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捕らえしもの、囚われしもの【その11】

 


「ん~、オレなら完全に隠れるのは嫌だと思うんですよね? だって、何も様子が分からないのって、不安ですよ? ほら、ラドさんは子どもの頃にかくれんぼして、見つけて貰えず不安になったことないですか?」

「子どものかくれんぼと一緒にされるとは思わんかったが、まあ一理あるな。で、その答えがここか?」


 クワートとラドの“第一班の本命組”は、数々の偽装に騙されつつも他の誰よりも早く、インガ達が潜む倒木の崖にたどり着いていた。隠伏する『対象者』たちは声と気配を殺して、彼らの様子を伺っている。


「でも、監査官さんが一緒ですからねぇ~。こんな足場の悪い所は嫌がるんじゃないかとは思うんで、一応候補ってことで。どうしましょう? 崖の上に回りますか? 先に周囲を確認しますか?」

「そうだな、周囲は(れき)が多いから、崖にたどり着く前に察されそうだ。まずは下回りに退路が作られていないかどうか確認しよう。それで大体推測がつく」

「わかりました。じゃあ、オレは小川の方に回ります」


 小声で行動を確認し合いながら、クワートとラドは別れて周囲の探索にかかった。それを見て、フェフは補佐官さんとインガ正監に目線で指示を出す。

 フェフはわざと崖上以外からの退路を整えておかなかった。退路は現在位置、崖上からの北のみだ。周囲の探索で退路がなければ『隠伏場所』と見なされないかもしれない、その可能性にかけたのだが、もしかしたら功を奏するかもしれない。

 インガと補佐官さんが退却の体勢に入るのを確認し、フェフはじっと自分の両手を見つめ、頭の中に先ほど確認しておいた鳥の姿を描き出す。


 『呼んで、捕まえる』――彼の【異能の力(ドルヴィの能力)】の行使だ。


 瞬きの間に一瞬の金色の光が爆ぜ、彼の両手の中にキョトンとした目をしたモリバト(森鳩)が現れる。突然に『呼ばれ』『捕らえられた』モリバトは白い斑紋のある首をかしげ、抵抗することを忘れたかのようだ。

 モリバトが我を取り戻し暴れたり声を上げたりする前に、フェフは次の行動に出る。正直、自信はあまりないが成功して欲しい。

 手の中の生き物の鼓動と温もりを感じながら、フェフは再び鳥の姿を心に描き出す。今度はその鳥を、先ほど目にした隊の仲間――クワートの姿に重ねた。

 優しく激励する瞳のソーン補佐官と、若干の疑いを抱きつつ成否をつぶさに観察しようとする瞳のインガ正監が見守る中、淡い金色の光が収縮するようにはじけてフェフの両手の中から――モリバトの姿は消え失せた。『成功』だ。

 ほっと息をつくフェフの耳に、賑やかしいクワートの声が響く。


「ぅわぁっっと? なんだよーー、急にモリバトが降ってきたーーっ」

「こらっ、大声を出すな、クワート」

「でもラドさーん、モリバトに突かれたーーっ」

「お前、そいつの巣にでも踏み込んだのか? ともかく、探索中に声を上げるなんて、下策にも程がある。いったん撤収するぞ、第二班に気付かれる」


 状況を忘れて騒いでしまったクワートを、さすがに軍団兵の威厳で(たしな)めたラドは彼の肩を掴んで促すと、二人は小川を越えて森の奥に消えた。水に踏み入ることなく、石を選んで飛び越えて行く様は、さすがと言うべきであろう。

 彼らの足音が聞こえなくなったのを確認し、また他の気配が近づいてくることがないことをも確認して、ようやくフェフは安堵の息を吐いてインガ達に向き合った。


「成功しましたね、フェフ。効果も抜群でした。おめでとう」

「ありがとうございます、補佐官さん」


 今、フェフが見せた能力。夏前から隊長と共に練習を重ね、ようよう形になってきたフェフの“新しい能力の使い道”だった。


 『捕まえた』動物を、『戻す』。


 正しくは『戻す』というよりは、別の場所に移動させるというべきだが、今のフェフでは思うがままの場所には移動させられない。自分の見知った目の前の場所か、『呼んだ』動物が元居た場所だけだ。

