第一話
最近、TVでよく流れているCMを見ながら、何か熱烈に語って来る弟の話を聞く。
「───だからね、姉ちゃん。これは本当にリアルで、ヤバいんだよ!」
しかし、出てくる言葉は大体"ヤバい"に纏められている。何がどう"ヤバい"のかです全くもって伝わらない。
「あのさ、あんたヤバいヤバいって言ってるけど、特に具体的に何がヤバいのか殆ど喋ってないじゃん。」
「え?え、えーあー。うん。ヤバいんだ。」
「分かってないの!?あんたもう一時間喋って、ヤバいしか言ってないんだよ!?誰がそれでそのゲームやるって言うのよ!しかもVRMMO初心者に!!」
そう。私こと壱川悠莉は、VRMMOを殆どやった事がない。一度だけ体験したが、直ぐに止めた。理由はまぁ、諸々の事情としか言えないが兎に角、そんな初心者と言っても過言ではない大学生に、興味を持たせてやらせるための説明もとい説得が、"ヤバい"で終わるのはどうなのよ?
「悪い、姉ちゃん。俺ちょっと冷静じゃなかったわ。」
ちょっとじゃねーわ!心の中で罵倒しつつ、話を続けさせる。
「あのね、この新しいVRMMOは、とにかく全てがリアルなんだ。あそこが異世界って言っても過言じゃない位。そんで、スキル制ってスタイルをとってるんだけど、そのスキルが半端無い量あるんだ。ネタプレイ、ロールプレイなんかが、スキルから出来る。てか職業自体スキルだから、しょうがないんだけども。それで、世界がとにかく広い。俺はβテストだったから、あんまり解放されてる訳じゃなかったけど、それでもすんげー広かったんだ!しかも────」
~30分後~
「落ち着いた?」
「いや、いやうん。落ち着いた。ごめん、熱くなっちゃって。」
「いや、いいよ?それだけやってほしいって事が分かったから。・・・・でもね、なんで私なの?あんたの手伝いにしても、もっと良い人いるんじゃないの?」
特に高校の部活仲間 (ハンドボール)に。
「いやー、手伝ってほしいのは、俺の友達には出来ない作業でさ。」
「じゃあ尚更無理でしょ?」
「いやいや、性格の話。つまり、単純作業なんだ。」
………単純作業?
「Generic World Onlineは、リアルに超近いって言っただろ?リアルに近い。つまり流通があるんだよ。おかげでポーションだのの消耗品の供給が追い付いてなかったんだ。・・・・・βじゃ、それで苦労したよ、ホント。」
ポーションを独占して転売するアホ共が居た時は、PKすら起きそうだった。
と、涙ながらに話す弟。それだけでどれだけの苦労があったかがよく分かる。ついでに転バイヤーのアホさ加減も。
「……把握したわ。つまり、それを解消しようとした攻略組が、性格的に生産が出来なかった、と?」
「さっすがー、よくわかってらっしゃる。」
「体動かす事が得意な前線が、今更後ろじゃ動けないでしょ?余程切り替えが上手い人じゃなきゃ。」
スポーツ一筋の人が、急に小説家には成れないように。
或いは、歴史研究家が、急にオリンピック選手には成れないように。
「分かったわ。ポーションとかの消耗品以外では大丈夫なの?」
「んー、武具系統は大丈夫だけど、装飾品だのなんだのの細かい物の人気は低いかな?まぁ、そこら辺の無理強いはしないよ。手も回らないと思うし。」
装飾品かぁ。ポーション系統の手が空いたらやろうかなぁ?アクセサリーとかは興味あるし。
「了解。最優先事項はポーション系統ね。」
「ああ。ゲームはβ権限で渡せるから、安心して?」
「まぁ、それはどっちでもいいけど、あんたこれから夏休みでしょ?課題はちゃんとやりなさいよ?」
「わかってる。母さんに釘刺されたから。」
じゃあ安心だ。お母さんの約束破ったら、下手すればゲームを全て売られてしまうのだ。
「まぁ、ゲームの事情抜きに楽しんでよ。確か明後日頃に届く筈だから。」
おやすみ!と、元気に寝室へ行く弟。
「あいつ、絶対私が断らないって分かってたな。」
間違ってないから複雑だけど。
そんな事を思い、溜め息を付きながら寝る準備をする。明後日から、新しい楽しみが増えた事に、心の奥底で喜びながら。