第21話 リサイクルされる原種主義者たち
別視点
「いい天気だねぇ……こんな日はさ、でっかい木のてっぺんで肉を食うのがいいんだ。若い葉っぱの香りがね、腐った肉でも旨そうだって錯覚させてくれんのさ」
鳥人のフュラテアが誰にともなく言うと、寝転がった丘に一陣の風が吹いた。
頭に回して枕にした両翼の羽が数本、空に舞う。
大嶮山から降下してきたであろう、乾燥した季節風。
初めての土地で、初めて出会った風だった。
その風は、大陸西部で暮らしてきたフュラテアにとって胸をすくような想いと、少々のノスタルジックな感覚を抱かせた。
(アタイの知らない事ってのは、アタイが思うよりずっと多いのかもね)
「呆けおって……暇は無いぞ? さっさと立たんか」
寝転がったフュラテアを見下ろす、見慣れた男。
広義的には同胞である、バッタのような姿をした二足歩行の昆虫人、ビーババダだ。
「街道を見下ろせるとはいえ、このような目立つ場所で待機とはな。連盟顧問どのは何をお考えであるのか……知恵者の考える事は分からぬわ」
頭の良くない。いや、壊滅的な脳みそを頭蓋に納めた同胞に目を向け、フュラテアは溜息を吐いた。
「目立つから逆に警戒も薄くて、不意をつけるんだ。それにこの丘は魔術隠蔽で覆われてる。連盟顧問ブヨークンの野郎が直々にこさえた、特製のヤツでねぇ」
構築度の高い《解除》や《見抜》の魔術ならば魔術隠蔽を無効化できる。
しかし、連盟顧問ブヨークンほどの術師の魔術は、並みの者ではまず見破れない。
並みの者でなくとも、鋭敏な感覚をもって術を感じ取り、長時間をかけて《解除》や《見抜》を行使しなければならない。
「ダ、ダイジューブ。魔王があ、相手でもバ、バレない。そ、それに、囮も、い、い、いる」
フュラテアの言を補足するのは、固そうな木のカラダをぎこちなく動かす亜人。
樹人のキュデだ。
頭の先端にある葉の束を揺らしながら、もどかしい程にゆっくりと吃音を交えてしゃべるキュデ。
フュラテアは寝転がったまま、片翼を前方へ向けた。
「あそこにもう一つ、ここより高い丘があんだろ? 魔術隠蔽で見えないだろうけど、魔獣使いの連中が陣取ってんだ。昔あの辺から反オウゴン教の連中が襲撃した事があって、この丘より警戒が強いのさ」
片方の手の平を傘にして、ビーババダが言われた方向を見据える。
「ほぉ」
「囮が潜むのにはもってこいだろ?」
「ふむ」
「囮の連中が使役してる魔獣を後ろからけしかけて、列が乱れてる横っ腹をアタイらが急襲するんだ……ミミズ野郎がちょっと前に説明してたろ? しっかりしておくれよビーババダ」
呆れた声で責めるフュラテア。
心外な様子で腕を組み、大きく息を吐くビーババダ。
「ふん……分かっておるわ。我が言いたいのはだな、アレだ。……そう! 決め手にかけるのではないかと、そう言いたいのだ。分かるか? 奴らは大軍だ。このような遠く目立つ場所からの奇襲では、攻め切る前に体制を整えさせてしまうのではないかと、そう危惧しておるのだ。分かるな?」
この馬鹿が出したとっさの返答にしては、上出来だと感心する。
「そうだねぇ。アンタのいうとおりさ」
「だろう? 我は最初からそう言いたかったのだ。そうなのだ」
うんうんと頷くビーババダを一瞥して、樹人のキュデがぼそりと呟く。
「オデたち、つ、使い捨て、の、ドーグ」
その言葉に、フュラテアも心中で同意する。
「他に生きれる場所も無しさね……」
死ぬまで労役を課せられるはずだった身だ。
死に場所を与えられただけでも、良しとしよう。
大魔皇国にて、異界人の赤い戦士や聖天使どもに敗れて役人に捕らえられたフュラテアたち。
遥か昔、大陸に奴隷制度があったころに確立された魔道具である《従属の首輪》をはめられて、ゼギアス大魔皇国の司法都市へ移送された。
原種主義連盟の13種族長であるフュラテア、ビーババダ、キュデに加え、他の13種族長の蜥蜴人のシアーシャと蚯蚓人バナーガーラを含めた5名が、各自で牢獄に囚われて裁きの時を待っていた。
うつむき、牢の隅で一人座り込んでいたフュラテア。
大陸西部の死刑制度は廃止されている。
しかし、鉱山の奥深くで労役を課せられるのは間違いない。
酸素が極限まで薄い地の底で死ぬまで働く事を考えると、どうしても心は沈む。
その時、
「くっふっふ……」
フュラテアが囚われた牢の中に、《転送》の黒渦が現れた。
「! 助けにきたのかい?」
飛び起きると、フュラテアは声を潜めて黒渦に満面の笑みを向ける。
助かった。
助かったと、思った。
「いえ、道具の回収でする」
「……回収?」
黒渦の主、連盟顧問ブヨークンが凹凸の無い仮面を上下に揺らす。
「くっふっふ。使えない道具は、どうなさいまする?」
身が強張った。
助かってなかったと、感じた。
「……殺すのかい? 口封じに」
