第0話 最終決戦
プロローグ
世界は灰色だった。
比喩ではない。
空が、
雲が、
東京が、
明暗こそあれど、存在する全てに色が無かった。
「ぬわーーっっ!!」
叫び飛ぶ人影が高層ビルに激しく身体を打ち付ける。
奇妙に歪んだ54階建てのそのビルは、グシャリと曲がると、ジェンガのように崩れて人影を隠した。
歪んでいるのは高層ビルだけではない。
景色が、目に映る全てが歪んでいた。
ここは衝撃波を放った主、悪の秘密結社ダルダム団の大首領が作った異空間。
空を覆う程の巨体を膨張させ、幾千もの突起を動かす大首領。
邪悪の権化は海老のような巨体を震わせて、聞くものに怖気を走らすおどろおどろしい声を上げた。
「ゥウケイレロォォ……ウケイレロォアスガイアァ……ホロビィヲォ……コレデェ……オワリダァァ!!」
巨体が仰け反り、かしゃかしゃと動く口から超高速の大火球が放たれる。
崩れたビルが蒸発する刹那、上空に跳ぶ人影。
赤色のボディーとマスク、黒色のベルト。輝く黄金のバックルに白銀のグローブとブーツ。
彼は救世戦士アスガイアー。
世界を救う為に、戦い続けてきたスーパーヒーローだ。
破れたマントをなびかせて空中でピタリと止まると、禍々しい突起がいくつも飛び出した邪悪の権化に向き直った。
「そうだなぁ大首領! おわりだ! ダルダム団の野望も! 俺たちの戦いも何もかも!!」
救世戦士アスガイアーこと、日本人カブラギは拳を突き上げる。
楽な道のりではなかった。
己の選択を呪い、泣き、だが顔を上げて、運命と戦った。
支えられた。
助けた。
助けられた。
今までの死闘、別れ、悲しみ、誓い……。
その全て、何もかも全てに想いを馳せる。
アニキ、今行くよ…。
マチ子、約束守れそうにねえや。
みんなを……頼んだぜ。
「うぅおおぉぉおおぉ!!!!」
アスガイアーの身体が金色に輝く。
「ゼンシン! ゼン!! レイ!!」
輝きが右の拳に収束する。
大気が……震える。
ドン!!!!!!
空を蹴り、拳を突き出したまま音よりも速く大首領へ。
地球を、人類を、未来を、仲間を、大切な人を守るために。
全てを出し切り、命を燃やすことでしか使えない最強最後の最終必殺。
「ガチ! デラストぉ!! ナックルぅぅううあああ!!!!」
「チョウ! カッチンコバリアァァァアア!!!!」
大首領が前面に水晶のような障壁を繰り出す。
地球上に存在する、なにものよりも固い最硬の壁。
だが止まらない。
アスガイアーは止まらない。
バリアの壁を砕き、
それ以上の硬度を誇る大首領の甲羅を砕き、
その命の核を砕いた。
「キュョヤャヤャヤャヤャアァアァアァァァ!!!!」
甲高い断末魔が響いて、さらさらと大首領が崩れていく。
大地を削り着地するアスガイアー。
万感の想いを胸に、大首領が完全にカタチを無くすのを見守る。
世界は救われた。
やった、
やった、
やりきった。
おやっさんの、子供たちの、マチ子の未来を守った。
俺が! 俺なんかが!
込み上げる昂ぶりの中ふと空を見上げると、薄い氷が割れるようにヒビが入っている。
来るべき時が来たのだ。
大首領を滅ぼすことで、この異空間が消滅する事は理解していた。
その場に存在する全てを飲み込んで。
だから、心置きなく命を代償にできた。
剥がれていく景色を眺めながら、思い起こす。
――待ってる人間がいるんだ。必ず生きて帰るんだよ。
最愛の女性との遂げられない約束を想いながら、割れた地面から世界の断片と共に奈落へ落ちていく。
(死にたく、ねえな……)
覚悟が解け、生への執着が首をもたげてくる。
しかし暗黒に呑まれ、自由を失った身体ではどうする事もできない。
何も無い、果てしない深淵。
それはアスガイアーの、日本人カブラギの全てを覆い隠した。
意識を無くし、ただ漂うスーパーヒーロー。
やがて、闇の彼方に一筋の光が灯った。
先ずはぜひ読み進めてくださいませ。