第23話 捕虜の処遇とアグーの弁舌
襲ってきた亜人族の面々が腕ごとカラダを縛られて、正座みたいなカッコで地面に座らされている。
お白洲のようだ。
時代劇の罪人たちよろしく、黙りこくって顔を伏せている。
見下ろすのは、ゼギアス大皇国の高慢ちき幼女、大皇ちゃん。
ポロイス大共和国の爬虫類系マッチョイケメン、大議長さん。
ワイドアムズ大獣国の残念脳筋ケモケモ姐さん、大族長プリンさんだ。
補佐をそれぞれ控えさせて、西部三大国の代表が直々にお裁きを下すらしい。
俺たちは裁判の傍聴人よろしく、代表の人たちの後方で距離を空けて突っ立ってる。
「視界に入れるのも不愉快極まりないわ。サイベリアンよ」
「ハッ」
大皇ちゃんに促され、ガラガラと鞘から剣を出すサイベリアン伯爵さん。
「待たれよ大皇殿」
それに待ったをかける大議長さん。
名前なんだっけ?
「マキマキ、マッチョ大議長さんの名前なんだっけ?」
ヒソヒソ声で教えてくれるマキマキ。
「シクロ・テガフール大議長さまです。ちゃんと自己紹介したじゃないですか」
「ソーリー」
そうそう。そういえばそうだわ……テガフール?
「ゼギアス大皇国に死刑は無いはず。違いもうすか?」
「この地は神聖国であろうが。神聖国には死刑があるぞ?」
「それは厳粛な裁判に基づいたもの。正式な裁判無しに処断した事が広まれば、穏健派の原種主義者も今後どう動くか分かりもうさんぞ」
「ならば争いの果てに、という事にすればよい。なんの問題があるか?」
「いらぬ騒乱の種を撒く必要はありもうさん」
「ゼギアスに原種主義などという不逞の輩はそうおらぬ。貴国はそうではなかろうがな……クックック」
「ぐっ!」
シクロ大議長さんの隣にいる、灰色の肌の戦士が悔しそうな声を出す。
「気を鎮めよ。拙者らが争ってどういたす」
「はっはっは! オークは野蛮で敵わんな。大議長殿も気苦労が絶えぬであろうよ」
……ぅわ。
ゼギアス大皇国とポロイス大共和国ってホント、引くほど仲悪いのね。
あの二人と同じくらい偉いプリンさんはどうしてるか?
「くぁ……」
あくびをしている。
ダメだこりゃって思ってると、腰のベルトを引く感覚が。
目をやると、マキマキが俺を見上げてた。
「カブラギさん。フュラテアさんたち、処刑されちゃうんですかね?」
「うーん……じゃない?」
「そんな……」
残念そうなマキマキ。
連中も根っからの悪人ってわけじゃなさそうだからなぁ。
んー……シクロ大議長さんが一旦止めたとはいえ、裁判を挟めば文句ないみたいな口ぶりだったし、余所者の俺たちが法的な事に口だすのもどうかと思うしなぁ……。
「オウゴン教の人たちは何で黙ってんだ?」
猫背の大司教さんもムル婆さんも、竜人のお姉さんもちょっと離れた場所で他の神官さんたちと様子を見てるだけだ。
なんでよ?
自分たちの国で勝手な事されていいの?
「オウゴン教は直接的な争いに対して以外、他国への政治介入はしてはならぬのです。他国の法に従うかどうかの政治的判断すらも」
俺の疑問をソウリマンさんが即解説。
「政教分離というヤツぢゃな」
アグーも納得のご様子だ。
「聖天使マキマキさまのご意向にはそぐわぬやもしれませぬが、教皇猊下の定めをこの場で破るのは……いや! いよいよとなれば小生が!」
「やっちゃえハゲ!」
おいおい。
「待て待て二人共。んー……なぁ姫さま、なんとかならんかね?」
俺がシソーヌ姫におねだりすると、姫は腕を組んで目を閉じ、しばらく考え込んだ。
「……うん、なんとかなるかも。アグー手伝って」
「うむ。弁護の補填ぢゃな?」
「そうそう。アルマとソレガシも付いてきて、左右にいてくれる?」
「ハッ」
「心得た」
淡々と指示を出し、背筋を伸ばしてアゴを引く姫。
かっこいいじゃん……あれ?
「あれ? 俺たちは?」
俺とマキマキと、ユウゲンさんは?