下位とはいえ、フュラテアは13種族長だ。
それなりに知っている情報も多い。
「いえいえ……使えない道具は、修繕して使う。リサイクルというそうですなぁ……それでも使えなければ――」
「待った! 役に立つさ、立って見せる……」
声を抑えて、必死に訴える。
滴る汗が喉を経由して、アゴから床に落ちると同時に《従属の首輪》が砕けた。
「ならば良し……くっふっふ」
近づく足音に目線をやると、蚯蚓人のバナーガーラが側近を数名引き連れて、居丈高に寝転がるフュラテアを見下ろしていた。
「鳥女、私の部下から伝達音が届いた。あと半刻ほどで奴らが通るぞ」
蚯蚓人は地中に潜み、音の振動で地上へ情報を伝達できるそうだ。
「へぇ、そうかい」
「別種族で慣れ合う愚か者どもめ、目に物見せてくれる……おい、死に損なった我らの最後の舞台だぞ? もう少し気を引き締めろ」
「へいへい」
手を上げたフュラテアを傍目では分からない目で一瞥すると、バナーガーラは踵を返す。
「……ふん」
去っていく蚯蚓人たちの背に、ヒラヒラと手を振るフュラテア。
「バ、バナーガーラ……アタマ、か、かたい……死、死にやすい」
フュラテアは立ち上がり、不服そうな声を出すキュデの肩をポンと叩いた。
「やすかろうがやすくなかろうが、どうせ辿る先は同じさね」
見下ろす遠い街道を見て、囮が潜む丘を見て、丘を警戒する為に築かれたオウゴン教の屯所を見て、最後に振り返ると、フュラテアはこの拠点に待機する自分たちの手勢を見た。
足りない。
襲撃するのは大陸西部の大国が擁する精鋭中の精鋭。その数は約1500。
対して、フュラテアたちが率いるのはせいぜい200。
それも労役や、牢獄に囚われて疲れ切った原種主義の罪人たち。
囮役である蜥蜴人、シアーシャの方にも大した戦力は無い。
シアーシャは使役者のスキルも持つが、そのシアーシャの最大戦力である魔獣でも、特級である巨顎蜘蛛がせいぜいだ。
流石に大陸有数の精鋭たちを相手取るには荷が勝ちすぎる。
フュラテアは大きく息を吐いた。
「知恵者の考える事は分からない、か。本当そうだねぇ」
ただの時間稼ぎとしか思えない。
それも、僅かな時間だ。
この程度の手勢ごとき、鎧袖一触で終わるだけだろうに。
「さ、元気よく死ににいくかね」
諦めたような言葉を口に出し、フュラテアが魔素を腹から皮膚へ移していく。
と、カチャカチャと口を鳴らすビーババダが首をかしげた。
「先程からバナーガーラ殿といい貴様といい、何を言っておるのか理解に苦しむな」
フュラテアとキュデは、ビーババダへ目を向ける。
「連盟顧問ブヨークンどのは言っておったぞ? 期待しておると。ならば期待に応え、原種主義を理解せぬ者共に鉄槌を加えて主義への理解を推進するだけであろうが?」
呆けて、バッタ顔の馬鹿を見つめ続けるフュラテアとキュデ。
「どうした?」
腕を組み、物わかりの悪い子供へ向けるような視線でビーババダがフュラテアたちを見る。
「出る前に、負ける事を考えるバカがおるのか?」
きょとんとした目線を受けて、フュラテアに愉快さが込み上げる。
「アッハッハ! アンタに教えられるとはね!」
「貴様! さては我を侮辱したな!?」
ぷんぷんと頭から湯気を飛ばすビーババダへ片翼を振り、フュラテアは言った。
「ありがとうよ」
「む? ……礼には及ばぬわ」
満更でもなさそうに、腕を組み直すビーババダ。
「や、やるだけやる……じゃ、無い。か、勝つ」
そう言うキュデを見て、フュラテアは笑った。
「だね。それに、まだできる事はあるさね」
鳥人と昆虫人と樹人の三人が並んで歩き、率いる予定の手勢、約200名を高台から見下ろした。
先に待っていた蚯蚓人バナーガーラを通りすぎ、フュラテアは右の翼を持ちあげる。
「聞きな!!」
ざわざわと、不安げな顔でさざめく亜人たちがフュラテアに目を向けた。
「原種を信奉するアタイらの心は強い! 祖霊を軽視する軟弱者どもよりはるかに!」
声を上げない群衆。
フュラテアの横で、キュデが《士気上昇・広域》の魔術を発動させた。
「気合が数を! 実力を覆す! それが出来るだけの誇りを! 種族を信じるアタイらは持ってんじゃないのかい!?」
色めき立つ群衆。
後ろでバナーガーラが、ほぉと息を吐いた。
「やるからには勝つ! だろ!? ビーババダ! 言ってやんな!」
小首をかしげるビーババダ。
そんなビーババダの耳元に口をやり、声を抑えて伝えるフュラテア。
「さっきのだよ! 出る前に負ける事考える――ってヤツ!」
ああ、ああ。と、首を上下させたビーババダが一歩に前に出た。
「出る前に、負ける事を考えるバカはおらぬ」
フュラテアは満足げにうなづき、片翼を胸元に当てて言った。
「祖霊は、アタイらのココに、だろ?」
バラバラにだが、高台の下の数百名が胸に手を当てた。




