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少年と能力者【その2】

-----[2016.03.29]

前後編で投稿したものを4分割しました。一話あたり5000字程度に減らしています。改行位置以外の変更はありません。

「隊長……遅いです……」

「おーっ、相変わらず情けない格好だなぁ」

「メェェェェェェ~~」


 蒼穹の影を作り、にやにや笑いで副長フェフを見下ろす隊長の表情は、喜色満面、痛快愉快そのものだ。それとは対照的に憮然とした顔でフェフは隊長を見上げる。


「……早く開放して下さい。これ、結構重いんです」

「メェェェェェェェェェ~~」


 周りを親羊と子羊の群れに取り囲まれ、フェフは仰向けで草地に横たわった状態だ。その腕の中に一頭の子羊を抱えている。子羊とは言っても離乳期間近の月齢。半身を覆うばかりのその身体は、かなり重い。それを腕に抱え、身体にのし掛かられている状態が半時間ほど続いているフェフは、すでに軽口をきく余裕もなかった。


「自分で『呼んで、捕まえた』んだろうが。ちゃんと『離す』ところまでがお前の能力なんだろ?」

「わざわざ言わなくても、嫌というほど分かっていますってば。ちょっと失敗しただけです……」

「五回に一回の失敗は『ちょっと』とは言わない」


 そこだけ妙に真剣な顔で真面目くさって告げる隊長の声に、フェフは悔しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。事実、その通りであるだけに、上手に「能力」を使いこなせない自分が嫌になる。

 フェフは隊長の代替わりから1年遅れた去年の夏の終わりに、この第25隊に副長として着任した。守備隊副長は歴とした士官であるが、当時の彼はようやく20歳を超えたばかり。新兵配備から僅か2年での副長就任は、その軍人としての能力によるものではない。ひとえに【ドルヴィ】……「異能の能力者」としての力と待遇によるものだ。


 異端の神々によって勝手に与えられるという、本来、人には有らざるその力。


 ここルーニック王国以外では、彼らのような異能者は迫害される。フサルク神を至高神とし崇め奉る神国や使国では、存在すら許されない『魔の者』扱い。

 この国でも決して受け入れられているとは言えない。実際フサルク神殿の神官たち関係者からは面と向かって忌避され、市井の人々も彼らをどこかで怖れ、好んで関わろうとはしない。

 だがルーニックでは、建国当時から彼ら異能者を軍に引き入れその力を活用してきた。その為、特に軍部を中心に異能者への対応は穏やかだ。前線で共に戦い、その力の恩恵を受ける軍団兵にとっては、怖れ忌避する以上に「頼りになる者」なのだ。その能力が、役に立つ以上は。


 フェフはその【能力者(ドルヴィ)】として軍に属している。捨て子として幼少時から軍で養育された結果、軍人としての能力は平均以上だが、ドルヴィとしての才能は今ひとつ。成人して軍団兵となってからの2年を、当時南方の前線にあった第十六軍団で過ごした。だが、大小様々な数多くの失敗を経て、とうとう守備隊送りとなってしまった。現状では前線には回せない、との判断だった訳だ。

 彼のドルヴィとしての能力は『呼んで、捕まえる』こと。

 視界にあったり、個別の特徴が分かっている動物を、自分の手元に『呼び寄せ』、空間を超えて『捕まえる』ことができる。

 これだけの説明なら、その能力は軍にとっては得難いものだ。だが、フェフの能力にはいくつかの制限と欠点があり、また彼自身が未だその能力を十二分に使いこなせていない。


 まず彼の能力は“人間”には効かない。

 よって、敵の将校を誘拐したり、傷痍兵を救助したりが出来ない。フェフの師匠であったドルヴィは、同様の能力を人間に対して発揮し、戦場において傷痍兵の救援に大いに役立っていた。たがために、“人間に対し無効”というフェフの能力は、かなり残念がられたものだ。

 ならば軍馬に影響を及ぼして……となるところだが、これも不十分だ。

 『呼ぶ』際に、精神的に抵抗されると能力が効かない。つまり軍馬のように、厳しく調教されたものには効きにくいのだ。よって前線ではほとんど役に立たない。

 では補給物資の運搬に……と思っても、彼の能力は“生きた動物”にしか効かない。

 最前線に生きた家畜を持ち込む余裕などない訳で、やはり前線向きの能力ではないのだ。また、あまり大きなものは空間転移できず、現状は2エル(約2メートル)程度、せいぜいが羊や馬程度までの大きさや重さが限界だ。

