第三章
お久しぶりです。
なかなか気むずかしい二人です。
拉致のあかない問答に、ライファは長い髪を掻き上げた。
その仕草に、フローは目を軽く見張る。
「何?」
「いや…。そんなに自分の立場が知りたい?」
「当たり前でしょ」
ライファはじろりとフローを睨んだ。
このやけに遠回しな言い方は何だ?
「歪みだよ」
「は…?」
「時と場所の歪みに挟まれたんだ」
「なにを……」
訳の解らない事を。
「俺も別世界から来た。そして、この世界に存在したフローという人間と替わった。ライファ、自分の名前を思い出せる?」
「え…?ライファ……違っ…」
問われて初めて気付いた。自分の本当の名前、性格には和名が分からない。思い出せないのだ。
自分は日本人である。それなのに『ライファ』なんて英名のはずがない。
「俺だって本当は『フロー』じゃない。名前があるはずなんだ。それが解らない」
フローはそう言って立ち上がる。青銀の髪が月の光に輝いて反射した。
「忘れてはいけません、ライファ様。あなたはライファではない。忘れてしまったら、この世界に取り込まれてしまいます」
いきなり改まった言い方になったフローは深々と頭を下げた。
「それでは、姫君。私はこれにて」
「待って!!」
ライファはドアから出ていこうとするフローを引き止めた。
「あなたはどうしてこの世界に呑まれないの!?方法を教えて!!」
ソファーから勢いよく立ち上がると、フローに近づこうとする。しかし、慣れないドレスの裾に足を引っ掛けた。
「っわ!!」
バランスを崩し、倒れかかる体をフローは軽々と受け止めた。
「名前、だよ」
「え…?」
抱き留められた形のまま、彼は小さく囁いた。
「名前……」
「決めるんだ」
「え?」
「自分の名前だ。自分で決めればいい」
「私の名前?自分で決めるの?」
「そうだ」
ふうん、と少し黙りフローから体を離す。
「じゃあ、ライファでいいわ」
「え?」
ライファは裾の広いドレスを膨らませるように座り直して、フローと向き合った。
「私の名前よ。十分だわ」
「そう…か」
フローはそう言って立ち上がった。
「それでは今度こそ、おやすみなさいませ」
ぱたりと閉められた扉をしばらく見つめ、ライファは大きく息をついた。
そして、天を仰ぐ。
「私は私よ…誰でもないわ……」