アスガイアーの①
ちょっと外伝
エネルギーはなくてはならない。
それがなければ明かりも点かない。
車も走らなければ、キッチンで料理もできない。
できない事、不便極まりない事、数え上げればキリがない。
事、文明社会においてエネルギーは、切り離せぬモノである。
しかし、世界で使用されているエネルギーの大部分はいずれ枯渇することが危惧されている化石燃料だ。
日本政府は自国にエネルギー資源が乏しい事も相まって、新たなエネルギー源を調査・開発する事を目的とした施設、
《ニューエネルギー研究所》を設立していた。
◇◆◇◆
「よお、ハルイチ着いたか」
手を上げて自分を迎えてくれる兄に、ハルイチも同じように応じる。
高校の卒業式を終え、友人たちとの集まりも後回し(もちろん後で合流する事は約束させられた)にして、学生服のまま《ニューエネルギー研究所》に来ていた。
所長である父が昨晩、ハルイチの卒業式を欠席すると電話で伝えてきた。
どうも画期的なエネルギーを発見し、長いこと研究を続けていたのだが、とうとう大詰めに入ったそうで研究所から離れられないのだと。
自分としては父親が来なくとも構わないのだが、しきりに謝る父に一つ条件を出した。
世紀の大発見を自分にも見せてほしい。
単純な好奇心もあるが、父は自分の仕事に誇りを待っている。
いい歳をした息子に未だ尊敬されたいと豪語する子供じみた父の大発見を見学して、自慢げな顔を拝みつつ自責の念を払拭させてやろうと考えたのだ。
エネルギー工学を学ぶべく、アメリカ合衆国に留学している兄と合流すると、研究所の職員に案内される。
「兄さん、向こうでの生活はどう? 彼女出来た?」
「下らん事を聞いてんじゃない。お前こそ大学で遊びにかまけて、勉学をおろそかにするなよ」
「ハイハイ」
兄は堅物だ。
痩せ型で、肩まで伸ばした真ん中分けの髪からは想像しづらいが、
空手・柔道・合気道・剣道、合わせて十段。
文武兼備の秀才である。
日本にいたころはそれはモテたが、女性を寄せ付けず、母親のいない家で父が帰らない日は自分の食事を用意してくれていた。
いつも素っ気ない態度ではあったが、ハルイチはそんな兄から愛情を感じていた。
「本当はまだ公にできない発見ですから、他言は無用にお願いしますよ」
中年の職員に声をかけられ、電子ロックされた大きなガラスのドアを抜ける。
そこからいくつもの自動トビラを通りすぎていった。
最後のトビラに差し掛かったところで、中から白衣を着て口ひげを蓄えた父親が、両手を広げて出てくる。
「おお! 二人とも待ってたぞ!」
上機嫌で出迎える父に、案内してくれた職員が苦言を呈す。
「所長。本当は駄目なんですからね」
「硬い事を言うな。父さんはスゴいと見せつけてやれる、絶好の機会なんだ」
そう言って胸を張る父を見て、ハルイチと兄は顔を見合わせて苦笑いする。
「さあさあ、こっちだ」
促されて研究室に入る。
大きな部屋が広がり、ガラス張りの壁の向こうでは大勢の職員が複雑そうな機械を操作していた。
その中央に台座のような機械がある。
台座の上には野球ボールほどの、真っ黒な球体が置かれていた。
「地球上には様々な自然エネルギーが存在する。風は吹き、水は流れ、大地は熱を持ち、火は燃える。それらが電気を生み出すことは周知の事だが直接エネルギーに変わることはない……だが我々は、これらを結晶化する事に成功した!!」
父は大きく手を広げる。
「世紀の大発明! 地球上に存在する万物をエネルギーとしたガイアエネルギー! それを結晶化したこれこそが! ガイアコアだ!!」
ハルイチは、そこそこ勉強が出来るだけの普通の高校生だ。
もう卒業証書を受け取った後なので正確にはだっただが、父が滅茶苦茶な事を言っている事は理解できた。
万物をエネルギーに変える。
そんな事が出来るならもう石油も天然ガスも必要なくなるではないか。
兄が目を見開いて、父に問いかける。
「この黒いカタマリ自体がエネルギーって事か? 核融合によるエネルギーの放出は起こらないのかい?」
「正確にはガイアコアはガイアエネルギーを溜め込む充電器みたいなモノだ。コアの表面に硬質な膜が張ってあってな、あらゆるものはそれを介すことでガイアエネルギーに変換され結晶化、コアに際限なく蓄積される。蓄積されたガイアエネルギーは完璧な数式変換で調和され、外にエネルギーの放出はされないのだ」
ハルイチはもう、何を言っているのか意味が分からなかった。
それっぽい事を言って、自分の卒業式に来なかったのをごまかされているのではないかとも思った。
しかし、父と同じ道に進もうと海外留学までしている兄は興味深そうに、その黒いカタマリに見入っている。
「すっげえスゴイのは分かったよ。取り合えず友達待たせてるから一旦戻ろうかと思うんだけど……」
ハルイチがそう言って難しい場所から離れようと話を振った時、研究所内にけたたましく警報音が鳴り響く。
何事かと身構えていると、銃の発砲音が連続して聞こえた。
中には悲鳴も混じっている。
「なんだ! なにが起こっている!?」
父が叫ぶと、研究室の自動トビラが開いて頭に鉄仮面を着けた集団が小銃を構えたままドカドカと入ってきた。
状況が理解できずハルイチがうろたえていると、鉄仮面の集団の後ろから金色線が入ったブカブカの白衣を着る、オールバックで片眼鏡をつけた瘦せぎすの男が機嫌よく声を上げた。
「グッドアフタヌ~ン……エヴリワン!!」
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