第15話 誇りある魔人族は
粉々に砕けた大理石のテーブル。
突然の展開に困惑しつつ、場のみんなと顔を見合わせる。
足の甲に砂が積もる。
「なぜ師父が、貴様如きの代わりにならねばならんかったか!!」
頭巾を揺らしたゼギアス大皇が、殴りかかってきた。
この場にいるどれだけの人が目で追えるだろうか?
ってな速度での拳。
プリンさんが反応した。
俺はその動きを片手で制した。
俺は甘んじて受ける気だったから。
大皇の言う師父ってのはサジーさんの事らしい。
西部の《大転移陣》で、俺たちの身代わりで《暴虐龍》ってヤツに焼かれたサジーさん。
自分の大事なヒトが傷ついた元凶に対し、感情をぶつけるってのは折り合いをつけるのに必要な場合もある。
しょうがねえだろうよ。
でも、見た目少女の拳は俺に届かなかった。
突き出された拳は白銀の兜の頬に叩きこまれていた。
一拍の時を置いて、耳をつんざく低音が大部屋を揺らす。
ソレガシの旦那が、俺の前にヒザをついてゼギアス大皇の拳を受けていた。
「貴様……邪魔立てするか!」
少女の顔が少女らしからぬ表情で歪む。
白い毛玉が割り込んだ旦那の横に並んで言った。
「恐れながら大皇陛下。お怒りの根源に察する所はありますが、少々ご判断に性急な部分がございますかと」
白毛玉のアグーの言葉に、ゼギアス大皇の眉間がより深くなる。
「なんだと?」
「陛下のお怒りの根源。それは銀伯爵の存在に比するに能わぬ卑小なる者が、銀伯爵閣下の犠牲の元にこの場に存在する事でありましょう?」
「当然であろう! 余が師父は全知が存在! 卑賎なる異界人ごときが摂行出来るモノでは無い!」
頭巾を逆立てて、怒りの気配をあふれさせる大皇。
「まさに。正鵠を射た御見解でございますぢゃ。銀伯爵に取って代われる存在などあるはずがありませぬ。ただ、今一度ご再考いただきたく存じます。その全知たる銀伯爵がわざわざ生かした異界人を、この場で無下に断ずるが最適解であるかどうかを」
ゼギアス大皇が拳を治めて腕を組んだ。
「感情は誰にも抗えぬ行動の指針でありますぢゃ。しかし、御自身が精神より一度お下がりになり、ご判断下さいませ。それが万民を慰撫される御身を、より高みにお導き遊ばすことでしょう」
「ひらに、ひらにお頼み申し上げる」
旦那が向き直ってヒザをつくと、両手を合わせて言葉を重ねた。
ふわふわ浮かぶ毛玉も、小さい大皇の目線よりやや低い位置で身体を傾ける。
多分お辞儀だ。
「…………気に入らん。気に入らんが、良かろう。のみこんでやろう」
組んだ腕を解いて、大皇が踵を返した。
「愚昧ら異界人が友好国の姫シソーヌ・ヒーメ・アークガド殿が所有する存在である事実と、先に余が国へ貢献したという件も踏まえた上でな。それが師父の功績に便乗したモノであったとしても、為した者が卑民であろうとも、誇りある魔人族は友誼者と、為された功績を無下にせんのだ」
ゼギアス大皇と取り巻きが大食堂から去っていく。
サイベリアン伯爵さんが俺たちに丁寧な一礼をした後、足早にその背中を追っていく。
はぁ~……緊張したぁ。
魔人族の人たちが去って幾分か時間がたった後、プリンさんが立ち上がって座っていたイスを蹴り上げた。
轟音と共に天井に穴が開く。
「なんで黙っとったんじゃ! おどれが売られた喧嘩じゃし、おどれが止めたけぇ我慢したったけどの! こんチビに喋らせとるばっかでカブラギは何も言いよらんかった! 漢じゃろうが! キンタマついとんのか!?」
俺に詰め寄るプリンさん。
おでこがつきそうなほど近寄って見据える目は潤んでいて、ちょっと悲しそうだった。
「俺は口下手なんだよ。相手が吞み込めるような言葉を選ぶのに時間がかかるんだ」
「ぁあ?」
「でもな、俺には俺の意を組んで上手く伝えてくれる仲間がいるんだ。自分の苦手な分野を補ってくれる仲間がな。だから任せた。プリンさんにもそういう仲間がいるだろ?」
プリンさんの気配が少し緩くなる。
「……まあ、そう、じゃの……」
そう言って、プリンさんは少し離れた場所の床に座って腕を組み、黙って何事か考えだした。
それから俺たちは砕けたテーブルの片づけをして、上の空のプリンさんを迎えに来た保護者の鹿男さん達に引き渡した後、割り当てられた宿舎に戻った。
