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ジュエリールの①



 天才は憂鬱だった。

 

 今日も画期的な発明をした。

 昨日も画期的な発明をした。

 先週も。先月も。その前も画期的な発明をした。


 天才は、憂鬱だった。


「はあ……」


「どうされました? アウグストゥス様」


 薬品の香り。雑多な長机。

 頬杖をついて嘆息する天才に、娘婿がティーカップをコトリと差し出した。

 薄く昇る湯気が刺激臭を和らげる。


「どうされましたぢゃと? ふん。ワシの発明の真価を理解できる者がおらん。それを憂いておるのぢゃ」


 純白の顎ヒゲをもてあそびながら、天才アウグストゥスは尚も息を吐く。


「アウグストゥス様の発明は認められているではありませんか。特に、空間を圧縮して物質を収納する技術はジュエルランド中で活用されております。今や名だたる企業が、アウグストゥス様が成される次の発明の権利を欲しております。」


「ああ、あれは動植物には適用されん欠陥発明。要改善ぢゃな」


「期待しております。そうそう、先週の学会でのプレゼンテーションもお見事でした」


 アウグストゥスはアゴを支えていない方の手を、ひらひらとチカラなく泳がせる。


「今回も誰一人、あの発明の真価を理解せんかったがな。阿呆らしいわい、奴らは表向きな利益しか見えておらん。まあ、本来の目的を伏せて副次たる効果を喧伝したのはワシぢゃが」


「かなり高額な契約をされたとか」


「研究には金がいる。致し方ないことぢゃ……」


 娘婿はアウグストゥスに向かい合い、腰をおろす。

 研究者らしからぬ上品な所作、整った鼻と人を引き付ける目、シワ一つない上品な衣服は彼の育ちを思い起こさせた。

 研究には金だけでなく、後ろ盾も必要だ。

 既得権益との軋轢を排除する為、娘と保安協会会長子息との婚姻は望むところだった。

 彼の目的が娘でなく、アウグストゥスの研究成果だとしてもだ。

 

「発表された研究成果は……ジュエルパワーからのエネルギー出力量を従来の40パーセントから80パーセントへと引き上げる物でしたね。しかしジュエルランドのエネルギーは無尽蔵に抽出できる……。それもアウグストゥス様の発明によってですが。確かに、今更エネルギーの節約ができたところで企業や中枢が興味をもつ物にはなりえないでしょう」


「ぢゃからの、出力効率が上がれば施設の簡略化・小型化が叶うと謳った。そうすれば地方への施設増設に産業の拡大やら雇用の増大やら、中枢の利益は多岐に渡るとな」


「ええ、そうでしたね。真意は?」


「今ある物が、これから先もあるとは限らん」


「貴方が発明した永久機関でも、でしょうか?」


「そうぢゃ」


 娘婿は僅かに頬を緩ませて立ち上がると、アウグストゥスが今日発明した成果のレポートを手に取る。


「今日も一つの研究に区切りがついたようですね」


 アウグストゥスは茶をぐっと飲み干すと、自身の成果を誇らしげに語りだした。


「ジュエルパワー以外のエネルギーは未発見ぢゃ。先ずは無い物を探すよりも、ある物を貯めておくことが先決ぢゃろう? その為にの、ジュエルパワーを蓄えるジュエルを作成するのぢゃ」


「各家庭にあるストックストーンとは違うのですか?」


「大別すると似たような物ぢゃな、原理はまるで違うがの。ジュエルパワーの圧縮、及びエネルギー放出量の90パーセントを実現したものぢゃ。まだ理論だけで実物はまだぢゃが……サイズはこのカップよりもまだ小さいぞい」


 カップを放り投げ、話を続ける。


「ジュエルパワーには大まかに三種類あるのは知っておろう? 赤い色を持つアヴァランテ。翠の色を持つグリゼール。蒼色のブルンシャット。これらを純度100パーセントで完全に振り分け、個別に最適化した装置を作成するのぢゃ。ワシはこれを《ジュエルジュエリ―》と名付けようと考えておる」


「三つの色を完全に分ける? それに意味はあるのですか?」


「あるとも! まだ知られておらんがな、色が偏ると僅かに出力が変わるのぢゃ。アヴァランテが濃ければ空気は上昇し、グリゼールならば空気が回る。ブルンシャットなどは視界の明度が上がるぞい。僅かぢゃがな」


「それが事実ならば新発見で……色を分かつ方法も史上初です」


「しかし、だから何だという話ぢゃ。発見は活用されて初めて発明とよべるのぢゃよ。目先の利益だけでなく、広い視野での活用をな」


「アウグストゥス様。貴方は凄い方だ」


「そうぢゃ。ワシは凄い。凡人共が凄い凄いとはやし立てる以上にの。ぢゃが、残念ながら融資はそう期待できんかものう。まだ圧縮と放出の実験が済んでおらんが、莫大な金がかかる。手持ちでは足らん。今間に合っておるエネルギー研究に投資しようとする者がおるかどうかぢゃ。多少ではない、莫大な投資をしようという酔狂な者がのう……」


 そこまで言うと、チラチラと娘婿に視線を投げる。

 その様子をひとしきり眺めた後、娘婿は観念したように笑って腰に手をやった。


「私の伝手で何とか致しましょう。他でもない、義父の頼みですから」


「お前は分かっておるな」


 二人は笑った。


「付随する研究ぢゃが、今ジュエルパワーの出力を最小化する研究もしておる。これが完全にカタチになれば加齢による体内のエネルギー放出量も減少し、寿命が延びるやもしれん。未確定ぢゃが、この話も支援者説得のエサにして良いぞ」


 娘婿は顔を引きつらせて、二度瞬きをした。


「貴方という方は……分かりました。ただ、本当にそれが叶うなら中枢へ持っていくのは危険です。保安協会の専属下請けとしての立場を約束して、各企業に話を持っていきましょう」


「お前は最高のプロモーターぢゃよ」


「たまには頼って下さいませ」


「頼りにしておるとも」


 再び笑い合いながら、アウグストゥスは思う。

 この娘婿が自分の研究を目的として娘に近づいたとしても、別に良い。

 アウグストゥスは知りたいのだ。

 自分がどれほどの物を生み出し、どれほどの事を為せるのか。

 そのために、家族が利用されようと、不幸になろうと、

 

 別に良い。


 

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