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第32話 平和は薄氷の上


 声が、


 おどろおどろしい声が、首都ローシスに響いた。


「地上の民よ……」


 戦える者は警戒して、心強き者は身構えて、弱き者は怯えてその声を聞いた。


「遠からんものは音に聞け……近くば寄って目にも見よ。きっひっひ……ここにおわすは魔を率いし偉大なる御方……魔王ザサール・ビブラ・エクセリードなるぞ……」


 蠢き押し寄せる、海嘯の如き死の大軍勢。

 その上空に五メートルはあろうかという巨躯のデーモンが腕を組んで浮き上がった。


「新しき魔王に畏怖せよ。新しき魔王に敬仰けいぎょうせよ。もったいなくも発せられる、魔王のお言葉を伏せて傾聴せよ」


 神兵たちからの超長距離攻撃は止み、死の軍勢も歩みを止めた。

 場を静寂が包む。

 風の音だけが各々の鼓膜を揺らす。



「せいぜい抗え……そして死ね」



 低音の、しかしよく通る声が、ローシス一帯に轟いた。


「以上である。きっひっひ……地上の民よ、そのようにせよ」


 再び動き出した死の大軍勢が、首都ローシスに迫る。



◇◆◇◆



 魔王の宣戦布告が成され、外壁の向こうで戦闘が始まるより数時間前。

 聖王国の姫シソーヌは高座に上がって、民衆の注目を集めていた。


 シソーヌは自分の可愛さにかなりの自信を持っている。

 姫として生まれなければ、踊り子や詩人として大陸中を魅了していただろう。と、常々考えていた。

 高座に上がって歌い踊る自分に皆が注目し、広場には多くの人が集まって憧れの視線を送りつつ、声援を送るのだ。


 今の状況はそれに近かった。

 違うのは、険しい目線と罵声が飛んでいる事。


 ゼギアス大皇国とポロイス大共和国の兵隊たちに責められた事はあったが、あの時は切迫していたしシソーヌ自身も頭に血が上っていた。

 しかし、生来愛されて育った彼女は他人からの敵意に慣れていない。

 動揺を隠しながら、内心涙目で凍った笑顔を張り付けた。

 信頼する近衛のアルマが唇を耳元に寄せてくる。

 

「姫さま、今どんなご気分ですか?」


「さいあく」


「この苦難を乗り切ればまた一つ心が成長致します。試練の時かと」


 熟年の執事アルセーヌの言葉に、試練なんて望んでいないと心中で嘆きつつ現状を改めて思い起こす。




 時計台がある一般区の中央広場には急遽高座が設けられ、大商国議会が都民へ向けて現状の報告を行う事になった。

 壇上に立つのはシソーヌと、後ろに身内であるアルマとアルセーヌ。

 サンリアガ商会の第一補佐ラエルナ・ステビアと、サンリアガ大会頭を抱いた第二補佐のアルトリア・メティラ。

 後はなんか偉そうにふんぞり返ったお猿さんだ。



 シソーヌは拠点としている貸家から出発するカブラギたちを見送った後、首都ローシスで観光を楽しんだ。

 それはもう楽しんだ。

 大皇国で見た以上の規模を誇るカジノ。

 テイムされた魔獣と触れ合える小牧場。

 初めて見る甘菓子の数々。

 特にお気に入りの映像劇場。

 どうせカブラギたちが戻るまで出来る事はないと開き直って、一日中遊んで回った。

 疲れ切って貸家に戻ると、サンリアガ商会で会ったラエルナ・ステビアが一人で門の前に待ち構えていた。

 シソーヌは王女スイッチを入れた。

 

