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アランとアザトフォート


 ロレーヌに手をひかれ、王宮の廊下を走っていくアラン。

 二人を見た使用人たちが驚いた顔をして端へとよけていく。


「ふふふ、準備をしていたかいがあったわ。めっちゃくちゃにしてやるんだから、ふふん」

「あ、あの、なにをなさるおつもりで」

「騒ぎを起こして、その隙に城を出るのよ」


 いたずら好きの少年のような表情で、ロレーヌが答える。

 これは、近頃の顔ではない。まだ幼いころ、大人たちを困らせていたときのロレーヌだ。それが戻ってきたかのようである。


 当時からして、相当やっかいであったのに、いまのロレーヌが笑顔でいう騒ぎとは、どれほどのことか。想像するだけで頭が痛くなる。

 しかし、わくわくしている自分もいた。いったいなにが起こるのだろう。


「あ」

「どうしたの、アラン」

「すみません。父が投げてしまった魔剣をとりにいきたいのです」


 窓硝子をつきぬけて飛んでいってしまったアザトフォート。

 玉座の間から考えれば、中庭のどこかにあるはずだ。


「そうね、じゃあアランはとりにいってきて。わたしはわたしで色々準備があるから。中庭で待っててね」

「はい」


 ロレーヌと別れ、アランは走る。

 廊下を走り、階段を下り、しばらくして、到着。

 季節の花々が咲き誇る、美しい中庭だ。


 しかし、それを楽しむ時間はない。

 まずは玉座の間の位置を確認する。割れた硝子を見つけた。

 そこからまっすぐ飛んでいったはずなので、直線を辿ればすぐだろう。


 見つけた。

 それは花々をへし折り、深々と地面に刺さっている。

 想像以上に遠くまで飛んでしまっていたらしい。父の腕力はいったいどうなっているのか。


 アランは柄を握り、思いきり力を入れる。

 それはある意味で失敗だ。鞘ごと刺さっている魔剣は、なんの抵抗もなく刀身を現す。アランは引っくり返った。


「う」


 アランは地面に寝っころがったまま、刀身を見つめた。

 色々な意味で、助けられた。やかましくて、頼りになる剣。


 しかし、そのやかましい魔剣は、アランが森で目を覚ましてから、ただの一度として口を開くことはなかった。

 いまも、沈黙を続けている。


 うるさいと思っていたし、少しは静かにしろとも思っていた。

 だが、いざこうやって喋らなくなったら、寂しく感じる。


 魔剣アザトフォート。

 別名、白痴の剣。


 いまならわかる。

 アザトフォートは人の心を狂わすのではない。

 ただ、抑えつけていた心の、奥底にあるなにかを解放してきたのだ。


 たしかに狂ったように見えるのかもしれない。

 いままでずっと従順だった自分が、こんなとんでもないことをしでかしているのだから。


 おそらく、はるか昔から今日というこの日まで、アザトフォートはこうやって過ごしてきたのだ。

 だから恐れられて、封じられた。


 アランの中にあるのは、晴れやかな気持ちだ。

 アザトフォートと出会わなかったら、けしてこうはならなかった。


 だからこそ、せめてもう一度だけ、言葉を交したかった。

 ありがとうといいたかった。


 しかし、魔剣はなにもいわない。

 役目を終えたということなのか。

 アランにはもう、魔剣を扱う資格がないのだろうか。


 アランは魔剣の言葉を思い出す。

 俺がいる、大丈夫だ、俺だけはずっとアランの味方だ。

 不安に思う自分を、大げさなくらい、慰めたアザトフォート。


「うそつき」


 アランはくちびるを尖らせる。

 なにが、ずっと一緒にいてやるだ。こちらが心を開いた瞬間、黙ってしまったじゃないか。

 これではたちの悪い詐欺だ。自分の気持ちにどう折り合いをつければいいのか。


