第19話 異世界にジャンケンってあるのかな?
「すいません皆さん……」
ユウゲンさんが申し訳なさそうに何度目かの謝罪を口にした。
それを聞くのは俺とマキマキ、アグーとソレガシの旦那だ。
「自分がもうちょっと上手くやれてれば、お手間をかけさせる事も無かったんですけど……」
「だ、大丈夫ですよ。ね、カブラギさん」
アワアワと手を動かすマキマキ。
乗っている定期便の長馬車が止まり、ソレガシの旦那がこちらを気にしつつ先頭で降りる。
「せっかくゴラモ侯爵家の貴印までお借りしたのに……面目ないです」
「まあまあユウゲンさん。そういうの言いっこなしだってば。十分助けられてるしさ」
ユウゲンさんを労いつつ運転主さんにお金を払い、俺たちは待ち合わせの場所までプラプラ徒歩で向かう。
早い話、ユウゲンさんは伝手を頼って有力な商会にアプローチをかけまくったそうなんだけど、首都ローシスにいくつかあったプネウマ結晶はすでに加工されていて、新規の入荷も滞っている状態だったそうだ。
シソーヌ姫たちが到着したくらいにはギリギリ残っていたのに、いざお金が溜まった段階ではもう無かったって話。
ユウゲンさんは「早くに人脈を作って押さえておけば」って昨日から落ち込んでいる。
「この貴印がなけりゃ話も出来なかったんだろ?」
「それはそうなんですけど……」
ユウゲンさんに昨夜返してもらった、くすんだ水色の貴印を日にさらす。
これ、あの有名なオリハルコンで出来てるんだってさ。
……売ったらいくらになるんだろ?
「カブラギさん……なんか良くない事考えてません?」
「……全然」
「声張ってもらえます?」
薄眼で見上げてくるマキマキを大人の余裕でいなしつつ、街門へ到着。
待ち合わせの場所に整列している軍服の人たちへ近づく。
人数は五人か。
「どうも。神兵の方ですよね? 今回お世話になるシソー商会の者です」
俺の挨拶に、真ん中にいた180cmほどの男の人が前に出る。
日本人だ。
そんで多分、声を聞く限り劇場にいた一人だな。
「これはこれは。サンリアガ商会から護衛を依頼されました。あー……神兵の桜井です。これから数日間、宜しくお願いします」
笑顔でそう返して、覗きこむように目を向けてくる桜井サン。
40代くらいかな?
……なんか軍人ぽくない人だ。
覇気が無いというかなんというか。
「覇気が――」
とっさに口を塞がれた!
「こ! こちらこそ宜しくお願いします!」
マキマキだ。
どうしたんだ?
俺の口を塞いでぎこちなく挨拶をする。
「じゃあ自己紹介しましょうか。みんなぁ、ご挨拶しよう。左から、あ、シソー商会さんから見て左ね」
桜井さんが腰に手を回して、後ろの兵隊さん達に呼びかけた。
「と、その前に、……ジャンケンしませんか?」
今度は人差し指をピンと立てて、にっこり顔で俺たちに提案してくる。
……何だってんだ?
「まあ、俺で良ければ……負けたからって何も無いッスよね?」
「……アナタがお相手してくださるんで? 分かりました。当然、勝ち負けに意味なんてありませんよ。親睦を深める為だと思って下さい」
桜井さんが拳を前に出す。
口は笑って、目は笑ってない。
「ではいきます。最初はグー……」
つられて俺もグーを出す。
「じゃん、けん……ぽん!」
俺がチョキ、桜井さんはグー。
「……あっちむいてぇ……ほい!」
空が見える。
首だけ折って前を向くと、桜井さんの指は上を向いていた。
あちゃ~。
「負けちゃった」
バツが悪くてマキマキたちにヘラヘラ笑いかけると、マキマキが手で口を覆っていた。
アグーも毛を逆立てている。
何?