 『要は、応用だ。(かえ)してやるんだよ、その力を』……そう言って、隊長はフェフに新しい能力を導いた。元々はフェフの「失敗」、『捕まえたものを離せなくなる』ことを無くすための練習だったが、その流れの中で隊長は数々の試行をフェフにさせた。


 『囚われたものを解き放てるのは、捕まえた奴だけだ。

  だから、どうやって(・・・・・)解き放つのか、よりも、どうして(・・・・)解き放たにゃいかんのか。

  そこを考えろ。捕らえ続ける必要がないとわかれば、解き放てる』


 隊長が繰り返し繰り返しフェフに求め考えさせたものは、『捕らえることの意味』だった。自分が『呼んで、捕まえる』ことに固執した結果が『離せない』ことなのだと、ようやくフェフは気付いた。自分が捕まえているものは、心の底から望んだものではない。だから呼んだ後は不要なものだ。その気持ちの切り替えが、フェフには足りなかったのだ。

 この春、コール少年を“犬ごと呼んで、捕まえた”経験を通して、フェフはそのことをようやく会得した。本当に望み捕らえたものならば、決して手放しはしない。ただそれだけのこと――。


 クワートにモリバトを『戻して』やることで彼らを撤収させたフェフ達は、現在地の撤収を決めた。第一班が敵なのか味方なのかは分からない。とまれかくまれ、クワートが声を上げたことで、この場所に誰かがまたやってくる可能性は高い。長居は無用だ。

 フェフが先導する形で、インガ、ソーン補佐官の順に“獣道”の退路に向かう。灌木に這い入り、続くインガの様子を振り返って確認しようとしたフェフは、そこで思わず足を止めた。


「――? どうなさったの、フェフ副長。早く進んで下さる?」


 インガが怪訝そうな声でフェフを促し、フェフは慌てて前を向いた。でもそれで良かった。今の自分の表情を、彼女に見せたくはない。

 見てしまった、見えてしまった。彼が振り向いた瞬間、インガ正監の瞳に浮かんだ、ほんの僅かではあるが紛れもない“(おび)え”の色を。

 それは、隠伏場所から撤収することに由来するものではない。フェフ自身に向けたもの、彼の【異能の力】に対する根源的な“怯え”の色だった。

 ――単に小さな動物を呼び寄せ、移動させるだけの力。【軍の能力者(ドルヴィ)】達の中にあっては、大したものではない。だが“普通の人”にとっては、どれほどささいなものであろうが、それは【異能】だ。異端の神々、盟約の神々が勝手に彼らに押しつけた、それでも人に在らざる力。

 慣れていたつもりだった。分かっていたつもりだった。それでも――力を行使し、その身を助けた目の前で、忌避されることは辛い。インガのような、自分自身を強く信じ生きる人であってすらそうなのだと、フェフは思い知らされてしまったのだ。

 インガが悪い訳では無い。仕方の無いことだ。ヤーラ師が言ったように、どこまでいっても自分たちは異端の存在に過ぎない。ただ、それだけのこと――。


「――フェフ、止まりなさい。様子が変です」


 急に鋭い声がかけられると同時に、フェフも足元の違和感に気付く。予め作っておいた退路が終わろうとする辺り、以前にあったという高台の大地が崩れ樹々を押し流した跡が未だ生々しい場所。その大地に歪みが見える。そしてそれは今、下に向かって動いていた。


「フェフ、下がりなさいっ そこは崩れますっ」

「えっ、あっ――!」


 ソーン補佐官の言葉もむなしく、フェフとインガ正監が足を踏み入れた大地に亀裂が生まれ、柔らかい土が二人の足を吸い込む。

 最初はずるずると遅く、そして突然にその大地は底が抜けるかのように落ちた――。


「きゃっ……」


 インガの小さな悲鳴。それをかき消す、土崩れの音。ガラガラと音を立て、足元の岩場が大地の裂け目に吸い込まれるように、二人を飲み込んでゆく。落ち行く感覚の中、とっさにフェフはインガの腕を掴み、引き寄せる。そんな彼の目に、ソーン補佐官が躊躇いも無く彼らを追って飛び降りるのが見えた。




