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ここに居る理由【その1】

「隊長~~おはよーございまーすっ」


 東北国境守備隊第25隊の朝は早い。

 新緑の季節を迎え、畑仕事だけでも、苗の植え替え、摘心、剪定、誘引と、やることはたくさんあるのだ。


「……って、朝食の前に水やりとか、草むしりとか。お前ら元気だなぁ」


 少し遅れて起き出してきたアンスーズ隊長は、ぼさぼさの髪をかき上げながら欠伸を一つ。そして兵営の前庭に作られた菜園を眺める卓椅子に座り込んで、ソーン補佐官が煎れた朝の茶をすすった。その背後に補佐官さんが立つ。

 彼のルーニック人らしいくすんだ灰金髪は、元から癖があるために、寝起きはいつも鳥の巣を崩したようなぼさぼさ頭だ。

 そしてその髪を(くしけず)るのは、何故か補佐官さんの仕事。見ようによっては恋人同士での行為にも見えるそれは、隊長と補佐官ではどうやっても親子の仕草にしか見えない。なお、同じ色彩の補佐官の髪は、長さのある艶やかな直毛であることもあり、朝からきっちり整っている。


「痛ぇ~~っ。ソーン、お前わざと引っかけただろ!」

「いっそのこと、全部剃ってしまいましょうかね、この癖毛。そしたら私の朝の仕事が一つ減るんですが。それとも毎朝、頭から水をかけましょうか?」

「水もしたたるいい男ってか? これ以上短くしたら、薄いのがばれるだろうが。せっかくの男盛り、見目は大事なんだぞ」

「今更なにを馬鹿なことを」


 眉目秀麗、長身白皙、といった言葉がこれほど似合う男を知らないと、隊の誰もが認めるソーン補佐官は、年齢不詳の美貌の青年だ。三十前ではあるはずだが、隊長の補佐官を務めて十年ということは、それなりの歳ではある。だが何故か、誰も正面切って彼に年齢を尋ねたりはしない。

 その彼には到底及ばないが、隊長も決して悪い顔立ちではない。表情を引き締めて真面目なそぶりをすれば、四十手前の男盛り、本人の申告通りの魅力的な男のはずだ。

 だが隊長本人は、『男がソーンみたいに人形みたいに綺麗な顔でどうする。表情豊かで、人生経験が滲み出るようでこそ、男前だろうが』と、見目を構う様子は特にない。

 確かに隊長は人好きのする豊かな表情でもって、町の人々にも好評だ。何より子ども達に好かれ慕われている。『兵営の新しい隊長さん』は、町の子ども達にとっては「気のいいオジサン」だ。というより、大人達は隊長の『いい加減さ』の方が目について、好意よりも苦笑が先に立つのだろう。


 ちなみにソーン補佐官は、その秀麗さより冷厳さの方が先に立って近づきがたいものがあるようで、どちらかというと一歩引かれた対応となっている。町のお嬢さん方からは『特別観賞用』扱いだ。

 お嬢さん方によると、第25隊では、ほどほどに整った容姿で適齢期でもあるイースとラーグの両班長が人気を二分しているらしい。ついでに言うと、フェフが五番手だ。

 第25隊に所属するのは、軍属も入れて全部で30名。約半数はここオガム地方出身者であり、現地採用されている地元兵である。年輩者を中心に何名かは既に妻子を持っているため、第25隊でその手の下馬評対象になるのは、大体半数というところだ。


 そう考えると、新参であるがフェフは人気者だ。町の人々にも彼が【能力者(ドルヴィ)】であることは当然知られているが、アラグレンの町を含むこのオガム地方は、元からフサルク神殿や神話の影響が弱く、他の地域ほど異能者に対する忌避感はない。

 ただ、彼は補佐官とはまた別の方向で職務に真面目な男であり、また明らかにルーニック人ではない身体的特徴を持つ――フェフは西方人特有の赤茶の髪と金茶の瞳をしていて、背もルーニック人ほどは高くない――ことから、どこかしら異邦人に対する憧憬の念が先に立つようだ。