そんで宿舎の中の共有スペースみたいな場所でシソーヌ姫たちの帰りを待った。
ただ待つのもアレだから、俺とユウゲンさんがキッチン的な魔導具を使ってお茶を入れる。
備え付けのお茶っ葉は上品な香りがした。
「あ! アタシがやりますよ!」
「痛!」
テーブルに寝転がったアグーを撫でてたマキマキが、俺とユウゲンさんが炊事場に立ったのを見て立ち上がる。
立ち上がった拍子にテーブルが揺れて、アグーが床に転がり落ちた。
「まあまあ、ゆっくりしてください。あ、アールグレイに似た香りですね。流石はオウゴン教会だ。良いお茶を用意してあります」
俺がコンロみたいな魔導具に火を入れて、ユウゲンさんがお茶っ葉を急須的な食器とカップを人数分用意する。
ソレガシの旦那はイスをしばらく眺めた後で、どっかから丈夫そうな箱を持ってきて座った。
「酒は無いのか?」
「冷蔵庫にワインがいくつか。飲みます?」
「葡萄酒の事か。すまぬが用意していただけるか? 開け方が分からぬのだ」
「はいはい」
ユウゲンさんは手際よく、冷蔵庫からワインを出してコルクをポンと開ける。
「ユウゲンさん手際良いなぁ」
沸騰したお湯を確認して、火を止めつつその手並みに感心する俺。
ボトルからワインをグラスに注ぎつつ、ユウゲンさんが苦笑いした。
「はは。独り身ですし、しばらくお酒を飲む機会も多かったので」
「サラリーマンだったんだよな? 接待とかで? いや、接待でワインを自分で開けたりはしねえか」
「一人飲みですよ。飼ってる猫が死んじゃった時に、ちょっとお酒に逃げてた時があって……面白くない話ですねコレ」
「そっか。俺も身内が……これこそ面白くねえわ。でもそういう時期ってあるよな」
「ですね」
親父と母ちゃんの事を思い出しつつ、俺はヤカンからユウゲンさんが用意してくれた急須にお湯を注いだ。
フワッと良い香りが強くなる。
俺がロココ調なテーブルにティーカップを並べて、ユウゲンさんがお茶を注いでいく。
ソレガシの旦那の前にはワイングラスを置いて、お茶を注ぎ終わったユウゲンさんが手早くワインボトルを傾ける。
「おお、甘い香りだな」
「でしょう?」
旦那に答えながら、ユウゲンさんが茶菓子を棚から出して並べる。
旦那の前には細切れのチーズを皿に乗せる。
「このすえた香り。某の元の世界では北方の騎馬民族が似たモノを食しておったな。葡萄酒と合うのか?」
「どうですかね? 試してみて下さい」
にやにや笑うユウゲンさん。
旦那はチーズを口布を捲って咀嚼する。
「ほう……濃厚な味わい。火を通した牛の内腑に負けぬ口当たりだ」
次はワイングラスを口元へ持っていく。
ゴクゴクと喉を鳴らし、大きく息を吐いた。
……鎧のバケモンのくせに喉が鳴るんだって感心してると、旦那が空になったワイングラスを掲げた。
「おお! 口内の心地よい臭みを一息に流し、清涼感が駆け巡る! 合うどころの話ではない!」
言い終わると、ご機嫌な旦那はいそいそとワインボトルを手酌する。
「お酒ってそんなに美味しいんですか?」
ズズズとティーカップをすすりながら、マキマキが横目で旦那を見る。
その横でビスケット的な茶菓子をバリバリ食うアグー。
「子供が興味をもつには早いわい。歳を重ねねば苦味を受け付けんしの。子供が酒を不味いと感じる理由は、若いカラダには毒であるし、成長に害があると舌が教えてくれておるのぢゃ」
マキマキが身を乗り出して、隣の旦那のそばにあるワインボトルに鼻を近づける。
「ふーん……うえっ! アタシはまだお茶でいいや。あ! アグー食べ過ぎだよぅ」
そんなやり取りを横目に、ユウゲンさんと俺はマキマキと旦那の向かいに座った。
「まだありますから」
ユウゲンさんに差し出された別の皿のビスケットを見て、ニコニコしながら手を伸ばすマキマキ。
「えへへ。ありがとうございますユウゲンさん、カブラギさん」
俺も同じように茶菓子を仮面に運んでボリボリいただく。
「うん美味しい。ところでさ、抜け出したっていうプリンさんはともかく、ゼギアス大皇さんがその辺歩いてたって事は話し合いが終わったってことだよな? シーちゃんたちそろそろ帰ってくるか?」
ビスケットを摘まみつつ、お茶を飲むユウゲンさんが俺に顔を向けた。
「ですね。三人分のカップも用意しておきますか。オヤツには丁度いい時間でしょう」