「ユウゲンは威厳が無いし、カブラギとマキマキは神聖視されすぎてるからね。ちょっと待ってて」
言い終わると、スタスタ歩いてお裁きの場所へ向かうシソーヌ姫たち。
肩を落とすユウゲンさんの背中に手を当てて見守る俺たち。
一定の距離まで近づくと、シソーヌ姫がお偉いさんたちへ言葉をかけた。
「差し出がましくも、聖王国第一息女シソーヌ・ヒーメ・アークガドが見解を述べたく存じます」
振り返る大国の代表三人と取り巻きのみなさん。
がんばれ~がんばれ~。
姫がすごいのは知ってるけど、つい両手の指を絡ませて胸にもってきちまう。
大皇ちゃんがまず向き直った。
「おお、大聖王国が姫か。どうした? 愚者でも殴りに参ったか? よせよせ、穢れがこびり付くと難儀するぞ?」
その言葉に、魔人族の人の何人かから同調するような乾いた笑いが起こる。
黙ったままのシクロ大議長さん。
なんかワクワクしてるっぽく、目を輝かせるプリンさん。
「原種主義の過激派たちは、西部の大転移陣でも大規模な襲撃をかけてきたのですよね? 今回の二度目の襲撃も難なく撃退されました。先ずはそのお手並みに、敬服の意を」
そこまで言って、シソーヌ姫が右の拳を胸に当ててお辞儀した。
「はっは! 先頭がゼギアスであればこそよ!」
「しかし二度あると、三度目もあるのでは?」
「何?」
「種族長である何名かはすでに捕縛されましたが、敵の首魁である原種主義連盟の代表も、その懐刀である連盟顧問テイアンペイも未だ行方がしれません。再びの襲撃の可能性は、依然としてあるのではないでしょうか?」
「うむ。その通りでありもうす」
シクロ大議長さんが大きく頷き、大皇ちゃんが面白くなさそうな顔で腕を組む。
「ふん。なればこそ、ここで捕らえた愚者どもを無残に処断して見せしめにし、賊の残党共を震え上がらせる必要があろう」
プリンさんの後ろにいる鹿男さんが、胸に拳を当てて頭を下げた。
「お言葉ですが大皇陛下、尋問して情報を吐き出させる必要があるかと存じますが」
「おお、ワシもそう思っとったんじゃ。先に言うなボケ!」
「痛っ! 勘弁してください姐さん」
プリンさんにゲンコツかまされた鹿男さんを見もせずに、大皇ちゃんがまた不機嫌そうな声を出す。
「すでに七国会議の期日は迫っておる。さっさとこやつ等を殺して進むべきであろうが」
シソーヌ姫が首をタテに振って、にっこり笑った。
「おっしゃる通りですわ。ただもう一つ選択肢が浮かびましたので、恐れながら献言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほぉ、面白い」
「なんじゃなんじゃ?」
「シソーヌ・ヒーメ・アークガド姫君、その献言とは?」
「彼らが、素直に投降してきた事にするのです」
大皇ちゃんが怪訝そうに身を乗り出す。
「……何?」
「さらに神都市ミュルマーナまで同行させて、七国会議で彼らの主張を発言させましょう。そして、それらを大々的に広めるのです」
「んん? 許したるっつう事か?」
「馬鹿な!!」
腕を振って怒声を上げる大皇ちゃん。
アゴを撫でながら首を捻るシクロ大議長さん。
「意図を、お聞かせ願いたいでありもうすな」
「もちろんです」
シソーヌ姫が指をたてる。
「その者たちは13種族長という、過激派の中では高位の役職です。その種族長が自分の意志で投降し、さらに許されたと聞けば下位の者たちは動揺するでしょう。過激派の結束力は緩みます」
シクロ大議長さんがアゴをポリポリ掻く。
「敵の士気を下げる、か」
その後ろの、縛られ集団の中の一人が立ち上がった。
「そんな事で我らの使命感が揺らぐものか!」
「黙ってなバナーガーラ! ……邪魔したね、続けとくれ」
叫んだミミズ男さんをたしなめたフュラテアが、シソーヌ姫を見て先をうながした。
姫が続ける。
「士気を下げるだけでなく、他にもいくつかの利点がございます。えっと、えー……アグー、ご説明を」
「承りましたぢゃ」
アグーがふわふわ、シソーヌ姫に並ぶ。
「先に名乗らせていただいてはおりますが、改めて。異界人、妖精アグーと申しますぢゃ」
アグーが斜めにカラダを倒す。