 小柄な体型と、純粋さを感じさせるあまり軍人らしくない柔和な雰囲気が、恋愛対象というよりは弟や愛玩動物を見るような感覚にさせていて、年上に人気というもの納得ができる。



 ルーニックでの守備隊兵士の構成は、半数が現地採用の地元兵、残りが軍団からの派遣兵となっている。軍団派遣兵は何年かすると異動してゆくため、地元に根付くことを希望するお嬢さん方からは、(はな)から結婚相手の対象外と見なされている。だが、外の世界に出たい少数派や偶像的な憧れの対象としては、それなりに需要が高いのだ。


「じゃあさぁ、人気三位は誰?」

「ケーン事務官」

「えぇ~~、結構おっさんなのに?」

「やっと三十過ぎたばっかだから、まだ範囲内なんだろ? それに、ずっと町の詰め所勤務だから身近な存在なんだろうさ。で、四位は?」

「三班のゴート。ちなみに六位が二班のネテル」


 どこから集めてきた情報なのか。よどみなく告げるイース班長の回答に、畑仕事に勤しむ第一班の兵隊たちから異論が巻き起こる。


「俺よりアイツらかよぉ~~やっぱり地元兵は強いな~~ずるいな~~」

「でも地元兵ったって、町のみーんな、襁褓(むつき)の頃から顔見知りなんっすよ? 颯爽(さっそう)と都会の風を背負ってやってくる軍団兵の方が、絶対目新しくてお得じゃないっすか」

「お嫁さんに向くような堅実なお嬢さんは、泥臭い方がお好みなの! ああ……俺、早く結婚してぇ……」


 朝の一仕事の傍ら、目の前のいつもの光景を材料に、そんなたわいも無い話題に花を咲かせる隊員達。


「貴男たち……どうでもいい情報収集ばかり得意になってゆきますね?」


 季節を戻しそうな冷厳な声に、男ばかりのくせに姦しいおしゃべりがピタっと止まる。


「イース? それ(・・)が町での情報収集の結果だと言うのなら、ちゃんと報告書にして上げてきなさい。もちろん論拠と証左を明確にして、ですよ? では明日までに。

 そして、ティール。早く結婚したいのでしたら、軍団に戻れるよう上に掛け合ってあげますよ? こんな所まで来なければ、今頃可愛いお嫁さんをお迎えしていたはずでは?」


 急に仕事(?)を与えられたイース班長は、苦笑いで空を見仰ぐ。やぶ蛇だったのは、第25隊で一番軽薄で女たらしと言われるティールだ。


「補佐官さーん、それは言葉のアヤってやつで」

「ええ。それでも王都勤務だった頃の“親密なお付き合い”をされていたお嬢さんは、まだ待っていて下さるのでは? まだ2年にも満たないですからね」

「ひぇ~っ、誰だ、補佐官さんに教えた奴!」

「隊長に決まってるっしょ。ちなみに町の人たちも、もう知ってる」

「それでかーっ! 春分祭り(オースターラ)の前に、サイリャに振られたのはーーっ」

「あ、そうそう。サイリャちゃん、隣のディングル市の人と見合いしたらしいよ? 親父さんが嬉しそうに話を進めてた」

「何故俺より詳しいーーっ? そして、俺の傷口に塩をすり込むなーーっ」


 この2年で珍しくとも何ともなくなったらしい、当たり前の隊の日常。規律正しい軍団ではあり得なかったその光景に、フェフはいつも瞠目する。彼の着任は他の軍団派遣兵より1年遅れだが、その時には既に現在の関係はできあがっていた。

 彼が訓練所などで見聞きし学んだ範囲では、守備隊ではどうしても軍団兵と地元兵との間に一定の境界線が引かれやすい。また隊長以下、数年での異動が基本であるため、軍団兵はそれほど地元との関係を持たないのが一般的だ。



 だが、それは当代の第25隊には全く当てはまらない。

 守備隊の異動期には、異動の無い地元兵の集団と、引き継ぎも兼ねて残留となった“居残り”の軍団兵の集団に、新たに派遣兵が加わる。

 通常は、三つの派閥に分かれた様子見が2~3ヶ月ばかり続くものだが、今期は1ヶ月もしないうちに、隊員達は一つに纏まった。ひとえに隊長のおかげだ。だが決して良い意味だけでは無い。


