第28話 スーパーヒーローVSサイキッカー
のしかかる空気の圧力。
通常フォームの今は潰れないように抵抗するのがやっとだ。
風もねえ、日も当たらねえこの場所じゃあガイアエネルギーを蓄積する手段は無い。
戦闘モードに戻るのは難しいな。
じゃあどうする?
考えろ。
とりあえず今は会話で時間を稼ぐか。
「人族じゃなかったんかよ……貴人だなんだってのもウソか?」
震えながらヒザを曲げて問う俺に、本来の姿を晒したエルンが優しく答える。
「それは本当よ。ワタシ達が国の復興を目指してるのも本当。この場所に必要な物を取りに来たのもね……おかげで手に入ったわ」
エルンがマキマキの胸のジュエルジュエリーを撫でた。
「マキマキの、ジュエリールのチカラが目当てか……」
「もちろん迷宮の種子も目的の一つよ」
あの宝石は規格外のエネルギーを溜め込む事ができるし、プリズムモードとかいうチカラを使えば時間を戻してなにがしかを修復する事が出来るって話だ。
くそ。
旦那ならチョーロク……いや、ハンショってのが本当の名前なんだったな。
ハンショの手を振りほどけるはずだろう?
「旦那!!」
旦那は身体をよじるだけでロクに動けない。
「不覚……」
「鎧の中身に魔素妨害を全力で流しておりまする……動けますまい。おっほっほ」
ハンショは旦那とガドニア侯国で付き合いがあった。
旦那の鎧に中身がねえって知ってるんだ。
くそ! カラダが重てぇ!
俺の動きを止めてるのはユウゲンさんの念動力だ。
ユウゲンさんなら、大魔皇国で他人の為に命を賭けたユウゲンさんなら説得できる一縷の望みがあるかも。
「ユウゲンさん! やめてくれ!!」
「彼らに協力すれば不老不死にしてくださるそうなんです。もう念動力を使っても身体を壊すことが無くなるんですよ?」
淡々と、鼻から血を流しながら言うユウゲンさん。
かざした方の逆の手で鼻字を拭う。
「もうこんな血を流す事も無くなる」
「それでいいのかよ! 胸張って生きてけんのか!」
「……健康な人にはわかりませんよ」
……そうか。
心の整理がついてないって、言ってたな。
人の痛みは、本当の意味じゃ分からねえ。
想像しておもんばかることは出来ても、本人が何を思って何を感じたかを完全に転写する事は無理だ。
ユウゲンさんは、俺たちと決別してでも今の自分を変えたいって、考えたって事なんかな……。
ユウゲンさんをどうにかするのは気が引ける。
でも……ぶつかっちまったモンはしょうがねえ。
大人しくやられるワケにゃいかねえもんな!
ただ、ユウゲンさんが俺にまだ伝えてない事がありますって言った。
伝えるべき時にちゃんと伝えるって言った時の、あの目が今は悲しかった。
「大丈夫。キミたちは殺さない予定さ。もちろんマキマキくんも事が済めば解放するつもりだよ」
リュアザの言葉を聞きながら、俺は外からガイアエネルギーを集める事を諦めた。
「人の生き死にを……予定で語るてめえらに信用があると思うかよ……」
怒りを、憎しみを、悲しみをガイアエネルギーに溜める。
「俺は信じてたんだ……アンタらを。子供を助けて、笑うアンタらを」
「……カブラギくん。キミには言っても分からないだろうね……人の生き死にを感情で語るキミには」
リュアザが笑う。
でもその顔はいつもと違った。
どこか、寂しい。
「……まあいい。裏切られるのも、その逆境をはね返すのも、スーパーヒーローの醍醐味ってヤツだ……」
アイシールドの先端が曲がる。
手袋が燃えるように揺らめく。
ガイアスーツが、禍々しく歪む。
胸糞悪さが溜まった。
今なら変われる。
「アスガイアー・憤怒フォームぅう!!」
はらわたが煮えくり返るエネルギーをガイアコアにチャージ。
怒り、憎しみ、悲しみ等々。
負の感情をチカラに変えて、第4の形態へガイアスーツをチェンジした。
さあ! 時間制限付きの緊急ミッションだ!
理性がある内にハッピーエンドまで行くぜ!?
「オォォラアアアア!!!!」
のしかかる圧を! 吹き飛ばす!!
「痛ッ! 抵抗するなら!」
宙に浮いたユウゲンさんが右腕を振り下ろすと、硬質化した空気が叩きつけられた。
俺は踏ん張って両腕でガード。
両足がヒザ下まで埋まる。
その姿勢のままメチャクチャに腕を振り回して空気を千切り、自由になったカラダでジャンプ。
クルクルしながら着地すると、ユウゲンさんに拳骨を進呈するべく床を蹴っ飛ばした。
殴る! 殴る! 殴る!