「他の利点は大まかに4つ。先ず一つは、原種主義連盟の内部崩壊が狙えます。高位の者の離反は少なからず、己の所属する組織への不信感を持たせるでしょう。さらにその離反者が許されておると知れば、投降を迷う者も出るでしょう。敵の数が減りこそすれ、即座に増える事はございませんぢゃ」
「ふむ。戦略の常道でありもうすな」
「二つめに、捕虜の逃走を防げます。離反したと仲間に認識されたこやつ等が万にひとつ組織と合流できたとしても、待っておるのは疑いの目。いや、このような無茶な作戦に従事させられたくらいですぢゃ、待っておるのは疑いの目などで無く、処刑。それくらいはその者共も理解しておりましょう」
アグーの視線に、舌打ちをするフュラテア。
「……ふん、続けよ」
「三つめは、時間の短縮です。今からこやつ等を罰するとなると、かなりの時間を要しますぢゃ。なにしろ数は二百と数十で、当然抵抗もいたします。ならば空間拡張の馬車へ押し込んで先を急いだほうが早かろうと存じます」
「ほーん、そんで最後はよ?」
「最後の四つめですが、対大魔王への戦力増加が期待できます」
プリンさんだけ首をかしげる。
「どういうこっちゃ?」
「ふざけるな! 愚者と肩を並べろと言うか!」
「大皇殿、まだ途中でありもうすぞ」
アグーが息を吸う。
「続けますぢゃ。彼らを七国会議という重要な場へ同席させる事は、他の原種主義者……過激派・穏健派ともに大きな意味を持ちます。原種主義者たちは己らの主義、思想に対し、七国連合が聞く耳を持ったと考えるでしょう。これは彼らにも聞く姿勢を持たせます。大魔王という恐るべき外敵に向けて団結とまではいかないまでも、外敵の排除までは行動を抑制させられるかと。さらに言えば、未開拓の地域を自治区として開放すると確約すれば、共に戦ってくれる可能性もございますぢゃ」
「土地を分け与えろと申すか!」
激高する大皇ちゃんに、あくまで穏やかに言うアグー。
「未開拓の、です。それに、大魔王の侵攻を防げねば土地などあって無いようなモノ。二代目魔王であった悪鬼によれば、大魔王の目的は大陸に住まう者すべての抹殺であるそうですからな。魔人族の偉大さも、称える者がおらねば虚しいものですぢゃ」
「……ぬぅ」
聞き入ってた面々が、アグーの話を咀嚼するように黙っている。
数秒の沈黙の後、アグーに言わせるだけ言わせたシソーヌ姫が口を開いた。
「いかがでしょう? 原種主義連盟のみなさまも、協力的な姿勢を見せて下されば今の献言が通りやすくなるかもしれませんよ?」
ざわざわするだけの縛られた亜人の人たち。
まぁ、発言権は前に引き出されてる五人にあるだろうなって思ってそっちを見ると、あれ? あのバッタ顔の人、寝てないか? 寝てるなアレ。
「……情報を吐けって事かい」
フュラテアの言葉に対して、ニッコリ笑うシソーヌ姫。
フュラテアが大きく溜息を吐いた。
「オウゴン教が受け入れてる難民の中に、同胞が多く紛れてる」
「フュラテア!?」
ミミズの人が叫ぶ。
「オウゴン教の中枢にも協力者がいるらしい、それが誰かは知らないけどね」
「フュラテアぁ!!」
ミミズの人がまた立ち上がった。
「同胞を売るのか!?」
「黙りなバナーガーラ。戦力として数えてくれてんだ。同胞も無下に殺されやしないさ、だろ? お姫様」
「大聖王国が王家アークガドの家名に誓って、西部三大国が尊位の方々を説得いたします」
シソーヌ姫が胸に拳を添える。
それを見て、大皇ちゃんが何か言おうとした。
でもミミズの人がさえぎった。
「恥辱だ! 汚名の中を生きる意味がどこにある!? 死んだ方がマシよ! そうだ……そうだ。この場で散って! 同胞を発奮させるまで!!」
幾人かが身がまえた。その時、
「生きてこそでしょう!!!!」
はちきれんばかりの怒号。
みんなの目線の先は、俺のとなり。
怒号を発した少女マキマキに注がれた。
「っ生きてこそでしょう! 死んだ方がマシなんて! あるはず無いでしょう! し、死んだら、汚名だって返上できないんですよ? っく、お仲間の事を想うなら、生きてください。死んで終わらせるよりも……生きてできる事の方が多いんですから」
嗚咽を交えながら言い終わると、こぼれる涙をぬぐうマキマキ。
俺は一歩前に出て足を広げて立ち、呆けるミミズの人に指を向けて言った。
「そうだぞ!」