 前職「軍団大隊長」という高位の肩書きで、つい半年前の休戦時まで西方戦線で戦っていたという前評判。

 そして何故か大きく降格されての「国境守備隊の隊長」就任という事実。


 新しい第25隊の隊長以下を迎える面々は、それぞれが大なり小なりの畏れ、戸惑い、そしていくらかの好奇心でアンスーズ達を迎え入れたのだ。

 ある意味鳴り物入りでやってきた隊長は、前線指揮官らしさの片鱗も、経験豊富な職業軍人らしさの片鱗も、降格されるような不良さの片鱗も、全く見せなかった。

 威厳も、堅苦しさも、規律も、そして仕事をも補佐官に預け渡し、自身はおっとりノンビリとしたこの地の気質にいち早く溶け込んで、いい加減で出鱈目な生活を目一杯満喫し始めた。隊の自給自足体制を、早々に整えたのは隊長の手腕だ。

 唖然とする隊員達を後目に、ソーン補佐官は瞬く間に新しい「守備隊」としての体制を整えると、今期に異動となったイースたち新しい軍団兵達も昔なじみであるかのように隊の雰囲気に吸収されていった。

 そして気が付くと、皆が皆、隊長の気まぐれで出鱈目な生活に巻き込まれていった。


 迎え入れる側であった古参の地元兵や残留組の軍団兵達が、まず最初に驚かされたのはソーン補佐官の有能さだった。彼は、新体制となって落ち着かない現状を、人の適切な配置でまとめ上げた。

 まず隊を三つに分け、それぞれに癖のある班長をおく。班員は軍団兵と地元兵を半分ずつ。軍団兵も、残留組と派遣組を混在させている。これだけなら特段珍しい采配ではない。見事だったのは人材の見極めと適材適所の配置だ。

 新参の“やらかし降格組”(後に他の隊員達からそう呼ばれるようになった)を全班に分配したのはさておき、残留組の軍団兵でも軍人気質の強い者、前線忌避の気質の者などを的確に見極め、また地元兵のうち軍団兵に対する劣等感のある者、田舎気質の抜けない者、上昇志向の強い者などを把握し――寸分の漏れもずれも無く、彼らを見事に混ぜ合わせた。

 わずか数日の接触のみでの、あまりに的確な人格把握。そして多少は揉めそうで、だが結局は上手く付き合うことができる絶妙の組み合わせ。

 後に自分たちの組み合わせを理解した隊員達は、補佐官の手腕に驚愕していたが、実際の所その見極めと采配は隊長の指示だ。


 『だって、補佐官さんが、あそこまで他人に興味持って把握できるはずがない』とは、後に語られたある地元兵の言葉だが、真実を突いている。


 ソーン補佐官は、他者への関心を持たないわけでもないし、人の真意や行動を見抜くことは的確だが、人の機微(きび)にはそれほど敏くない。

 本人の性格や気質まで見抜いたその適材適所の采配は、明らかに『俺は人間が大好きなんだ』と、日頃から公言するアンスーズ隊長によるものだ。

 ただ、補佐官も単に指示を受けて人員配置の采配をするだけではなかった。上手く仕事を割り振り、弥が上にも関わりを持たせ合い、年長者であろうが新兵であろうが一切構うこと無く、時には自身が悪者となることすら怖れずに隊員たちを纏め上げた。

 ソーン補佐官は隊長の指示であることを隠すことはなかったが、未だふらふらと落ち着かない隊長の姿からはその采配は見えにくく、また受け入れがたいものがあった。

 だが、その二人の手腕を降格組のイースとラーグはよく知っているし、他の隊員達も追々知っていくことになる。


 とまれかくまれ、早期に一つに纏まった第25隊は、以前からの「のんびりまったり」とした気質をそのままに、町の人々からは『今期は興味深い兵隊さん達だねぇ~』と見守られる存在となっている。



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