第九章
ライファがゆっくりと頭を上げると、カーテンの向こう側に影が映る。
「フロー…?」
弱々しく呟いたライファはそっと窓に向かう。
カーテンに手を当てると、ふわりと全体が揺れる。
「姫様、どうかしたのですか!?」
「フロー…」
再び彼の名を呼ぶと、今度は額をカーテンに押し付けた。
「姫様……」
「敬語…」
「え…?」
フローは驚いたような声を上げた。
それを聞いたライファは、もう一度呟く。
「敬語…やめて…」
ぎゅっとカーテンを握り締める。
今にも流れそうな涙を必死に堪える。
すると、ガラスがこん、と叩かれた。
「どうした?」
「あ…」
ライファは、言葉に詰まった。
何を言ってよいか分からない。
「大丈夫か?何があった?」
優しい声だ。
労るような、なだめるような。
「フローは私とリオ、どっちが大切…?」
「え?」
「フローは義務で私を守ってくれるの?心配するの?」
「…違う。俺は姫様が大事なんだ」
重い声が響く。
それは本当なのか。
分からない。分からないが。
「私は『ライファ』じゃないわ」
鋭い言葉で確認を促す。
すると、フローは含み笑いのようなものを返してきた。
「姫様は姫様だ。他の何者でもない。そうだろう?」
そうして、思い出した。
そうだったはずだ。ここに来てから、ずっと。
自分は自分だと。
そうでもしないと『自分』が消えてしまいそいうで、恐かった。
「この世界は、いずれ破滅する。名前に違いが出るためだ。自分が誰だか分からなくなって、そして壊れる。もう症状が出ている人もいる。早くしないと、大きな反乱が起きてしまう」
まさに、今のライファの状況。
「自分の居た場所に帰りたいだろう?」
ぴくりと、肩が揺れる。
そっとカーテンを、開ける。
安心したようなフローの表情。
更に鍵を開け、風を受けたライファは光りの無い瞳で彼を見つめる。
「どうして…………」
風に流れる、彼の青い髪を手で一筋すくう。
「フローは私と同じ場所から来たのよね…?」
頷き、肯定するフローにライファは穏やかに、しかし決定的な言葉を投げる。
白刃の煌めきを、持った言葉。
「だったらどうしてあなたの髪は青いの?瞳は…。あなたは、私と同じじゃないわ」
フローの瞳が、凍り付く。
一瞬の事だった。
更に強く吹いた風が、ライファの手から髪を奪い去る。
「あなたは嘘を、ついている」