第4話 大陸東部の大転移陣
出発から二日目。
五つ目の中継地でアッキンド大商国の人たちと別れた。
まっすぐオウゴン教総本山へ向かう彼らと違って、俺たちは大嶮山ふもとにある大転移陣でゼギアス大皇国の人たちと……ひいてはサジーさんと合流する為だ。
《神霊薬》を作ってもらわないといけないからね。
それを馬鹿正直にアッキンド大商国の人たちへ言うわけにもいかないから、適当な理由をつけてだけど。
「本当に大丈夫ですかにゃ? 人員を割くことも想定しておりましたが」
「ええ。ご心配には及びません。私の連れ立ちの頼もしさはご存じでしょう?」
「むろんですにゃ。では、七国会議で再び」
とは、シソーヌ姫とサンリアガ大会頭とのやり取り。
「本当は……同行したいところなんですがね」
「桜井さんたちには悪いけどさ、こっちにゃこっちの事情があるんだよ」
「でしょうねぇ。知らなければ責任も発生しない。知ろうとしない権限は与えられてますし、無能であれば済む話です。お互いを想うならこういう形もあるでしょうよ……ああ、帰る方法が分かったら教えてくださいね?」
「当然。正直言えねえ事はあるけど、俺たちはもう仲間だ」
これは俺と桜井さんとのやりとり。
そんなこんなを経て、俺たちは中継地で馬車を買うと大嶮山のふもとにある大転移陣の前に立った。
◇
涼風吹きすさぶ中にそそり立つ、大転移陣の管理砦。
それは、まるで宮殿だった。
西欧風の古代遺跡そのままに、円柱の支えがいくつも伸びた立派な建物が大嶮山の岩肌にめり込むようにそそり立っている。
俺たち聖王国組8人(毛を含む)は、馬車から降りて正門に立った。
くすんでるけど厳かな作りの正門だ。
両脇にはでっかい人型の彫刻がこちらを見下ろしている。
歴史を感じるな。
「歴史を感じるな」
思わずそう口に出すと、俺たち8人の後ろからツルっぱげのおじさんが満足そうに頷いた。
「流石は救世戦士さま。物の良し悪しを存じていらっしゃる」
ソウリマンさん。
昔オウゴン教で偉かった人だ。
……ついてきちまったんだよなぁ。
この人、圧が強いから苦手なんだよ。
元とはいえ、関係者だった自分が一緒の方が全てにおいて滞りないって言うソウリマンさんの猛アピールにシソーヌ姫が折れた形だ。
まあしょうがない。もっともだ。
狂信してるマキマキから嫌われるような事はしないだろうし、アグーとアルセーヌさんなら上手く聖王様の件も誤魔化すだろ。
アルセーヌさんが馬車を固定したあと、みんなで門に近づいていく。
すると彫刻の影から肌が鱗に覆われた人が出てきた。
二本角が生えてるけど、蜥蜴人よりも人族に近い見た目。
竜人だ。
「うふ。東部からの来客は伺っておりませんが、どちら様でしょうか?」
金糸の入った神官服を着た、スラっと背の高い女性の竜人さん。
竜人は高位森人・白鉱人と並んで、大陸でも特に少ない人種だって話を聞いた。
「連絡をする術がありませんでしたので突然の訪問をお許しください。私は聖王国第一息女、シソーヌ・ヒーメ・アークガドと申します」
先頭のシソーヌ姫がスカートをちょこんと持ち上げて、おしとやかに頭を下げた。
その後で胸元に下げたペンダント、貴章を見せる。
「これはこれは……七大国の王族を無下に追い返すなどできるはずもありません。娯楽の一つも無い場所ですが、どうぞお通りくださいませ」
そう言って竜人さんが道を開けた。
「案内人は、不要のようですわね」
「うむ。小生がその役目、請け負おう」
「ソウリマン元大司教。復職が叶いますよう、お祈り申し上げておりますわ」
「気遣い感謝」
顔見知りかぁ。
ソウリマンさんは一度辞めた職場に出戻り希望なんだっけか。
たしか《オウゴン教の敬虔な先導師》とか自分の事を言ってたし、かなりの神様大好きさんなんだよな。何で一回辞めたんだろ?
とか考えてるうちに、俺たち九人は大理石っぽい通路をズンズン進む。
天井はすっごい高い。
通路もめっちゃ広い。
自分たちが小さくなったように錯覚するくらいだ。
魔法で空間を広げてんだな。
でっかいなぁ。
「でっかいなぁ」
「かの昔、ホワイトドワーフ族が建築した施設であります。大転移陣は大勢の通行が前提なのでこのような作りになっておるのです」
ソウリマンさんがウキウキで教えてくれる。
そのまま歩いてると、これまたドでかい門に行き当たった。
俺たちが歩速を緩めると、門が内側に開いていく。
「どーぞー」
拡張された声が響いた。
子供みたいな甲高い声だ。
「シソーヌ・ヒーメ・アークガド殿下をお連れした!」
「だからどーぞって言ってんじゃん! このハゲ!!」
ソウリマンさんの言葉に叫び声が返ってくる。
なんだなんだ?
