第18話 宮廷魔術師長の不安
別視点です。
聖王国アークガドの戦後復興を談ずる会議を前に、老人は静かに上座で黙考する。
宮廷魔術師長ウリメカ・ゴウメ・バラック。
頬骨が突き出した顔には整った白髭ヒゲがヘソまで伸びる。
齢80を超え、枯れ木のような腕が銀白色のローブから覗くが、その容姿とは裏腹に内包された生命力は常人を凌ぐ。
十数年前の人魔大戦には従軍しなかったものの、人種の中では大陸でも五本の指に入る大魔導師。
先の国都防衛においてはサイロス・アラ・ショーディル宰相が展開する聖結界の補佐を行っていた為、異界人とは顔を合わせていなかった。
初めての出会いでは気が付かなかった。
魔王討伐を知らせた時、王宮で目にした時は凄まじいチカラを感じた。
まだ成人したかどうかの幼い少女。
薄手で繋ぎ目のない皮鎧を身に着けた、赤い仮面の男。
両者共に内包魔力は人並みだが、魔力射出力の強力さは朧げに感じた。
なるほど。
異界人の中でも強力な英雄が馳せ参じたのだと、流石はシソーヌ姫、努力がとうとう実り国を救ったのだと、心が年甲斐もなく浮き上がった。
しかし。
技術交流の名目で数日後、異界人の三人(獣含む)と面談した際に驚愕……。
いや、そんな陳腐な言葉では表現できない。
幼子の時初めて目にした地平線……、
もしくは、数十年に一度現れる満天の星々を目の当たりにした以上の途方もなさを感じた。
少女は三色の、天にも届くような湧き上がる魔素を滾らせる。
仮面の男からは、まさに凝縮され尽くした漆黒……ピンと身体の線に留め置かれた、世界をも歪ませるような深淵の魔素。
悪意は感じないが、ただただ無条件で忘れかけていた恐怖が込み上げた。
気まぐれで矛先が聖王国に向けられれば、一日と持たず国都は滅ぶ。
宮廷魔術師長バラックは、ショーディル宰相に詰め寄った。
魔王ですら、あれほどではなかったのではないか?
我らはとんでもない超級の裂炎魔石を、後生大事に抱え込んでいるのではないかと。
ショーディル宰相は笑って言った。
破裂しない魔石を恐れる必要はありません、手綱は握られています。
そもそも彼らは魔石ではないのですから、と。
宮廷魔術師長の立場は政治に口を出せるものではない。
意見は出せるが、決定権はないのだ。
バラックは目を開き、会議室に集まった貴族を確認した。
今世の聖王、アークガド18世は傑物だ。
求心力も申し分ない。
だが、戦時において広大な国土全てに目が行き届くわけもなく、
この場に集まった貴族にも曲者が揃っている。
国境の北方六都市は、人魔大戦にてゴラモ侯爵以外の領主は戦没。
爵位を継いだ跡取り達の弱みに付け込んで上位者を気取るゴラモ候、自都市の防衛に専念して、国都が落ちれば独立を目論んでいると噂されている。
ただ軍の統率力と武力は抜きんでている為、下手な介入は許されない。
4つの商業都市で突出した財力を保持するジャラミ伯爵。
その貪欲さは分け合う事を知らず、民たちに不満を感じさせない絶妙な配分で税を徴収し、大商国アッキンドの商人とも自国には報告せず取引を重ねる。
分別ある貴族には周知の事実だが、糾弾すれば戦時中につき国益を損なうのでアークガド聖王18世も含めて口を出せない。
魔王軍からの攻撃にさらされた辺境で滅ぶ都市の多い中、消去法で領地を保持した貴族で一番爵位の高くなったラムーベ辺境伯。
庇護国やゲリラ活動を行う冒険者にまるで君主のように振る舞い、独断で支援しているが……、
本人の人格を考えると、その危うさに自覚はないと思われる。
それ以外の貴族らにも、焦りや落ちつきのなさが伝わってくる。
自領が攻め落とされ、他領に併呑されるのではないか?
まさか活躍したと聞いている異界人に、領主の地位を奪われるのではないか?
など、戦々恐々としているのだろう。
頼むから、頼むから異界人たちの機嫌を損なうような真似だけはしないでほしいと願う。
マルク将軍は自分の娘の護衛騎士アルマが友好的に接し、自分も戦場でクツワを並べた異界人たちを盲目的に信じている。
ショーディル宰相も大丈夫と言ってはばからない。
何でも、あの白い毛玉の妖精殿が例の手綱なんだとか。
確かに彼の理知的な物言いには驚かされたが、他の二人に比べると魔素量は遥かに少ない。
自分の3分の1にも満たない。
それでも一般的な魔導師よりも多いのだが……。
落ち着かない気分で佇むバラックだが、ゴラモ候が不満げに口を開いた。
「ショーディル宰相殿、話し合うべき人間は集まったように見えるが?」
自分の隣で宰相は穏やかな表情を作り、聞き分けのない子供を諭すように話す。
「まだ待ち人がいらっしゃいます。皆さん懐かしい顔もありますでしょうし、今少し互いの再会を喜びつつ寛いではいかがですか?」
鼻を鳴らすゴラモ候に対し、バラックは不安を深くする。
あれ程の魔素を感知できる自分を恨めしく思いながら。
その時……。
ゴンゴンゴン
会議室の扉が叩かれた。
腰を低くした異界人が三人と、シソーヌ姫と護衛騎士アルマが会議室へ入ってくる。
シソーヌ姫と護衛騎士アルマは会議室の不穏な空気に気づいたようだ。
姫に至っては、ハッと目を見開いて眉を吊り上げる。
ショーディル宰相からの着席の勧めを姫が断るなど、ひと悶着あったが会議が始まった。
貴族たちが保身のために異界人の腹を探り始める。
前後編の前編です。
 




