第18話 俺の名は! 救世戦士アスガイアー! 正義の味方だ!
「この道路をですね、この地図に書き込んである角度で――」
「ふむふむ」
司祭さんが広げた地図を覗き込み、作りかけで途切れてる道路を見やる。
「あっちって事ッスよね?」
「はい。ですが直線ではなく、小川を経由して休憩地を設ける予定です。水源は必要ですので」
「って事はぁ……あ、この辺をぐぅいーっとカーブする感じッスね」
地図を指さしながら打ち合わせする後ろで、修道服を着た子供たちにもみくちゃにされるアグー。
「かわいいね!」
「僕にも触らせてよ!」
「イイコイイコ! 毛が柔らかーい」
「これこれよさんか……」
白毛ジジイが満更でもなさそうな声を出してる。
普段からシソーヌ姫に雑な扱い受けてるからな、あの程度なんでもないんだろう。よく訓練されてるぜ。
「子供らのお相手をして頂き、恐縮なのです」
ハーレキンさんに頭を下げられて、マキマキが慌てて手を横に振った。
「だ、大丈夫です。アグーは子供が大好きですから、よ、喜んでますよ」
地図から顔を上げる司祭さんもその様子を見て、胸に右拳をあてて頭を下げてくる。
「救世戦士アスガイアーさま。子供らが申し訳ありません」
「いやいやそんな、頭上げてくださいよ」
いかにも人格者なおじさんにそんなんされると、居心地悪くて仕方ねえや。
俺は気恥ずかしくて後ろ頭をかく。
「そして、ありがとうございます」
ん?
「人魔大戦で心に傷を負ったあの子らが、また笑えるよう、我らは苦心しておりました……しかし、アナタ方が来られて、子供らは目に輝きを取り戻しました」
胸に右拳をあてたまま、優しく笑う司祭さん。
「はは、子供は笑ってんのが一番ッスからね」
ハーレキンさんたちに付いていって丘に到着すると、年季の入った石造りの建物があった。
どうも教会らしく、半球型の丸帽子を被った司祭さんが慌てて出てきて、ハーレキンさんに文句を言ってた。
曰く、「またどこか歩き回っておりましたな!」とか「視察役が視察せんでどうするのです!」とか。
ヨンちゃんナナちゃんも、「だから言ったでしょ?」だか「司祭さま、もっとキツイ言葉で罵ってもいいでしょ」だか言ってた。
一連のやり取りを済ますと、司祭さんが俺たちに気が付いて歓迎してくれた。
「異界の英雄、救世戦士アスガイアーさま、聖天使マキマキさまでいらっしゃいますね?」って言って。
すっかり有名人になっちまったなぁ。
アグーが「……ワシは?」って言ってたけど無視した。
その後、教会にご招待されてお茶を頂きながら、ハーレキンさんが言ってた作業ってのが何なのか聞いてみたんだ。
ここで会ったのも何かの縁だし、手伝おうかと思ってね。
するとさ、聞くところによると、この街の現状の問題に《難民の流入》があるんだって。
いや、この街だけじゃなくて、オウゴン教会の都市はどこもかしこもだそうだけど。
ハーレキンさんは首都の神都市ミュルマーナから派遣された視察官らしく、流入してきた難民の数を把握して報告書を書くのが仕事。
作業ってのはそれね。
人魔大戦の爪跡ってやつだ。
魔王軍に滅ぼされた街や町、村々の人々は近くの国に避難していたそうだけど、中規模国、小規模国はそれを受け入れる土台が無かった。
とはいえ、オウゴン教の《何人も受け入れよ》の教義の為に、城壁の中に入れるのを拒むことは無かった。
が、当然、難民への援助などは無かった。
結果、難民の多くはスラム……貧民街とか、四等地区とか呼ばれる区画に追いやられて、辛い生活を送る事になる。
しかし今、魔王ゾルーバが死んで転移陣が解放され、難民を持てあましていた国々が、オウゴン教へ受け入れを要求してきている。
オウゴン教は《何人も受け入れよ》という教義の手前、それらを全て受諾したんだそうだ。
でも、オウゴン教会のキャパにも限界はある。
だから共通金貨を増刷し、冒険者を雇って魔獣を駆逐させ、荒廃した人の領域を復活させる事に注力している最中なんだ。
オウゴン教会にも軍隊みたいなモンはあるけど、冒険者を敢えて雇うのは経済を回す為ね。
今はそれらが一段落して、住み着いた魔獣を追い出して解放した廃墟に難民を移住させている段階。
でもさ、転移陣の魔導具を繋ぐのに、一回はその場に行かなきゃ行けないわけじゃん?