「なんか今、おっきな音がしませんでしたか、ラドさん?」

「さっきの高台あたりからだな。あそこは崖崩れがあった場所だから、また崩れたか?」

「それで、さっきのモリバトは逃げてたのかなぁ? だとしたら、オレ等の恩人?」

「それは知らんが、確認に行くのは二重の意味で危険だな。ラーグ班長なら、音仕掛けの罠だって仕掛けかねない」

「それもそうですね。とりあえずもう一つ、別の場所を先に探索に行きましょうか」


 限りなく正解に近づきながら、結局正解にはたどり着けなかったクワートとラドの組であった。



* * * 



「――インガ正監、お怪我は? 大丈夫ですか? 痛いところは――?」


 まだ若い、心からの危惧が込められた声に、インガは痛む身体を何とか起こし意識を集中させた。彼女を抱きかかえるかのように身を庇いながら、フェフ副長が彼女を気遣わしげに見遣っている。

 彼と共に『落ちた』ことは分かった。高台として続く場所であったが、足元には空洞があったようだ。長年積み重なった落葉に隠されていたものが、人の重みで落ちたのだろう。インガの身体には鈍い傷みが複数あるが、激痛と呼べるほどのものではなく、また身を動かすのに支障はなさそうだった。汚れはともかく身なりもあまり乱れていない。

 彼女を庇いながら落ちたフェフの顔には擦り傷が赤く滲み、西方人の特徴を如実に示す柔らかい赤茶の髪は乱れて土埃に汚れている。一方、その隣りで膝をつくソーン補佐官はインガと同じように身なりに乱れはなく、冷静な表情でインガの肢体を見分している。思わずインガは赤面して身を引いた。


「――失礼。お身体には触れてはおりません。見た範囲において怪我はなさそうですね。インガ正監、不幸中の幸いでした。フェフが上手く守れたようです。よく守れましたね、フェフ。貴男の怪我の程度は?」

「打ち身はありますが、骨折や身体の中は大丈夫そうです。すみません、僕の確認不足でした。こんな危ない足元だったとは……」

「そうですね。しかし、このような“裂け目”まで事前に把握するのは無理というものでしょう。仕方の無いことです」


 以前にコール少年が落ちた“裂け谷”もそうだが、この大地にはいくつか不安定な場所がある。大地が脆く、崩れやすい場所。遠い過去、神々の争い――フサルク神と盟約の神々との争いの中で、大地が傷ついた痕跡だという。オガムの大地は盟約の神々を奉じる人々が多かった地の一つで、その痕跡は数多い。フサルク神の加護が弱い大地。人を守り導く神の恩恵を得られぬ大地。


「ですが、フェフ。きちんと注意を払っていれば察知できたはずです。何に気を取られているのです。今、成すべきことを放棄して、自らに囚われていてはなりません」


 ソーン補佐官の言葉は、厳しくも優しい。優しくあるが甘えを許さない。フェフはこの場においてはもっともである叱責を受けて、ただ自省するばかりであった。


「ソーン補佐官、それでも彼は私を守って下さったわ。それで十分では?」

「……インガ正監。それは当然のことです。今の私たちは、貴女という存在を傷つけずに無事に兵営まで戻すことが使命です。訓練だからと言うだけではありません、それが私たち軍団兵としての役目です。インガ正監、思わぬ危機に遭わせてしまいました。お詫びいたします」


 ソーン補佐官の言葉は、インガに向けては優しさと労りだけが載せられる。そのことに、インガは嬉しさと若干の寂しさを感じ取るのであった。


「皆、大きな怪我はないようですが――フェフ、この後はどうしますか?」

「えっ? この後……?」


 彼らが“落ちた”裂け目は、それなりに深かった。岩場ではなく森の腐葉土に包まれた場所であったのが幸いだっただけで、まともに落ちていれば大怪我は避けられなかったであろう。――いや、それにしても僥倖としか言い様のない状況だった。

 外の明かりが漏れ降りる“裂け目”の先は遙か上。少なくとも1ロッド(約5m)は下らない。この高さを滑り落ちて、ほぼ無傷であることが信じられない。

 フェフは高みを見上げながら、落ちゆく間の感覚を思い出していた。あの時、何かに包まれるような感覚があった。自分の【力】にも感じられた、柔らかい水のような感覚。自分が【能力】を行使して何かを呼び寄せる際に感じる、あの温かい存在感。

