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ユウゲンの⑥


「松岡さん。局長が執務室に来てほしいそうですよ」


 自分よりもいくらか若い女に告げられ、松岡はソファにもたれたまま目線を向ける。


「……ぁぁ、了解です」


 女はそんな松岡の態度を見てとり、大袈裟に溜息を吐いて見せた。


「……本当感じ悪いですね松岡さん。バディ組まされてるこっちの身にもなって下さいよ」


「はぁ、すいません」


 とはこれっぽっちも思っていない。

 だが上役の呼び出しに足を運ばないという選択肢など、元社畜である松岡にあるはずもない。

 緩慢かんまんに身体を起こし、気だるげに立ち上がる松岡を見た女が再びこれ見よがしな溜息を吐く。


「松岡さんはもう少し協調性とか持った方がいいですよ? 和を以て貴しとなすって聞いた事ありませんか?」


 眉間にシワをよせる女を横目で見て、言葉を選ばない自分もどうなんだと内心毒づく。

 長いまつ毛、通った鼻筋。

 気の強さを体現したような切れ長の目。

 一般的に見た目が良いであろう和美人といった風の顔立ちだが、この数日のやり取りを経たうえでの女の印象は決して良くなかった。


 松岡とて、好き好んでソファに身体を沈めていたわけでは無い。

 先日の大型台風を散らした時の後遺症が尾を引いていて、今だ倦怠感と激しい頭痛に見舞われているのだ。

 この女……確か《阿久須あぐす理亜りあ》と言ったか。

 松岡が念動力を使用した時のデメリットを聞いているはずなのに、バディを組まされて一週間、何も考慮した様子が無い。

 

 自分の事を棚に上げて相手を非難する様は、松岡の女性嫌いを助長させた。

 

「……以後気をつけます」


 が、


 松岡はオトナ・・・だ。

 機械的に言葉を吐き、目を合せることなく松岡は《阿久須あぐす理亜りあ》の脇を通り過ぎる。

 

 思った事を口に出すほど幼稚ではない。

 感情を他者にぶつけるほど熱くはない。

 あるのはただ、面倒くさいという感情。


 松岡は死に場所を探しているのだ。

 使えば使うほど死に近づく《念動力》。

 その念動力で命果てるまで人の役に立ち、満足感を持って死ねる場所を。

 

 より多くの人を救うのが目的なのに、気の合わない個人のご機嫌を伺う余裕はないし、かといってわざわざ喧嘩するつもりもない。

 

 諦めたような視線を送る《阿久須あぐす理亜りあ》に少々の苛立ちを覚えながらも、足早に執務室へ向かった。







 スカウトされて早半年。

 所属する事になった組織《調停機関DDD》は、聞いた限り世界規模の活動をしている大きな団体だった。

 各国の捜査機関ともつながりがあるようで、松岡も直接的に関わったわけでは無いが、最初の任務中に公安警察の協力を感じた事からもDDDの影響力が相当に強いモノなのは間違いない。

 そして、DDDには《能力者ギフター》と呼ばれる超能力者が極東支部だけでも十数人いるらしい。

 

 松岡は自分をスカウトしたザッカーバーグの指示に従って、日本全国を奔走した。

 命じられるのはもっぱら自然災害の防止。

 地震が起こる前にズレつつある海洋プレートを固定したり、大型の台風が本土へ届く前に渦巻く大気を逆風で弱体化させたりが主な作業だった。

 身体への負担は前職の比では無かったが、やりがいも比では無かった。


 前職で一番誇らしかった仕事。

 それは市役所が発行する、会報誌の委託業務を単独で受注した事だった。

 市の広報課へ顔を繋ぐ目的で、松岡は昼食時に役所の食堂へ毎日足を運んだ。

 くたびれた広報課長が新しい市のキャラクターのPR方法に頭を抱えていた隙間に入り込み、松岡は各世帯に廻される回覧板に挟み込む新規の会報誌を提案した。

 市長の月事の活動記録とインタビューを添えれば、きっと採用されると言い添えて。

 結果、松岡は社内で表彰され、長年嫌みを重ねてきた局長に掌を返されたお褒めの言葉を頂いた。

 多少のミスも笑って許されるようになった。

 純粋に嬉しく、誇らしかった。


 しかし今は、前職を退職して一年弱の期間を経て、地震を、台風を防いでいる。

 防いだ後に見る出張先の地方ニュースは、あの時よりも格別に誇らしかった。

 地方のグルメ情報。

 地域活性を見越したイベント情報。

 お利口なペットの紹介(特にネコ)。

 

 何の変哲もない日常を伝えるそれらを確認する度に、善良な人々の生活を継続させたという充足感に満たされた。

 軋む内臓や痛む頭も気にならない程に。

 