 子どもじみたわがままであるという自覚はあるが、アランは自分の心に素直になる。

 ひどいやつだ。男がどうかはわからないが、悪い男にひっかかるというのはたぶんこういうことなんだろう。ただただもどかしい。


 アランは鍔元の宝玉をじっと見つめた。

 やはり、光ることはない。

 と思った瞬間。


『くく、くくく。本当にかわいいやつだ』

「あ」


 宝玉は淡く光り、頭の中に声が聞こえる。

 アザトフォート、アザトフォート。

 アランは何度も呼びかける。


『全部わかったのなら、大人しく俺を捨てればいいものを。あゞ、アラン、お前の考えていたとおりだ。俺はずっと、遠い昔から、今日というこの日まで、そうやって過ごしてきたのだ。人に使われ、心を覗き、奥底にあるものを教えてやったのさ。本当に人というものはおもしろく、誰一人として同じ者はいない。そのせいで俺は白痴者あつかいさ。ああ、なんて俺はかわいそうなんだ』


 アランは魔剣を抱き締める。

 このやかましい声がとても聞きたかった。

 嬉しくて、嬉しくて、アランは大粒の涙をぽろぽろと流す。


『まったく、美しく舞台を整えてやったものを、なんたるざまだ。本当の気持ちを知ったお前は、それを教えてくれた俺との別れを少し悲しく思いながら、旅に出る。普通はそういう筋書だろう。別れ際の美学というものをまるで理解していないな。あゞ、愚か者め。お前は幼子か、涙まで流して』


 うるさい、うるさい。

 ぐしゃぐしゃになりながらも、アランは魔剣を離さない。


『本来ならば、役目を終えたということで、これ以上かかわることはないんだが、まあいい。アランは殻のくっついたひよこみたいなものだからな。もう少しだけ付き合ってやらんこともない。アランは俺がいないとだめなようだからな。くく、くくく』


 ああそうだ。手放すものか。

 死ぬまでこき使ってやるんだ。


『おゞ、それは怖い怖い』


 アランは袖で涙をぬぐい、立ち上がる。

 地面に刺さった鞘を掴み、引き抜いていく。

 土で汚れてしまったそれを、手で叩き落として背中にくくる。

 刀身は鞘に収まった。


 気持ちが落ち着いたころ、異変に気がつく。

 城のあちこちから、白い煙が立ち上っているのだ。

 火事、なのだろうか。


『あのお姫さま、ずいぶんと手の混んだことを』


 そうだ、ロレーヌがいっていた。騒ぎを起こして、その隙に城を出ると。

 しかし火事とは穏かではない。まずいのではないだろうか。


「アラン、アラン!」


 中庭を走ってこちらにくるのはロレーヌ。

 背中と両手には、大荷物を抱えている。


「ロレーヌさま」

「はい、これ」


 ずしりと重い荷物を受け取る。


「旅の荷物よ。馬も用意してあるわ」

「ええと、短時間で、そこまで用意してたのですか」

「違うの。もともと用意してあったの」


 ロレーヌはにこりと笑った。


「いつか出てやろう、出てやろうとは思っていたけど、まあ、なかなか実行に移せなくてね。でも、アランのおかげで決心がついたの」

「それは、その、すみません」

「いいのいいの。アランのせいじゃないわ。さ、いきましょ」


 アランの手をとって、ロレーヌは走り出す。

 城を抜け出すのだ。






 城から王都の外まで続く道はまっすぐである。

 その一本道の街道を、すさまじい速さで駆ける一騎。馬に乗るのはふたりの娘であった。


 手綱を握るのはロレーヌであり、街道を歩く人々を蹴散らさんが勢いだ。荷を運んでいた馬車が倒れ、積荷の林檎をいくつもこぼし、通行人は飛び上がるように避ける。


 まずは街道を暴走する騎馬に驚き、次はその騎手に目を見ひらく、そして最後には騎手の後ろでしとやかに座るアランを見納めた。


 事情がさっぱり飲み込めない人々は、しばらくしたのち、王城から立ち上る煙を確認して、ロレーヌとアランがなにかをしでかしたということをぼんやりとなっとくするのである。


