第八章
「嘘!」
思わす叫んだライファは、あわてて自分の口を塞いだ。
レイも驚いて目を丸くしている。
駄目だ。
何が?
「ひ、姫様…!?」
慌てたようにレイはライファに近づく。
気づけば、頬に冷たい何かが伝う。
「え……?」
己の指で冷たいものに触れ、初めて気づいた。
泣いている、と。
「姫様……」
途中まで来たレイが止まる。
先ほどの驚きや慌てた様子からうってかわり、彼女の目に映るのは恐怖。そして軽蔑の視線。
ライファ自身も分かってしまった。
「れ…い…」
一瞬、後ろから押されたようになった。
ぐらりと、体が傾く。
頭が痛い。
「姫様っ!」
レイの叫び声が、妙に遠く感じる。
「姉さまが!?」
レイの言葉に耳を疑ったリオは思わず転びそうになった。
度々ライファが倒れる騒動はあったが、今回は尋常ではない。
ライファが部屋の鍵をかけて、外に出てこなくなったと言うことだった。
なんと丸一日何も食べていないとのことだった。
「父様は何て?」
「放っておけと…でも、このままでは……」
「分かったわ。私が説得してみる」
リオがライファの部屋に向かう途中、フローと合流した。
「姫様の所に行く途中ですか?」
「ええ。フローもでしょ?」
「はい。王様から説得して欲しいとのお言葉でしたので」
結局心配しているのかとひとりごちたリオだったが、ライファの部屋の前まで来て悠長な考えは一気に吹っ飛んだ。
扉の前には数人の侍女、そして兵士。
「ライファ様は?」
一人の兵士に尋ねたフローは、よりいっそう重く見える扉を見上げた。
「駄目です。全くお返事もございません。このままでは……」
「分かった。リオ様、許可を頂きたい」
「何のでしょう?」
「バルコニーからの強行突破を」
そこに居た全員が息をのんだ。
だが、フローにとっては慣れた事である。
しかし、こんな公衆の前でしてしまえば処刑になりかねない。
だから妹君のリオに許可を請う。
「許します。王家の名にかけて」
「有り難うございます」
フローはそう言うと、階段に向かった。
ライファはベッドの上に横たわっていた。
動く気もしない。
疲れと、劣等感。
一体何に?
「ばっかみたい……」
長い黒髪を投げ出したまま、カーテンの閉めてある薄暗い部屋。
それと同じように、ライファの気持ちも重い。
好き。
好きだったんだ。
彼の笑顔も。
困った顔も。
ひょっとしたら、あの冷たい笑みも。
離したくない、と。
『身分の差を分かって下さい』
誰かが言っていた気がする。
身分。
身分ってなに?
それは……………。
「姫様っ!!」