第11話 軍隊
交友都市イクランを出発して二日目。
ようやくアッキンド大商国の首都ローシスが見えてきた。
大きなレンガっぽい城壁がグルっと街を囲んでいて、城壁の外にはたくさんの組み立て式テントが広がっている。
「ようやく見えてきたかぁ」
「まだマシな方ぢゃわい。ワイバーン便を利用せねば五日はかかるからの」
「ふむ、戦乱を勝ち抜けた大国にしては地の利があるようには見えぬな。城壁も高いとはいえ、この地は攻めやすく守りにくい」
「資金に勝る戦力は無いという事ぢゃよ。優秀な研究者と技術者、強靭な冒険者に将校、希少なダンジョン産の道具。これらをかき集めた上で現在の繁栄を維持しておるそうぢゃ」
「へぇー、お金持ちなのね」
「娯楽も多いそうぢゃぞい」
「カブラギさん無駄遣いしちゃダメですよ?」
「気をつけまーす」
発着場に着いてお金を払い、係の人に誘導されて城門前の長い列に並ぶ。
多種多様な種族がいるけど人に近い姿の亜人さんが多いな。
背の低いハーフリング族や、モジャモジャのドワーフ族が目に付く。
冒険者ぽい人もいるけど行商人や旅芸人、職人さんがほとんどだ。
列は二列で続いていて、俺らが並んでいない方の左側は少しづつ進んでいくけど右側は全然動かない。イライラする。
大陸で一番栄えてる国って聞いてたけどこの列はしんどいぞ。
「今日中に入れんのかよコレ? 日が暮れちまうぞ」
「途中で列から離れたりできないんですかね?」
俺とマキマキが喋ってると、左の列に並んでいる細身のおじさんに話しかけられた。
「お兄さん方、首都は初めてかねぇ?」
とんがり帽子を被って弦楽器を担いだところを見ると、吟遊詩人とかそんな感じの人だ。
「今入場してはんのは昨日からいる連中だべさ、今日並んだ人間にゃあ日さ暮れる前に整理券が配られるだ。そんで明朝に再整理されるっちゅう流れなんだぁよ」
「ああ。それで城壁の外にテントがたくさんあるんだな。あそこでみんな待ってるって事か」
納得。
たくさんのテントの周りはお店が並んで、ちょっとした市場みたいだ。
「あの係の人が誘導してる人たちは何スか?」
俺が指さす先には上等な服の集団が、揃いの恰好の人たちに誘導されて別の門へ向かっている姿がある。
「あれは優遇措置ば受けた人たちだぁね。そっち側の列さ並んででも信用のある身分ば提示でぎだら金さ払っていち早く入場できんだ」
「へえー。VIP待遇って事ね、遊園地のパスチケットみてぇだ」
信用のある身分かぁ。
貴族とか大商会とか、上級の身分の証拠があればいいんだ。
そうこう喋ってるうちにおじさんの方の列が動き出した。
「色々教えてもらっちまって、ありがとうございました」
「いやいや、並んでる間ば暇だがら」
おじさんの背中を見送った後、アグーがフンスと鼻息を出した。
「概ねテガフール殿が言っておった通りぢゃの。入場には手間がかかると聞いておったわい」
「なぁアグー。B級冒険者はダメかな?」
「冒険者は誰でもなれる社会的信用が少ない職業ぢゃからのぅ……本人の身元がしっかりしておらんとA級でも厳しかろうな」
「そっかぁ……俺待つの苦手なんだよな」
「カブラギ殿よ、気長さも男の度量だぞ? しかと構えて待とうではないか」
俺が羨ましい気持ちで別の門に入る人達を眺めてると、その奥にあるもっと大きな門の辺りが騒がしくなってきた。
5メートルはある重厚な扉がデカい音をたてて、ゆっくりと開いていく。
何が出てくんのかなーってボケっと見てたんだけど、出てきたモノを見て変な声が出た。
「え……え? はぁ!? カブラギさんアレ!」
「うそだろ……」
戦車だ。
キャタピラで走る全長約八メートル、砲身を合わせると十三メートルはあるだろう地球でお馴染みの形をした装甲車両。
