アスガイアーの②
整然と居並び、小銃を構える鉄仮面の集団。
その後ろから悠々と、そしてニヤニヤと笑いながら、白衣を着た瘦せぎすの男が両手を広げて歩み寄ってくる。
「スバーらしイ、スバらーしいデースね。そのガイアコアぁ? まさに人類の悲願! 夢! アナータ方は歴史に名前が残りマース」
集団に銃口を向けられ、固唾を飲む職員たち。
頬を伝う汗。
代表するように、所長である父が声を上げた。
「……アナタ方は?」
瘦せぎすの男が、大袈裟に額を手でパチンと鳴らす。
「オゥ! ジコショーカイですネ! ワターシとした事ガ! ソーリーソーリー……ジブンは秘密結社ダルダム団のⅮr.ザンコックいいマース」
そう言ってⅮr.ザンコックは慇懃に、ゆったりと頭を下げる。
「ドーでした? ジャパニーズオジギですヨ?」
頭を下げたまま顔を上げ、楽しそうに笑う。
ふざけた態度だが、変わらず向けられた銃口がハルイチ達を硬直させる。
「……目的は?」
父が問うとⅮr.ザンコックが背を仰け反らせ、勢いよく後ろのガイアコアを指さす。
「それヲぉ! クダサーイ!!!!」
「ふざ――」
タタタ!!
反射的に怒鳴ろうとした父の肩を、銃弾が貫く。
バン!!!!
父に気を取られたハルイチが新たな銃声に驚いて集団を見ると、Dr.ザンコックが真顔で構えた銃口から煙が出ている。
その足元へさらに目をやると、鉄仮面の一人が首から血を流して倒れていた。
「……コアに当たったらどぉする」
Ⅾr.ザンコックは低く、呻くような声で囁く。
そこに、片言でお道化ていた先ほどの気配はない。
と、目を見開いて口を大きく開ける。
「死んだヒトに言っても意味ナーイデスねーーーー!!」
背を仰け反り、ケタケタと笑うⅮr.ザンコック。
恐ろしい。
ハルイチは恐ろしかった。
銃を向けられ、父が撃たれ、狂ったように振る舞う目の前の男も。
動かない鉄仮面たち、
仲間が仲間に撃たれて死んでも、微動だにしない鉄仮面たちも。
撃たれた父を案じるよりも、恐怖に支配されていた。
Ⅾr.ザンコックはフッと笑うのを止め、右手を掲げると指を、
パチンと鳴らした。
タタタタタタタタタタタタタタタタ!!!!
複数の小銃が音を奏でると、壁面のガラスが割れて職員たちが血を流し、悲鳴を上げる。
見ると向こう側にも鉄仮面たちが小銃を構えて、職員に銃口を向けている。
「ハーイハーイ、アタマは狙わないでクダサーイ。後でリサイクルしマース」
パンパンと手を叩き、指示を出すⅮr.ザンコック。
父が撃たれた肩を庇いながら一歩踏み出す。
「タチバナ!!」
「ハイ!!」
父に名を呼ばれた、先ほどハルイチたちを案内した職員が走り、壁のボタンを叩いた。
後方の自動トビラが開く。
「ガイアコアを持って走れ!!」
父の叫びにハルイチが戸惑っていると、兄が自分の手を引いてガイアコアを胸に抱え、開いたトビラに走った。
「父さん!!」
ハルイチは手を引かれながら叫ぶ。
「走れ!!!!」
トビラが閉まる。
そして銃声。
「ぬわーーーーっっ!!」
トビラの向こうから、父の叫び声が聞こえた。
現実感がない。
しかし、今の叫びが父の最後の声だろう事は理解できた。
「兄さん!!」
責めるように兄を見ると、その目はただ強く、前を見ていた。
職員のタチバナが先導し通路を走っていると、曲がり角から鉄仮面が2人小銃を構えて現れる。
「持ってろ!」
兄はハルイチにガイアコアを渡すと、ズボンからコインを出して両手の親指で弾く。
コインは小銃の引き金にかけた指を穿ち、鉄仮面たちは小銃を取り落とした。
そのまま鉄仮面たちは、バク宙して繰り出した兄の回し蹴りに沈む。
ハルイチが信じられないモノを見るような目を向ける。
兄は何でもないように小銃を二丁拾った。
「タチバナさん。銃は?」
「大丈夫だ」
返事を聞くと、小銃を一つタチバナにほおり投げる。
ハルイチは声も無かった。
武道に精通しているのは知っていたが、今のコイン飛ばしはそういった類のものではない。
ハルイチが見ていると、兄はそれに気づきバツが悪そうな顔をする。
「向こうは銃社会だからな」
……え?
「行くぞ!!」
促され、タチバナの後ろを慌てて走りだす。
小銃を持った二人を見ながら思う。
(自分にも武器があれば……)
そう考えると、落とさないように胸に抱えたガイアコアが動いた気がした。
(……?)
「ハルイチ! よそ見するな!」
声をかけられ、ハッとする。
小銃を打ち鳴らしながら鉄仮面を蹴散らす兄とタチバナ。
その背中の間から非常出口が見えた。
「待ち伏せがあるかもしれん! 油断するなよ二人とも!」
トビラで止まり、タチバナがドアノブに手をかける。
その後ろで兄が銃を構え、さらに後ろでハルイチがガイアコアを抱きかかえる。
ゆっくりとトビラを押すと……。
コロコロと、何かが足元を転がってきた。
「手榴弾だ!!」
兄に首根っこを掴まれて外に投げ出されるハルイチ。
タチバナが前方に跳ぶ。兄は扉を閉めて頭を抱え、うつ伏せになる。
ドオオォォン!!!!
激しい爆発音に顔を伏せ、頭を上げると。
「ンー……ザンネン。お待ちしておりマーシタよ♪」
Ⅾr.ザンコックがいた。
大勢の鉄仮面と共に。
「ずいぶん足が速いんだな」
兄が軽口を叩きながら小銃を地面に下して、両手を上げる。
それに追随してタチバナも小銃を下ろし、ハルイチはガイアコアを胸に抱え立ち上がる。
「手も早いデースよ」
バン!!!!
兄が倒れる。
ハルイチはそれを見ていた。
Ⅾr.ザンコックが左手に銃を構えている。
タチバナがなにかさけんでいる。
ハルイチはそれをききとれない。
あにがたおれている、
あにのむねからちがながれている、
おとこがわらう、
あにのくちからごぼごぼとちがながれでる、
あにがおれをみる、
くちがうごく、
ハ ル イ チ
あにのめからひかりが……きえる。
ガイアコアが、コアの色が黒から燃え盛るような赤、
真紅に変わる。
「オオオオオオオオオオオオオ」
ガイアコアが輝き、紅い光がハルイチを包む。
「なんだ……? ガイアコアの膜が! ハルイチ君の身体に!!」
タチバナが驚愕の声を上げ終わる前に、滾る復讐の真紅に包まれたスーパーヒーロー、
アスガイアーが誕生した。
 