振り返って桜井さんたちの方を見る。
兵隊さん全員が、右の指をピンと伸ばして眉に当てていた。
……敬礼だ。
真っ直ぐに俺たちを見て、起立している。
「陸上自衛隊特務連隊。第3急襲小隊隊長桜井二等陸尉です」
「同所属。菊月三等陸尉です」
「同所属。松田一等陸曹です」
「同所属。竹内二等陸曹です」
「同所属。梅原三等陸曹です」
おじさんの桜井さんに、
黒髪を後ろで束ねた三十代前後の女性、菊月さん。
長身のこれまた三十代前後の男性、松田さん。
体格の良い、肩幅広めな男性、竹内さん。
茶色がかった髪がヘルメットから見えている若い女性、梅原さん。
「あ、あー……カブラギです。日本人で、スーパーヒーローやってます」
「えっと、海崎 真希菜と言います。中学生です」
「その保護者、妖精アグーですぢゃ」
「ソレガシと申す」
俺たちも自己紹介を返すけど、ユウゲンさんでテンポが止まった。
「……なるほど上手いな。あ、自分はユウゲンと申します」
「もしかしてアナタも……」
「この方々に協力しているだけの、しがない商人です」
「そうですか」
納得したように桜井さんが頷くと、ヘルメットを脱いだ。
「では改めて、我々が護衛を務めさせて頂きます。サンリアガ商会に依頼された神兵としてでなく、民生を安定するという基本方針に沿った、自衛官としてですがね」
ヘルメットを抱えて笑う桜井さんに、先日の俺の小細工が上手くいった事に安堵しつつ息を吐いた。
「話すことが多そうっスね」
◇◆◇◆
軽装甲車に牽引された荷台に乗って、交友都市イクラン方面の街道を走っていく。
荷台には俺たち異界人組とユウゲンさん、自衛官で同乗しているのは桜井さんと菊月さんだ。
他の三人は軽装甲車を運転しつつ、周囲を警戒してくれている。
「途中に休憩を二度挟みますが、日暮れ頃にはイクランへ到着するでしょう」
菊月さんがキレイな声で予定を教えてくれる。
「涼子ちゃん。ヘルメット脱いだら?」
「隊長、作戦中です。わきまえて下さい」
「はいはい、では命令です。菊月三尉、ヘルメットを脱ぎたまえ」
大きく溜息を吐いて、菊月さんがヘルメットを取った。
「すみませんね皆さん。道中ずっと肩ひじ張ってたら気を使っちゃいますよね?」
なんか気安い関係なのかな?
声を聞く限り菊月さん、劇場で桜井さんと喋ってた人だと思うし。
「菊月さんって、桜井さんに劇場だと敬語じゃなかったッスよね?」
「……声が聞こえていたんですか?」
軽く目を見開く菊月さんに、耳元のセンサーを指さしながら答える。
「ええまあ。このセンサーで遠くの声を拾えるんです」
「涼子ちゃんは自衛官になる以前からの付き合いで。それにしても本当に特撮ヒーローみたいですね。その変身スーツは脱がないんですか?」
桜井さんが興味深々だ。
「俺スッゴイ毛深いんで、コンプレックスなんスよ。変身してる方が便利な事も多いですしね」
気さくに喋ってくれる桜井さんに、ついつい敬語が崩れてしまう。
それから、代わり映えのしない景色を背に広い街道を時速60キロで進みつつ色々話した。
桜井さんたちは先日の劇場で、俺たちが付けている事に気付いてた事。
集音器をあのサンリアガ商会の護衛に付けていて、会話を聞いていた事。
俺の言った、地球の日本という言葉を聞いて仲間たちに報告した事。
サンリアガ商会から護衛の依頼があった事。
同郷の自分たちが代表して向かう事になった事。
神兵たちが地球の、各国の連合軍である事。
総数は100人を超える事。
大多数は地球への帰還を望んでいる事。
そして、俺が来た平成とは違う。
マキマキが来た令和とも違う。
《健正》という元号の、
100年近く未来から来た事。