「可能性は考えておったが……」
「? どうしたのだ? 確かに珍しい形の魔導車だが」
砂色の同型戦車が三両、速度を合わせて出てきた。
その周りには明らかに地球ファッションの兵隊さん達がオートバイに乗って先行していく。
思わず足を踏み出すけど、アグーが俺の顔に飛び込んで行く手を遮ってきた。
「待て待て待てカブラギ! 要人が間におる中で駆けよればいらん誤解を招く! 先ずは都市への入場ぢゃ!」
マキマキが眉毛を下げて俺と戦車の方を交互に見る。
「ふむ……どうやら其方らが言っておった異界の軍のようだな。確かに今は間が悪い。機を見て動く方が良いだろう」
「まあ……そうだな。安心しろマキマキ。中に入ったら会えるように俺が話つけてやるからさ」
そう言って背中をポンポン叩いてやると、マキマキが眉を上げてパッと笑った。
「はい! 頼りにしてますから!」
「ではみんな冒険者証を出すんぢゃ。VIP待遇は無理ぢゃろうが、提示しておけば組合に照会されて明日の検閲が簡略化されるそうぢゃからの」
アグーに促されて、マキマキと旦那が冒険者証を懐から取り出す。
冒険者証は識別番号の刻まれただけの簡素な銅板だ。
小さな楕円形で、普通は首から下げたりして無くさないようにするそうだけど、俺の場合は必殺技で燃えちゃうと不味いから腰の魔法袋に入れてある。
そうこうしてるうちに係員さんが迫ってきた。
「身分を証明できる物はお持ちでしょうか? 整理券をお渡し致します」
事務的な口調で告げてくる。
アグーがシソー商会の専属護衛の証文を出して、他の二人も冒険者証を係員さんに見せる。
俺も出そうとするけどパッと見つからない。
魔法袋って奥行きが不自然で物を出すのが難しいんだよ。
「あの、ちょっと待ってもらえます? 確かこのへんに……」
ごそごそと袋をまさぐる。やべ、焦ってきた。
「次の方もいらっしゃいますので早くしていただけますと助かりますが……」
「あ、あったあった!」
急いで取り出した拍子に、袋からコロンと水色っぽい物が落ちた。
「何か落とされましたよ……ん? これは!」
係員さんが拾ってくれたけれど、落ちた物を掲げたままフリーズした。
何?
「露草色の貴印! し、しし失礼いたしました!」
深々と頭を下げる係員さん。
状況がわかんないんでコソっとアグーに聞いてみる。
「どったの?」
「カブラギよ、いつの間にあんな物を手に入れたのぢゃ? アレはオリハルコンの貴印。大陸七国の侯爵以上にしか許されぬ物ぢゃぞ?」
えぇ……あ!
ゴラモ候さんに貰ったあのベーゴマか!
けっこう前に聖王国で会議に顔出した事があったんだけど、その時にゴラモ候さんって人に確か青いベーゴマみたいなモン貰ったんだ。
なんでもコレがあれば大概の街には入れるとかナントカ……。
「ゴラモ候さんに貰ったんだよ。ほら、あん時」
「復興会議の時か……意にそぐわず目立ってしまったが、まあ良かろう。金はまだある。VIP待遇で入場させてもらうとしようかの」
アグーが機転を利かせつつ係員さんとアレコレやり取りしてくれる。
VIP待遇はいいけど、中にいるだろうシソーヌ姫たちに迷惑かかんないかな?
しくったなぁ。
「みんなゴメン」
「早期に街へ入れるのだ。願ったりではないか」
「そうですよ。ぞんざいに扱われるより全然いいです」
そうかなぁ……そうだよな。
「やっちまったモンはしょうがねえやな。今後に最善を尽くすように努力する! これ大事!」
マキマキが目を細めて見上げてくる。
「その通りなんですけど……そういうのは自分で言わない方がいいですよ」
「そりゃ失敬」
先ずはシソーヌ姫たちと合流しなきゃ。
この後アグーに通信魔導具でアルセーヌさんと連絡とってもらって、落ち着いたらあの戦車の人たちに話を聞きに行こう。