「頭髪が無いのを悪しき事のように言うでないわ! これは頭部の状態でしかない! 髪が生えておる事と人格の優劣に因果関係は無かろうが!」
ソウリマンさんが早口でまくし立てると、門の中から羽の生えた小さい子供が飛んでくる。
お?
フェアリーだ! 妖精ってやつだ!
「妖精ってやつだ!」
俺が指をさすと、その伸びた二の腕をマキマキにつねられる。
痛たた!
足の甲も踏まれた。シソーヌ姫に。
痛ったい!
「カブラギさん!」
あれ?
口に出てた?
「そうだよ妖精だよー。はじまして、オウゴン教大司教のリンリンだよ!」
あらかわいらしい。
小さい神官服なんか着ちゃって、お人形さんみたい。
「お初にお目にかかります。聖王国第一息女、シソーヌ・ヒーメ・アークガドでございます」
姫ってば口ではそれらしく喋ってるけど、初めての妖精に目がキラキラしてやがるぜ。
「えらい人がいーっぱいくる日に、別のえらい人がきたね。キュッとなるね! このキュッとなるの、なんていうんだっけ?」
「《緊張》ですわい」
扉の先の、奥の部屋から別の声がした。
見ると、俺の腰辺りくらいしか身長のないしわしわのおばあちゃんが腰に手をあてて歩いてくる。
「ヒェッヒェッ。リンリン大司教の補佐を仰せつかっておる、ムル・バスタルフですわい」
「ムル婆だよ!」
小さいお婆さん。
小人族かな?
「あと数分のうちに大陸西部の方々がお目見えする予定ですわい。ヒェッヒェッ……ご訪問の御用は大国の、恐らくはゼギアス大皇国の一団とまみえる事ではありませんかの?」
ムル・バスタルフとかいうお婆ちゃんが俺たち全員の顔を、舐めるように見渡した。
測ってやがんな?
俺たちの事を。
リンリンとかいう妖精さんよりも、このお婆ちゃんの方が曲者か。
「間もなくですわい。リンリン大司教、そちらの待機所へ皆さまを案内なさい」
「はーい」
補佐のお婆ちゃんに言いつけられて、上司のリンリンちゃんが俺たちを部屋の奥へ先導してくれる。
どっちか補佐か分かんねえなこりゃ。
そのまま案内された先は大聖堂とも言うべき、荘厳な部屋だった。
なんかこの雰囲気、シソーヌ姫が聖王国でお祈りしてた聖堂と似てるな。
天井が高くて空間がキラキラ瞬いてる。
そんで奥には大理石みたいな材質の石柱が真っ直ぐ立っていた。
唯一ちがうのは石柱の前の床に超デカい魔法陣が描かれてる事くらいか。
俺は部屋の様子を観察しながら、他のみんなと同じように広間の端へ誘導された。
「カブラギさん。気づきました?」
マキマキが小声で話しかけてくる。
俺はその質問の意図を察した。
「ああ……ソウリマンさんは意外とハゲを気にしてる」
じゃないと、リンリンちゃんに対してあんなに早口で反論はしないはずだ。
「そうじゃなくて……あの大転移陣、アタシたちが召喚された魔法陣と光ってる色が同じなんですよ」
そっちか。やっぱりな。
言われて見てみると、大転移陣はボンヤリ薄く虹色に光っていた。
「だよな。俺もそう思ってた」
話を合わせて同意する俺。
多分似た系統の魔法なんだろう。知らんけど。
そのまま案内された先の休憩所で、溜息を吐くマキマキと向かい合わせに座った。
みんなも空いてる席に腰を下ろす。
石でできた長机に、石でできた長イス。
待機所みたいな場所で俺たちは大陸西側の偉い人たちの到着を待った。
ソウリマンさんとリンリンちゃんが口喧嘩してるのを聞きながしながらヒジを突いてアゴをささえてると、シソーヌ姫が急に立ち上がって叫んだ。
「大転移陣が!」
言われて見てみると、虹色の光が徐々におさまっていく。
……省エネ?
「わ! なんだっけこの感じ! この、背中が熱くなるの!」
「《焦り》ですわい」
わちゃわちゃ飛び回るリンリンちゃんと、飄々としてたムルお婆ちゃんが苦々しい顔をした。
みんなも空気が変わったのを察して、腰を浮かせる。
「どうされたのぢゃ?」
「なんかヤバイの?」
アグーと俺が代表して聞くと、ソウリマンさんが低い声を出した。
「……大転移陣が、封鎖されました」
蛇足
大転移陣の管理砦は大陸東部を西部、共に大司教が常駐しています。
現在オウゴン教の大司教が4人しかいない事をふまえると、かなり重要な施設だということです。
ちなみに残りは聖王国のグレッキン・ド・タッカーナ(第一章ではモブ)。
もう一人は魔王ゾルーバの拠点になっていた元シュウ大帝国の帝都でゴラモ大元帥と一緒にいます。