そんで、流石に転移陣と転移陣を繋ぐ魔導具の管理はさ、外注の冒険者に任せる訳にいかず、オウゴン教の人がするわけじゃん?
インフラよ。
交通インフラが必要になるわけよ。
一般的な転移陣って大した事ないそうでさ、一度で運べる量や人員って限られてるらしく、フツーに馬車で運んだ方がコストは安いんだって。
向こうで管理してるオウゴン教の人も、物資の補充が無いと仕事ができない。
解放したけど荒廃してる村や町には、未だに難民が集まって来てるそうだ。
支援物資を十分に送る為には、崩れたり駄目になってる道路を繋ぎ直すのが急務。
だからオウゴン教は今チョー忙しくて、七国会議の大名行列の接待も重なって、てんやわんやなんだってさ。
そんな話を雑談まじりに聞き、喋ったハーレキンさんが司教さんに「当事者であるお客様へそんな話を!」って叱られてるの見て、俺たち三人は立ち上がったんだ。
「手伝いましょうか? すぐッスよ?」
てな。
因みに、今この場に子供たちがワラワラいる理由についてだが……。
手伝うって決めた俺たちが、善は急げってなもんで、復興中の村や町を繋ぐ交通インフラの建設予定地を確認しに外へ出たんだけどさ、教会に保護されてる子供たちが大勢ついてきたんだ。
親や国を亡くした子供たち、だそうだ。孤児だな。
異界人がどんな連中か気になったんだろう。
不安げに俺たちを見る子供たちに、俺は言った。
「俺の名は! 救世戦士アスガイアー! 正義の味方だ! 悪い奴らは俺がぶっとばしてやる!」
はぁ? みたいな顔をする子供ら。
そんな子供らに近寄って、ヒザを折ってなお言った。
「辛かったんだろ? お前らみんな、辛かったんだよな? でも、忘れんな。ここにいるみんなが辛かったんだ」
子供たちが、お互いの顔を見合わせる。
「負けんな? 潰れんなよ? 立って、戦うんだ。弱い自分と戦うんだ。出来る顔してるぜ? お前も、お前も、お前もお前もな」
きょとんとする子供たち。
「辛いときに一緒にいるお前らは、家族になれるんだ。助け合え、無理なく出来る範囲でな。大事なのは、困った時に心の支えになるヤツがいるって事だ。多けりゃ多いほどいい。お前らラッキーだぜ? 周りを見てみろ。こんなにいるんだ。家族が」
児童養護施設、絶対カキツバタ園のおやっさんの受け売りを言った俺。
でもアレだ。
みんなピンときてなかった。
あ、はぁ……ってな感じで。
辛ぁ!
恥ずかし紛れに、俺はガイアコアのエネルギーを右手にチャージした。
「よぉし見てろ! 正義の味方の凄さをな!!」
俺の拳が光るのを見て、子供たちが途端に目を輝かせた。
「行くぜぇ! アスガイアァ! メテオストームぅ!!」
空へ大火球をぶっとばし、ちりじりに浮いていた雲を蒸発させた。
俺は掲げた手の平を、ギュッと握る。
「エクスぅ! プロぉジョン!」
上空の大火球が弾けた。ドォアンと派手な音を立てて。
即席の花火だぜ。
しばらくすると、蒸発した雲が雫になって丘に降り注いだ。
子供らの口が開く。
「どぉだ!? まだまだぁ!」
連続で即席花火を上げまくる。両手で。
三発、五発、七発、九発!