ワンツーワンツーと振るう俺の拳はユウゲンさんが必死に展開する空気のバリアで防がれた。
でも一撃ごとにユウゲンさんの身体は後ろにガン! ガン! と下がっていく。
このまま自分のバリアと壁のサンドイッチにしちゃる!!
バリアを解いたら顔面が無くなるぜ!?
「ふん!!」
右ストレートと左ストレートの合間。
そのコンマん秒の隙間にユウゲンさんが瞬で手の平を上に向けた。
すると腹が浮いた感覚の後、背中にキッツい衝撃が来る。
その後で地面が急激に目の前に迫ってきた。
あれ?
もしかして天井に叩きつけられてそのまま床に落ちてる?
ヒジとヒザで着陸。
ヒジとヒザを伸ばして離陸。
体勢を整えながらビョーンと再びユウゲンさんへ。
間髪なんて入れませんよ!
「痛みを感じないのか!?」
正解!!
アドレナリンびんびんで痛みなんか感じねえ!
憤怒フォームで負の感情は増幅されて、ガイアエネルギーに変化する。
内臓をムカムカ・イライラ・シクシクさせながら拳を握る。
頭ん中が真っ白になる前に決着させねえと!
アニキの兄ちゃんみたいになっちまう!
「デラスト・ナックルぅ!!」
「うぅらぁ!!」
渾身の一撃。
それをユウゲンさんが一際厚いバリアで防いだ。
「ガハっ!!」
血を吐くユウゲンさん。
バリアが消える。
残念だ。残念だけど、サヨナラだ!
「たあああ!!」
追い打ちかける俺の後ろから大剣が振り下ろされた。
でもガイアセンサーで丸見え。
身体を傾けて背中越しに剣先を見送り、そのまま裏拳でリュアザの横っ面を吹っ飛ばす。
リュアザがバウンドしつつ、大剣を床に刺して身体を起こした。
「ザサール様!!」
「おほっ! これはいけません!」
エルンが悲鳴に似た声を上げる。
ハンショが旦那に添えた方とは逆の手を後方にかざし、黒渦を展開させた。
「ザサール様! お早く!」
逃がすかよ!
「リュアザとかザサールとか! 名前は一個に絞りやがれややこしい!」
救世戦士アスガイアーこと、カブラギキョウジこと、ハイエナ男の俺、憤慨。
バクレツナックルでペチャンコにしてやろうと拳を振り上げた瞬間、横殴りに新幹線の《のぞみ》でも突っ込んできたかと思う程の衝撃が襲ってきた。
そのまま壁に叩きつけられて俺がペチャンコになるところだった。
「やったの!?」
「まだでする! 彼奴はこの程度では! お早く!」
焦ったエルンとハンショの声を聞きながら、壁から抜け出して床に降りる。
そんでユウゲンさんをアイシールド越しに睨んだ。
「……心の整理はついたかよ?」
リュックサックを担ぎ直し、黒渦の転移術へ後ずさりながら俺に視線を返すユウゲンさん。
「つきました。これが答えです」
そして片目を閉じ、一指し指を逆の目に添えて、舌を出した。
アッカンベーだ。
それを見てイラっとするよりも先に、ピンとくるものがあった。
腑に落ちた。
なるほど。
そうか……。
ガイアスーツが通常フォームに戻る。
リュアザ……じゃない。
ザサールが頬を腫らした顔で、黒渦へ潜る瞬間に俺を振り返った。
「……悪いとは思っているよ」
そのまま転移陣へ姿を消し、エルンもマキマキとアグーを抱えたまま続いた。
ユウゲンさんがリュックサックを下ろす。
「カブラギさん達は海崎さんとアグーさんにこちらの頼みを聞いて貰うための人質です。飢え死にしてもらっては困るので食料を置いていきます。……構いませんね?」
「ふむ。まあ……よろしいでしょう」
ユウゲンさんの問いかけにハンショが頷く。
「では、いずれまた。おっほっほ……」
転移術の黒渦が消え、寒々とした銀色の部屋に残ったのは俺とソレガシの旦那。後は倒れたままの自衛官さん五人だ。
「おのれ……おのれぇぇええ!!!!」
身体の自由が戻ったのか、旦那はゆっくりと立ち上がって腕を掲げると、
ゴガン!!
と床をへこませた。
憤怒フォームはハルイチのアニキが回想で変身していたヤツです。
というか《ニューエネルギー研究所》で最初に変化した形態です。
ハンショは第一章の大嶮山関所で見たジュエリールのチカラを正確に理解しています。
「アレを使えば……」と思い、知恵を絞ってここまでこぎ着けました。
あともうひと山場を越せば目的達成。頑張れ。