「サンリアガ商会のラエルナ・ステビア様ですね。こんな都市のはしまで足を運ばれるなんて、余程の事態かと推察いたしますが?」


 鷹揚に声をかけてみるが、正直帰ってほしかった。

 お腹はポンポン、身体はクタクタ。

 早く寝たい。

 ラエルナは上品に髪をかき上げ、ハーフエルフ特有の尖った耳を露出させるとにこやかに笑って言った。


「お忙しい所、約束も無しにお訪ねするのは不作法かと思いましたが、火急の用件でしたのでご容赦ください」


 約束無しに訪ねたのはシソーヌも同様だったし、先日に交渉したサンリアガ商会に聖王国内の便宜を図る等の話も決着していない状態だ。

 不作法に意見できる立場では無いのに加えて、不興を買うのも困るのでシソーヌも穏やかに応対する。


「不作法など、とんでもありません。私たちの故郷では友人に対していつでも門戸を開いております。しかし日も落ちて参りましたし、今日の所は普段からお忙しいお身体を休ませてあげてはいかがでしょう?」

 

 要するに帰れという事だ。

 早く寝たい。


「お気遣い痛み入りますわ。ですがご心配には及びません。それよりも早くお耳に入れておきたい事柄がありまして、お時間を少々頂きたく存じます」


 くそ、食い下がるなぁ。とシソーヌは思う。

 早く寝たい。


「それほど大切なお話ならば、時と場を改めたほうが宜しいのではないでしょうか? 見ての通りこちらの屋内はとてもラエルナ・ステビア様のような方をお招きできるような場所ではありません。明日の午前、10時にそちらに伺おうかと提案いたします」


 要するに明日オマエんち行くから今日は帰れという事だ。

 早く寝たい。


「シソーヌ大聖王国姫君」


 ラエルナの言葉に少々驚いた。

 先日は非公式での会談を希望したので、サンリアガ商会もこちらの求めは理解しているはずだ。

 それを敢えて《大聖王国の姫》と呼ぶからには本当に余程の事なんだろう。


「分かりました。では明日の午前9時に伺いましょう」


 でもシソーヌは早く寝たいのだ。

 頭を下げてラエルナ・ステビアを横切り、アルマとアルセーヌを連れだって玄関へ向かう。


「シソーヌ大聖王国姫君!!」


 土下座だ。

 確かシュウ大帝国周辺では相当へりくだった場合に披露する、最上級の頭の下げ方だ。

 美しい赤髪を振り乱して、額を大地に張り付けるハーフエルフ。


「どうか知恵をお貸しくださいませ! 私は死にたくないのです! 今の地位も捨てたくないのです! 幸せになりたいのです!」


 ラエルナ・ステビアは顔をバッと上げると、瞳を濡らして懇願してきた。

 シソーヌは戸惑いつつもヒザを曲げ、先ほどまで優雅に振る舞っていたハーフエルフに対して目線を合わす。


「あのー……どういう事でしょうか?」


「50万を超すスケルトンの大軍が首都に迫っているんです! 大聖王国は数十万のスケルトンを退けたと聞きました! どうやったのかお教えください! お願いします! お願いします!」