 激しく揺れる騎馬の上で、アランはロレーヌにそっとささやいた。感謝をこめたその言葉はロレーヌには届かず、聞きかえされる。アランは別のことを語りかけた。


「そういえば、火をつけたのでしょうか」

「え、ああ違うわ。火事に見えるように、たくさん煙を出す仕掛けなのよ。いまなら城のことで頭がいっぱいになるだろうから、追手もこないでしょう。いまのうちになるべく遠くまでいかなきゃね」


 アランはひとまず安心する。

 いくら脱出するためとはいえ、火事はいけない。

 ロレーヌはきちんとそこのところを考えていたのだ。


「それにしても、よかったのでしょうか。ロレーヌさまの身分を考えると、大変問題があると思うのですが」

「いいのいいの、あははは」


 巧みに手綱を操りつつ、ロレーヌは軽快に答えた。


「詩歌に礼儀作法に舞踏会に会食に、やらされることばかり。王宮は窮屈で死んでしまいそう。わたしはお父さまの道具じゃないのに」


 ロレーヌが華やかな世界を好んでないことは、なんとなく感じていたが、アランはこれほどまでとは思ってもいなかった。事実として、驚くほど慣れた馬の扱いである。

 王に隠れて馬に乗っていたのだ。社交界で披露される艶やかな乗馬の見世物ではない、戦で使われるような馬術だ。


「でも、がまんしていたの。王の子として産まれたのだから、仕方がないって。でもね」


 アランはじっと、次の言葉を待った。


「アランをあんな風にいうもんだから、耐えられなかった」


 先程の父とのやり取りを思い出し、そしてロレーヌの行動が浮かび上がる。ロレーヌの言葉は、自分の決意を肯定するものだった。


 が、しかし、うれしさとは別に、申し訳ないとも考えてしまう。自分の行動が、ロレーヌを悪い道に引き込んでしまったのではないのか、というものだ。


「すみません」

「だから、いいの。気にしないで。というよりいいきっかけだった。お父さまも、ガルザスさまも、これで少しは頭が冷えるでしょう。いい気味」


 アランの中で積み上げられてきた、ロレーヌの偶像が、崩れ去っていくような感覚である。奔放にしてもほどがある。こんなにも意思の強く、はっきりとしたお方だったのか、とアランは思う。


 しかし、心地のよいまっすぐさである。少なくとも偽りはない。

 気持ちを抑えつけていたのは、自分だけではなかった。そして一緒になってくれている。感謝以外の念があろうか。


「門が見える。このまま強引に行きましょう」


 城下町と外を区切るための門の前に、長槍をかがげた数人の兵士が立っていた。騎馬の行進を止めるように、槍を交差させている。


 しかし、ロレーヌが速度を落とさない様子を見ると、あわてた様子になる。

 ついに兵士たちは門から離れ、馬は堂々と正面から外に出た。


『すさまじい騒ぎだ。ははは、これはおもしろい』


 門の前にある、通行の許可を求めるための役所。そのまわりにいた人々も大変慌ててしまっていた。

 兵士、商人、村人、その多くが、なにがなにやらわからずに混乱してしまっている。


 道を走り、丘を駆け抜け、追手がこないことを確認すると、ようやく馬の速度が落ちた。

 王都がもう、あんな遠いところまでいってしまった。


 風が吹き、草原が波打っている。

 その草原をぼんやりと見つめ、アランは父の言葉を思い出した。


 草原は海と似ている。風が吹けば波打ち、豊かな香りを漂わせる。

 巨大な水溜り、といわれてもうまく想像できない。塩辛い水がいっぱいだというのは本当だろうか。


「ロレーヌさま」

「なあに」

「海にいきたいです」


 絵物語の、あるいは人々のうわさの、想像の海を頭にうかべながら、アランはいった。


「あ、わたしも見てみたい。じゃあ、海を目指しましょう」


 ただのアランになる。これからはそう生きていく。

 漠然としたものではあるが、ありのままの自分にはなれたと思う。

 急ぐこともない。少しづつ、自分の目で世界を見ていこうと、アランは思った。


とりあえず、完結ということで。

いくらか続きは考えてないこともないんですけど毎日更新つかれた。ひぃひぃ。

ありがとうございました。

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