……真っ昼間の花火の乙さは、子、供には、早かった、かな?
はぁ、疲れた。しんど。
でも、開いた口から歓声を出す子供たちを見て、手ごたえを感じた。
「はぁ、はぁ。ふぅ……すごかったろ!? 正義の味方は!」
「うん! すごい!」
前の列にいた子が、やっと反応してくれた。
ふっふ。
「ふっふ。俺の名は! 救世戦士アスガイアー! 正義の味方だ!! かっこいいだろ!?」
俺がポーズを決めて子供らに呼びかけると、黄色い歓声が返ってくる。
「カッコよくはない!」
「うん! カッコよくはないね!」
「でもすごかった!」
「もっとやってぇ!」
うんうん……うん?
子供らの反応に俺が満足してると、毛玉ジジイが寄ってくる。
「ヘタな説教ぢゃったのう」
アンタに言われたくないね。
「ふふ。アタシには伝わりましたよ? カブラギさんの気持ち」
とはマキマキ。からかってんじゃねえのか?
……恥ずかしいじゃねえか。
俺は真っ赤な仮面の下の顔を真っ赤にして、スンとすましていた。
結局、子供が喜ぶのはハデな芸だよな。
結果的に懐いてくれて良かったよ。
「それで、いかがでしょうか? 救世戦士アスガイアーさまの神技のご行使で、どれほどの期間で交通路が……」
話を戻して尋ねてくる司教さまに対し、真摯に答える。
「秒ッスよ。秒」
「ビョウ、とは?」
怪訝なお顔の司教さんに向けて、二の腕を直角に曲げて拳を掲げる。
出来たチカラこぶを左手でバシバシ叩いた。
「まあ、見ててください。マキマキぃ」
ハーレキンさんとかと喋ってたマキマキが、ビクッとこちらに顔を向けた。
「え!? は、はい! 呼びました!?」
「今から道作るけどさ、けっこうデコボコになると思うのよ」
「……え? あ、そういう事か。いいですよ。道を平らにならしたらいいんですよね?」
「そうそう。いける?」
「はい。オッケーです」
よっし、それじゃ……。
ガイアコアからガイアエネルギーを、両拳にチャージしていく。
苦手な技だ。
多めに集めて、十分だろうってあたりで両腕を掲げた。
掲げた先の、両拳が土色に輝く。
さぁ! 気合いれるぜ!
「アスガイアァ――」
掲げた拳を開き、かるたガチ勢もびっくりの勢いで地面に打ち付ける。
「アース・バァーン!!」
ゴゴゴと地鳴りが鳴り、地響きが起こる。
荒れた地面が直線上に熱で溶けて、マグマのように煮えた。
みるみる伸びるマグマの道は、打ち合わせ通りの角度で曲がって伸び続け、複数の分かれ道を作っていく。
俺は地面から手を離し、再びガイアコアから両拳にエネルギーをチャージする。
「さぁて仕上げだ……フロスト! ブラストぉ!!」
両手を突き出して技を発動させると、超低温の寒波がグツグツ煮えたマグマの道を冷やす。
道幅はこんなモンでいいよな?
「じゃあ、次はアタシですね。エメラウインド! ガスト! ガスト! ガストぉ!」
マキマキが激しい突風を右腕から放ち、冷えたマグマで出来たガタガタの道の突起を削っていく。
器用に突風を誘導して、曲がりくねった道も問題なく。
街道のいっちょ上がりだ。
疲れたぁ……。
俺は大きく息を吐いて、司祭さんに向き直る。
「……はぁ、こんなもんでいいッスか?」
自然エネルギー以外、カラッポになっちまったぜ。
 