 額を打ち付けるハーフエルフの言葉に驚きつつも、どこか諦めのような感情が込み上げて天を仰いだ。


「またこうなるんだ……」



 執拗なラエルナ・ステビアの願いを受けて特別区域の中央会議場へ急遽向かう事になり、大商国の立案権を持つ五大商会の大会頭たちと顔を合わすことになった。

 犬や兎、猿に猫とフカフカの動物の出迎えに多少気分が浮きだった。

 上半身が人型の羊は可愛くなかった。


 さっきまでの無様な態度はなかったかのように、ラエルナ・ステビアがその場の者にシソーヌたち三人を紹介した。

 ああ、ただの見栄っ張りなんだ。と、その時に気が付いた。

 素の姿を他人に見せたくないのだ。

 だから一人で自分たちを呼びに来たのだ。

 シソーヌは話した。

 大聖王国へ《死》のシャマカが侵攻した時の事を。


 魔王軍のスケルトンは死んでも聖魔素が薄い場所ではすぐに復活する。

 スケルトンを操る死霊術師が近くにいるはずで、それを討ち取れば骸たちは霧散するはず。そうでなくても復活はしなくなるし、二段階の弱体化をする。

 死霊術師を見つけるには感知術のエキスパートが必要で、見つかるまでは粘り強く防衛しなければならない。

 その為に全て・・の民が一致団結しなければならない。

 見つかれば戦力を集中した一点突破で死霊術師を打倒する。


 アルセーヌが懐から出した壁掛けの紙に書きこみつつ、ゆっくりと、その場にいる大会頭たちと契約武官たちに伝わりやすいよう注意してシソーヌは説明した。

 その後、対策を練る怒声が小会議場を騒がしくした。

 

 そして現在。

 対策案通り情報統制をして、都民たちが現状を知るのを遅らせた。

 大商国はよそ者が多い為、先に知られればさっさと逃げ出してしまうという予想からだ。

 逃げ場の無くなった今なら皆戦うしかない。

 

 おかげで現状、その事に不満を持った人々に糾弾されている。

 知らなかったでは済まされないぞ!

 という事だ。

 そりゃあそうだとシソーヌも思う。

 自分でも怒る。

 

「静まるキィ! 皆の言い分はよく分かるキィ! しかし! あれほどの大軍勢がたったの五日で首都へ迫るなんて誰が予想出来たキ!? 諸君らもひとかどの商人に冒険者、旅人だキ? この短期間で50万が現れるなんて、普通無理だと分かるキー! 不確かな情報は混乱を生むなんて! 諸君らなら理解できるキー!!」


 拡声用の魔導具マイクを持ったお猿さんの演説に、聴衆はサワサワとささめく。


「そして! 新たな魔王なんてものも現れたキィ! でも大丈夫ウッキ! この場には魔王を打ち倒した勇者ノマリタ様の妹君であり! 大聖王国に迫った100万のスケルトンを退けた大英雄! 大聖王国第一王女シソーヌ・ヒーメ・アークガド殿下がいらっしゃるのだキィイ!! ウッキ!! ウッキ!!」


 拡声用の魔導具マイクを投げ捨て、頭上で両手を打ち鳴らすお猿さん。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


 罵声は歓声に変わった。

 

「姫さま。有象無象が憧れの視線を送りつつ声援を送っておりますよ」


「……ハードルが上がり過ぎて跳び方が分かんない」





補足


《人は石垣、人は城、人は堀》やぞ。逃げろや。ってお思いかもしれませんが、首都に商会や拠点を持っている人たちは他所に行っても食べていけるか分からないんです。

アッキンド大商国のように《楽市楽座》的に関所を設けていない国はそう無くて、他の国では徒弟制度や暖簾分け制度がまだある状況です。組合もあります。新しく商売に割り込むのは至難。

先進的に商売をしている商会もあるにはありますが、大商国なんてところでブイブイ言わせていた人間は優秀な人材って事よりも乗っ取りを警戒されます。身内に商会を相続させたいから。

ゼロからの出発になって路頭に迷うかもしれない事を考えると、首都で魔王軍を撃退したい。

さらに実績のある大聖王国の姫がいる。最強の神兵たちや契約しているS級冒険者、プラチナランクの傭兵団もいる。

いっちょやってみっか!って事です。


それに、都市にはたまたま滞在していた優秀な人たちもたっくさんいます。

その人たちは流石に逃げるでしょうが、逃げられると困るんです。

協力してもらえないと勝率が下がります。だからギリギリまで内緒にしたんです。



シソーヌも知った事かで逃げる選択肢はあったんですけどね。

お人好しなんです。どうせ自分がいなくても戦うんなら、チカラになろうと思ったんです。

家臣は危ねえんだから止めろよ!

アルマはシソーヌの意見を尊重します。

アルセーヌは……なんだかんだ元主のサジーの思惑で動きます。

「この苦難を乗り切ればまた一つ心が成長致します。試練の時かと」は伏線。

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