 外の光と落ちゆく底の暗さの狭間で、蛋白石(オパール)を思わせる乳白色に斑色(ふいろ)を示す虹のような遊色(ゆうしょく)の光を見た気がした。以前、隊長に触れられた時のような『還される』感覚。


「この高さでは、インガ正監を連れて貴男だけで登り切ることは難しい。誰かしらの助けが必要でしょう。フェフ、誰を助け手としますか? そして、どのようにして助けを呼びますか?」


 暗い裂け目の底で、フェフより頭一つ分は高い背からいつもと変わらぬ平静な声が降りてくる。天上からの外の光を背負い、影となった秀麗な顔には何の動揺も焦りの色も浮かんでいない。影の中で黒い色にも見える瞳が、じっとフェフに問いかけている。

 彼の言う通り、自分だけならともかくインガ正監を連れてこの裂け目をよじ登り外に出るには手元の装備では心許ない。万一途中で落ちたりすれば、今度こそ大怪我を負うことだろう。では、どうやって助けを呼ぶか。放っておいても、自分たちを精鋭の二つの班が探しているのだ。そのうちに異変に気付いた誰かがやってくるに違いない。だが、それを座して待つことを許さない色が補佐官さんからは感じられた。


「ソーン補佐官、このような事態なのですもの。私たちを探している彼らに気付いて貰えれば、それでいいのではなくて?」

「いえ、インガ正監。訓練は続行中です。そして、この状況のままでは『逃げ切った』とは言えません。フェフ副長はこの底を脱し兵営に戻るまで、自身で考え自身の力で貴女を無事に導く必要があるのです」

「でも……」

「インガ正監。補佐官さんの言う通りです。申し訳ありませんが、この裂け目を出るまでもうしばらくご辛抱下さい」


 決して『安泰』とは言いがたい状況を早く脱したいインガとしては、さっさと探索者達に見つけて貰いたいところだが、彼らはそれを是とはしないようだ。フェフ副長は裂け目の様子をつぶさに観察し、天上を見上げながら苦悩している。そんな彼を、ソーン補佐官はただじっと見つめているだけだ。


「――ソーン補佐官、貴方の才覚でここを脱することは出来ませんの?」


 何一つ手出ししようとしない彼に若干の戸惑いを覚えながらも、インガは彼に願い出る。彼の平静すぎる態度からにして、何かしらの考えがあることは確かだろう。ならば、その策を早く行使すれば――。


「申し訳ありません、インガ正監。私は隊長から、一切の手出しを禁じられています。

 助言はしますが、最初から何かをするつもりはありません。――フェフ、いいですね。貴男が考えるのです。貴男が決めるのです。それが、自らが生み出した結果に対し責任を負うと言うことです。貴男自身に何が出来るのか。貴男を誰が助けてくれるのか。貴男は知っています」


 この『訓練』を通しソーン補佐官は、何時になくフェフに対し何かを伝えようとしている気がした。それは【能力者(ドルヴィ)】としてのフェフに向かってでもあり、ただ【人】としてフェフをとらえての言でもあり――最近になって彼に見せるようになった、後悔と哀憐の色をそのままに。


「私は一切の手出しをしません。ですが、貴男は隊長から『何をしてもよい』と許可されているはず。貴男が使える力は何ですか? 貴男がこの地で勝ち得たものは、何なのですか? 貴男が望んでようやく捕まえたものを、放すこと無く捕らえ続けなさい、執着しなさい。それこそが、貴男の真実の力です」


 曖昧な、それでいて確実に何かが伝わる強い言葉。そこに込められた願いを、意味を、フェフは見誤らなかった。そう、彼は知っている。彼は既に捕まえている。自分が得たかったものを。


「――――『カンバイ』を」

「え?」

「カンバイとアウェイを『呼び』ます。そして片方だけ『戻し』ます。それで、()なら気付いてくれるはず。コールなら、きっと僕たちを見つけてくれる」


 突然出てきた固有名詞と、その繋がりが分からずに目を瞬かせるインガを余所に、ソーン補佐官は慈愛に満ちて輝くような表情で、フェフに向けて微笑んだ。




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