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作者: けんたろう
掲載日:2018/05/02

「僕は何者にもなれなかったし何処にも行けなかったんだ結局」「現実から逃げてるだけじゃないかい?努力はしたのかい?」「そんなことしたって無駄なんだよ」「怖いんだね?傷つくのが」「もうよしてくれ。疲れたんだ。自分と向き合うのも他人に巻き込まれるのも」「そうやって流れに身を任して生きていくんだね?」「あぁ。大して面白くもない退屈に満ちた世界だ」「しかし君が選んだ世界だ」「そう。僕が選んだ…」


目が覚める。例によって大量の汗をかいている。「ここは…そうか。まだ」体を起こしカーテンを開ける。が、明るくもなく暗くもない。この”セカイ”には朝昼夜という概念がどうやら無いらしい。ここに来てどのくらい月日が流れたのか。一週間か?一カ月?まさか一年は経っていないだろうが、自信はない。なぜ僕はここにいるのだろう?どうやってここに来た?誰かに連れて来られたのかあるいは僕が自ら望んで来たのか、何も覚えていない。ここは何処だ?僕は本当は誰なんだろう?僕は…「ピンポーン」とベルが鳴った。ドアを開けると女性が立っている「調子はどうかしら?…あまり良くは無さそうね。じゃあ今日は軽くお話しましょう」その女性は僕がこの”セカイ”に来て初めて会った人間だった。


「貴方の世話係を担当する者です」突然目の前に女性が現れた。年齢は…20代後半から30代前半といったところだろうか?美人という程でもないが優しそうでやわらかい印象を受けた。「ここは…何処ですか?」僕が来てから、そして今もずっと考えている。ここは何処だ?「難しい質問ね。名前は無いの」「名前が…無い」「そう。因みに私にも無いわ」「私にも…無い?名前が?」「そう。ここではそんなもの無くても困らないのよ」「でも、それじゃあ何かと不便じゃないですか。僕にだって名前くらいありますよ」「あら貴方なんていうの?」「………」名前が出てこない。「僕は…誰だ?」それはここに来る前から考えていてやはり今も考える。僕は誰だ?「ね?そんなものいらないのよ」「僕は名前がほしい」「そこまで言うなら私達だけの”仮”の名前をつけましょうか。貴方なんて呼ばれたい?」「………ねじまき鳥」「まぁ良いセンスね」と言って彼女は初めて笑った。「じゃあ私のことは直子って呼んでちょうだい」と言われ僕もこの”セカイ”に来て初めて笑った。


「直子さんありがとう。また不思議な夢を見た」「言わなくてもその汗を見ればわかるわよ。また例の夢?」「はい。いろんな自分が僕に話しかけてくるんです。3人のときもあれば10人のときもある。この前なんて31人いた。だんだん本当の自分がわからなくなって」「本当の自分なんて考えてはダメ。皆んないろんな自分を持って生きているのよ?家族に見せる自分、友達に見せる自分、恋人に見せる自分、同僚に見せる自分。全部一緒な人なんていないの。本当の自分を見つけようと悩むことは不毛なことなのよ」「そうか…そんな考え方はしたことなかったかもしれない。直子さんと話すと少し楽になるありがとう」「可哀想な鳥くん」と言って僕の手に手を重ねてくれる。ねじまき鳥が長くて言いにくかったのかいつから直子は僕のことを鳥くんと呼び始めた。「そういえば鳥くんには恋人はいたことあるの?」


僕は過去に7人の女性と交際経験がある。しかし結局彼女達の方から皆んな離れていった。今思えば自分勝手なエゴを押し付けただけの、恋愛とはとても言い難いものだった。僕が一方的に傷つけた。「そんなふうに思っちゃダメよ」直子さんはたまに僕の心を読む。それは彼女の力なのか、あるいはこの前”セカイ”がそうさせるのか。「僕には他人に与えてあげられるものが何もないんです」「そんなことないわ」「僕は人間的な愛情が欠如してるんだ」「そんなふうに考えてはダメ。彼女達も一時は貴方と交際したということは貴方の中の何かが彼女達の求めていたものと共鳴したからよ。貴方が必要だったのよ」そうだろうか?でも不思議と直子さんに言われるとそうかもしれないと思えた。「鳥くんはホントは優しいだけなのよ」といって直子さんはハグをしてくれた。何故だろう直子さんにそうされるといつも涙が出た。おんおんと声を出して泣いた。それはずっと枯れていたはずの涙だった。無性の愛。望んだって仕方ないのに望まずにはいられないもの。この人はそれをいとも容易く他人に与えてあげられる。しかし、では誰が直子さんに愛を与えるのだろう?直子さんが前に言った言葉が突き刺さる「人ってね不思議なもので自分の為に生きているとどんどん不幸になるの。求めるより与えなさい。誰かの為に生きれるようになったとき景色は一気に変わるわよ」


泣き疲れて眠ってしまったみたいだ。ここは…夢の”セカイ”だろうか?真っ暗で何も見えない。誰かいる気がする。誰だろう?ぼ…くか?子供の頃の僕だ。学校ではたくさんの友達に囲まれ、家に帰れば大好きな両親が待ってくれている。そんな幸せを絵に描いたような時代も僕にはあったのだ。今は何も残っていない、あるいは自ら捨てた。「それは怖かったからだ」「やめてくれ」「君はいつからか自分の中に悪魔が眠っていることに気付いたんだ」「やめてくれ」「だからそれを皆んなに気付かれる前に」「やめてくれーーー!!!」