 それはかつて松岡が思い描いた、世界を守る念動力者の姿だった。

 秘密の組織と戦う事は無かったが、松岡は世の為人の為に陰ながら活躍できる今を与えてくれたザッカーバーグに

多大なる恩を感じている。







「体調が優れないようですね?」


 執務室の扉を開くなり、ノートパソコンをカタカタと鳴らす部屋の主から気遣いの言葉を受けた。


「いえ特に……ご用は何でしょう?」


 ノートパソコンを閉じて大きく伸びをする部屋の主。

 調停機関DDDの極東支部を統括する、ザッカーバーグ局長だ。

 ブルーの瞳を閉じてまぶたを指で押さえた後、グレーの髪をポリポリと掻いて座ったままの身体を斜めに向ける。


「とりあえず掛けて下さい」


 うながされ、執務用のデスクに置かれたローテーブルを囲うソファに座る。


「お疲れの貴方にはお伝えしにくいのですが」


 言葉を切って、マグカップのブラックコーヒーをあおるザッカーバーグ。


「ふぅ……富士山という山をご存じでしょうか?」


「富士山って、あの富士山ですか? そりゃあ……日本人ですからまあ……」


 何を聞かれているのかと感じたが、ザッカーバーグは日本に来てまだ日が浅いと言っていた事を思い出す。

 まだ3年弱といった所らしい。

 富士山という山が共通認識として、日本人にどこまで浸透しているのか把握しきれていないのかもしれない。


「この国の方の認識に疎いもので……ご容赦ください。それでその富士山なのですが、どうも近々噴火する兆候があるようでして」


 思いもよらない言葉に、少々松岡は意表を突かれた。

 富士山が噴火するという題材は、事あるごとに取りざたされる大災害だ。


「それは大事おおごとですね……で、自分を名指しで呼んだ理由はなんでしょう? 他に適性のある方がいるでしょうに」


 まだ数回だが他の能力者ギフターと共同で任務にはあたったし、阿久須あぐす理亜りあから渡された能力者ギフターの名簿にも目を通した事がある。

 名簿には名前の下に、簡単な能力の説明が記されていた。

 噴火を止めるのに適性のありそうな能力者ギフターも何名かいたはずだが。


「確かに。空間の温度を操る《水瀬兄弟みずせきょうだい》。液状の物を凝固させる《片岡美樹かたおかみき》さん。熱と冷気を自身に取り込める《吉田修よしだおさむ》さん。貴方と同様に念動力を扱える《桜井莉央さくらいりお》さん、《江藤芹亜えとうせりあ》さん……もちろん皆さんには協力していただきます。しかし、不測の事態に備えて松岡さんにも出向いていただきたいのです。何しろ貴方は、世界で初めて能力ギフトに目覚めた《最初の一人ファーストワン》ですからね」


 デスクに両肘をつき、手を組んだ先へアゴを乗せたザッカーバーグが彫の深い顔をニコリと歪ませた。

 機械的な笑顔を見ても不思議と親近感が勝る。

 どうやら自分はもはや、無条件で彼を信頼してるらしい。


「それもどうだか。DDDが把握してない能力者がいる可能性だって0じゃないでしょ? 世界は広いですし」


 頬を指で搔きながら言う松岡。

 表情を変えることなく否定するザッカーバーグ。


「いません。DDDは全てを把握しているからこそ、調停機関なんて大仰な名称を恥ずかしげも無く名乗っているのです。そして、最初に努力して能力を鍛えたからこそ、松岡さんが一番強いチカラを発揮できるのですよ」


「ブランクは長いですけどね。十年近く念動力は使ってませんでしたし」


「才能でしょう。貴方なら大陸間弾道ミサイルでも正確に撃ち落とせる」


 たしか、アメリカの弾道弾迎撃ミサイルですら迎撃成功率は100%では無いはずだ。


「買い被りですよ」


 卑屈に笑う松岡。

 ザッカーバーグはカップをくるくると揺らし、コーヒーを一気に煽った。


「いいえ。我々は正確に能力者ギフターのチカラを把握しています。貴方は無二です。それは内面も」


「内面?」


「才能は社会に寄与されるべきだと、我々は考えています。自分の才能は自分の権利を守る為のものという主張もありますが、特別な才能は個人でなく、人という種を守る為に使うべきだと思いませんか? 少なくとも、調停するという立場の我々はそう思う。そう思わなければならないのです。松岡さんは個人でありながらその考えに至っていた。まさに人々の上に立ち、人々を調停するに相応しい人格です」


「……大袈裟ですね」


「かもしれませんね」


 ザッカーバーグは執務用のイスから立ち上がり、書類を一枚持って松岡の向かいのソファへ腰を下ろした。


「それでですね、松岡さんにお願いしたいのはこれなんです」


 差し出される書類。

 受け取る松岡。

 目線を落とした先の紙は、《二次的要因に関する詳細》と記された部外秘の赤文字が目立つ一枚だ。


「これは……」


 日本列島の地図だった。

 富士山を中心に、オレンジ色の円がグラデーションに広がっている。

 円は本州の大半と、四国を囲っていた。


「想定される地震の規模です」


 松岡は息を飲む。


「日本の、三分の一が被害に合うと?」


「何もしなければ、ですがね」


 書類から顔を上げて、ザッカーバーグを見る。

 ザッカーバーグは相変わらず、機械的な微笑で松岡の目の奥を覗いていた。


「とはいえ、完全に防ぐこと出来ません。他支部からも人員を導入して事にあたりますが、全てを補うのは不可能。松岡さんには瀬戸内海……瀬戸内海はご存知でしょうか? 四国と本州の間にある――」


「知ってます」


「失礼。その瀬戸内海は海底沿いに富士山の地脈と連動している部分がありまして、富士山が噴火した際には瀬戸内海の東側が大きく陥没してしまうようなのです。そのような事になれば、四国の半分は太平洋の一部に変わるでしょう。それを、松岡さん一人ひとりで防いでいただきたい」 


 四国か。

 自分を生んだ人がいるはずの四国が半分、海に沈む可能性がある……。


 あのオンナ。

 松岡を生んで、人生を充実させるために去ったオンナは果たして、沈む半分で暮らしているのか? 沈まぬ半分に暮らしているのか?


(どっちでもいいか……)


「分かりました。少しでも被害を止めましょう……ついでに死ねれば最高ですね」


 

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