはまだ判断が付かない。明日からの遠征はくれぐれも気をつけてほしい」
「儂らも今できる最高の準備をしておる。近く大陸七国の通信会談も予定された。シュウ大帝国の復興が主だった内容じゃが、他の異界人の情報も集めておこう」
「感謝いたしますぢゃお二方。ユウゲン商会からの連絡の件も含めて、よろしくお願いいたしますぢゃ」
「大船に乗った気でいてくださいよ、なあマキマキ」
「ハイ!」
俺たちがそう言うと、サイロスさんがほほ笑む。
「食事の準備がもうすぐ出来るそうなんだ。私たちは仕事の片手間で済ませちゃったけど、姫様とアルマさんはまだだから二人に声をかけて一緒に済ますといいよ」
そういや間食し損ねたし、腹が減ってきたな。
「二人とも今の時間は聖堂にいるはずだよ。場所はわかるかな?」
「大丈夫です」
俺はマスクのアイシールドの部分を指さす。
「コレのおかげで誰がどこにいるか大体わかるんで」
「そうか。じゃあ、私は残りの仕事を済ませてしまおうかな。バラック殿も無理をなさらず。それでは」
そこまで言ってシュン! と姿を消した。
かと思えば割と近いところに現れて、また消えた。
現れては消え、現れては消えて遠ざかっていく。
シュンシュンうるさい。
「足が動くようになっても今更歩くのはおっくうなんじゃと。あれくらいの距離の転移魔術が一番ラクなんじゃそうな」
バラックおじいちゃんが呆れたように言った。
慣れってこわいね。
◇◆◇◆◇
バラックおじいちゃんとも別れて、俺たちは城内の通路を歩いていた。
「この先に二人がいる広間があるから、そこが聖堂ってトコじゃねえかな」
マキマキとアグーを先導して、前方を指さしながら二人を振り向く。
あれ?
この気配は。
マキマキが首をかしげた。
「ん? 扉の前にいるの王様とアルセーヌさんじゃありません?」
確かに王様と執事のアルセーヌさんだ。
アルセーヌさんがこちらに頭を下げて、王様がこっちを見る。
「王様どうしたんですか? こんな所で」
近くに寄って俺が声をかける。
「うむ。シソーヌに明日の激励をと考えたのだが、礼拝の邪魔をしたくなくてな」
そう言って入り口の先を見る王様。
俺たちも中を覗くと、高い天井の広間が見えた。
聖堂の中はどういった仕組みか、空間が所々キラキラと瞬いていた。
奥には大理石みたいな材質で作られた石碑が上に伸びてる。
その石碑の下で、シソーヌ姫がしゃがみ込んでお祈りしていた。
アルマはその斜め後ろで控えてる。
「此度の戦争で亡くなった者たちに祈っておるのだ。死者は鎮魂の儀を通して魔素となり、大気へ還ると神々と同化すると言われておる。シソーヌは神の碑を通して、皆の奮闘は無駄にせぬ、必ず国を立て直すと誓いを立てておるのだ」
俺たちは王様の話を聞きながら、祈るシソーヌ姫を見ていた。
その背中は全く動かない。
「……妻は身体が弱くてな。側室をと進めてきたが、余はどうもその気になれんかった。やがてノマリタが生まれたが、これが乱暴に育ってしまった。妻は王子に守る事を知ってほしいと、無理をしてシソーヌを生んだのだ」
王様が話を区切る。
俺は王様に顔を向ける。
「妻は神の元へ旅立ったが、シソーヌは若いころの妻と同様に明るく優しい子に育って居る。少し、ほんの少し甘やかして育ててしまったが……」
王様は俺たち三人を見ると、なお続ける。
「どうか今しばらくの間、助けてやってほしい」
本当に娘が大事なんだな。
そして奥さんの事も。
俺は頷く。マキマキも、アグーも身体を前に傾ける。
「あれー? みんなもう戻ってたんだ!」
シソーヌ姫が小走りでこっちに向かってきた。
アルマもツカツカとその後ろを歩いてくる。
「パパお仕事終わったの? わたしは終わったよ! えっとね、親書の作成と希望の援助内容の算出に、返却の具体的な見通し! 復興計画とー、月割りの聖王国の国費試算を表に起こして、利息の希望もみんなと相談して決めたよ!」
オイオイ10歳。
「資料は各部署の大臣から持ち寄られました。国費試算に関しても通信でジャラミ大司農に確認していただいたので、大きな誤差は出ないものと思われます。大臣には事情を知らせておりませんし、姫さまの補助も腹心の官吏の方々のみで行いましたのでご安心ください」
アルマは護衛だけじゃなくて、秘書的な事もするんだな。
「うむ。シーちゃんも頑張ってエライぞ。パパも今度の会議の準備がひと段落ついたところだ。明日はみんなの言う事をよく聞いて、無理しないようにな」
王様はそこまで言って、エビス顔でシーちゃんの頭を撫でる。
「うん!」
ほんの少し……ね。
なんて考えながら見ていると、王様が咳払いする。
「明日は見送りに出向けぬ。が、其方らの事は常に気にかけておる。頼んだぞ」
「大船に乗った気でいてくださいよ、なあマキマキ」
「カブラギさん大船好きですね……」
王様が満足そうに頷くと、執事のアルセーヌさんが懐からロープを出して通路に放り投げた。
すると空中でロープが2メートル程の楕円形になり、王様が中に入っていく。
楕円形ロープの向こうは別の場所と繋がってるようで、アルセーヌさんも俺たちに頭を下げて入っていった。
ロープはネズミ花火のようにシュルシュルと回って、数秒でシュンと消える。
「なに今の便利~」
俺がそう言うと、アルマがアレも魔導具だと説明してくれた。
貴重なモノで、所有者しか使えないらしいけど。
「みんな夕飯まだでしょ! 今日は一緒に食べよ食べよ。ほら、明日の打ち合わせしないと!」
「すみません皆さん。姫さまはたっぷりあった仕事が終わり、気分が高揚していらっしゃるのです。うっとうしいかと思われますが、どうかご辛抱くださいませ」
「言い方!」
なるほどね、なんかテンション高いなって思ったわ。
気持ちは分かる。
「よっしゃ。じゃあメシ食いながら、マキマキがカークスじいさんにビビりまくってた話でもするか!」
「もっとあったでしょ色々!」
ブーブー言い出したマキマキを片手で制し、
サイロスさんも敢えて、みんなの良いトコを俺たちに見せてんだろうなって考えてた。
アルセーヌさんはたくさん魔導具を持ってます。
シーフの技能もあって裏仕事もお手の物です。