「…くん!……りくん!………鳥くん!!」はっと目が覚めた「良かった。鳥くんずっと魘されてたわよ。大丈夫?」「…はい、なんとか」一頻り汗を拭いたあと僕は勇気を出して言った「直子さん僕外に出てみたいと思うんだ」直子さんはビックリした顔で僕を見ていた。この”セカイ”に来てから僕は一回も外に出ていない。外に何があるのか考えようとしなかった。いや、ある可能性がよぎったとき怖くてそのことを考えるのをやめてしまったのだ。「外に出るのは今の鳥くんには危険だと思うの」「わかってます。でもいつかは出なきゃいけないんですよね?」直子さんは複雑な顔をしていた。「どうしてもというなら止めないけど私はついて行けないの。それがこの”セカイ”のルールなの」その言葉は僕を躊躇させたが考えを曲げる気は無かった「頑張ってみます」


どれくらい歩いただろう?外に出たらビックリした。ただただ漆黒が続いているだけなのだ。それでも僕は歩き始めた。そうせざるを得なかった。「僕は何処に向かっているんだろう?」これまで何度となく自問してきた問題だ。僕は何処に向かっているんだろう?やがて大きな屋敷が見えた。古い洋館みたいだ。僕は迷わずに門に手を伸ばした。鍵が開いてない可能性は不思議と考えなかった。門を開け、やはり当たり前のようにドアに手を伸ばした。僕がくるのを待っていたようにドアは開いた。中に入ると大きな広場に部屋が3つ、そして二階へ上がる階段があった。試しに一番手前の部屋のドアを開けた。物置になっているのだろうかガラクタが所狭しと置いてある。その中に見覚えがある玩具を見つける。昔親に買ってもらったロボットの超合金だ。どうしてもほしくて泣いておねだりしてようやく買ってもらった玩具だったのに3カ月もすれば飽きて違う玩具をねだっていた。その行為になんの罪も感じ無かったし実際のところそんなものなのだ。その玩具の顔が次第に付き合ってきた7人の女性に次々に変わっていった。僕は怖くなって玩具を放り投げ部屋から出た。ここは危険だ。早く帰りたい。しかし足は言うことを聞かずに二階への階段を目指し始める。駄目だ!そこには行ってはいけない!危険すぎる!僕の頭とは裏腹に足はどんどん階段を登っていきとうとう二階の部屋のドアの前に辿りついた。ドア越しにもわかる”その部屋は悪意に満ち溢れている”それでもドアを開けずにはいられない。ええい!ここまで来たのだ!最後まで見てやろうじゃないか。ゆっくりと開くドア。部屋を見渡すとそこには大きな椅子に座っている”顔の無い男”がいた。


「思ったより早かったじゃないか」「ハァハァ」何故か息切れが止まらない「私が誰だか察しはついていると思うが」「ハァハァ」怖い。これから僕がコイツにしなければいけないことを考えると怖くて仕方ない。でもしなければならない。もう何処にも行けない人生とおさらばしたいなら、しなければいけない。顔の無い男は無言で立ち上がった「さぁ、ここに剣がある。ぼちぼち始めよう」そう。コイツを倒さなければ、あるいはコイツを越えなければ僕に未来は無い。「ハァハァ、ハァハァ、ウワァーー!!」がむしゃらに剣を振り回す。顔の無い男はそれを巧みにかわし剣を突き刺してきた「クッ!!?」僕の左手に激痛が走る。それは味わったことの無い痛みだった。流れでる血と共に僕の中の”何か”もすり減っていくような感じがした。「ここで私に負ければお前は永遠にこの”セカイ”で彷徨い続けることになる。しかし、それは本当に不幸なことなのだろうか?」顔の無い男は甘い言葉を囁き始める。しかし、それを聞いてはならない。僕は決めたのだ。その決意が僕を強くさせる。さっきより格段早く突いた剣が顔の無い男の足に刺さる!「クッ!」今度はコイツが顔を歪める番だ。「お前はお前が望んでこの”セカイ”に来た。矛盾していないか?」「堕ちてみないと気付かないこともある!」すかさず剣を振り上げる!顔の無い男の腹を切り裂いた「グッ…どうせお前はまた同じことを繰り返す」「そうかもしれない。でも繰り返してたどり着いた世界は同じ世界とは限らないんだ。それはもしかしたら0.1ミリしか違わないかもしれない、あるいはもっと小さいかもしれない、でも確実に前進した世界なんだ!それを繰り返しながら少しずつ僕は前に進む!お前という悪魔が住みついていることも受け入れて!!!」最後の一筋は確実に顔の無い男にとどめをさした。「せいぜい私に乗っ取られないようにするんだな…」顔の無い男は最後に不気味な一言を残して消えていった。無性に直子さんに会いたくなったが考えるのをやめた。そんな僕の弱さにアイツは付け込んだのだ。”セカイ”が徐々に形を失っていく。僕は最後に直子の笑顔を見た気がした。


朝がきた。実に気持ちの良い朝だった。太陽は僕を祝福していた。鳥達の鳴き声がファンファーレのように聞こえた。世界がこんなふうに見えたのは久しぶりだ。自然と笑みがこぼれる。不意に涙が流れた。なんの為の涙なのかその時は気付けなかった。久しぶりに見る、あるいは大人になって始めての明日が見える日だった。

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