 ドルヴィとしての能力は枯渇するものではないが、発揮すると精神的・肉体的に疲弊するため、日に何度も連続して使えるものではない。訓練によりその能力や効果を向上させることは可能だが、現在のフェフは羊を十頭も移動させれば小一時間の休憩は必要だ。


 そして何よりも、彼は未だこの能力を完全には使いこなせていない。その証左が、今のこの現状だ。


 大体五回に一回の割合で、『呼んで、捕まえた』後に『離せない』。

 捕まえた生き物が、その身から離れない。逆に『捕まっている』ような状態になってしまう。こうなると、フェフ自身が精神的に疲弊して気を失うか、【腕輪】を持つ人物に自分の能力を無効化して貰うしかないのだ。


 ここルーニックの軍に属する能力者は、ドルヴィとしての訓練教育を終えその能力がある程度使いこなせるようになると、一組の装飾品を作成する。それは対となる首輪(トルク)腕輪(バングル)で、能力者本人がその力を込め、呪をかける。

 首輪はドルヴィ自身が身につけ、腕輪はドルヴィとして配属される軍の直属上司が持つ。この腕輪は【ドルヴィの腕輪】と呼ばれ、対となる首輪の持ち主の能力を無効化する力を持っているのだ。

 外すことのないその首輪と、彼らを押さえ込む腕輪の持ち主の存在から、市井の一部ではドルヴィを【輪っか付き】と卑称することもある。

 ドルヴィに課せられる義務。自分の能力を抑える制御者を生み出し、その傍らにあり、軍人として生きること。それが、異能の能力者である彼らが迫害されずに生きる、唯一の道でもあるのだ。


 * * *


「何故『失敗』するのか。何故『捕まえた』ものを『離せない』のか。

 その根本を理解出来ない内は、お前は『失敗』し続ける。嫌なら、理解できるまで突き詰めろ。その身で考えろ。だが何度それを繰り返してもいいが、理解するためじゃない練習なら、やめとけ。無駄だ。誰かの役に立った気持ちになりたいだけなら、お前はただの異能者――ドルヴィのままだ。どっちかというと役立たずの、な?」


 第25隊に着任してしばらく後、最初の失敗をしでかして意気消沈するフェフに対し、アンスーズ隊長はそう言った。着任早々から彼のいい加減さ、出鱈目さに振り回されていたが、第十六軍団で受け続けた失敗そのものへの叱責ではないその言葉に、フェフは目を見張った。

 言葉の内容もそうだが、飄々としたいつもの表情の奥で、深い真剣な感情が揺らめいていた。――到底、普段のいい加減な隊長と同一人物とは思えなかった。心なしか、隊の誰よりも高い長身からフェフを見下ろすしている、その深い青の瞳が陰になり漆黒に染まって見える。


「ドルヴィなんぞに成りたいなら、さっさと理解しろ。簡単なことだ」

「ええっと……僕自身は自分をドルヴィだと思っているのですが……」


 正真正銘のドルヴィに対して、この隊長は何を言っているのだろう。フェフは彼の真意がつかめない。いつもの揶揄(からか)いとは思えない、思いたくない。それ以上にこの隊長に「ドルヴィ」として認められていないのだと、そう思いたくなかった。


「お前は、まだ本当の意味でドルヴィじゃないな」

「では、どうしたらいいのか教えて下さい。僕は本物のドルヴィとして、育ててくれたこの国の役に立ちたいんですっ」

「教えられるものじゃない。そもそも、教わろうとする時点で、全く理解していない」


 フェフに対する隊長の言葉はそっけない。氷の補佐官と交替したかのようだ。だが、彼はこの要因を知っているというのだろうか。ドルヴィの訓練所の指導員や育ての親でもある師匠でも分からなかったその理由を。


「まさか……知っているように言ってるだけで、本当はいい加減に言っているだけじゃないですよね?」

「おっ、ばれたか。その通りだ」

「っっっ!!!」


 一瞬だけ見せた真摯な態度はどこへやら。いつもの飄々としたいい加減な隊長の姿に戻った彼は、にやにや笑いを浮かべてフェフの頭をぽんぽんと叩いた。


「お前、師匠のようになりたいんだろう? だったら師匠の目指したもの、望んだものが何だったのかをまず考えろ。お前には、それが一番近道だろうな。ああ、俺は答えを教えないぞ~~」

「……だから答えを知らないんでしょう?」

「お前さんの【答え】は、お前しか知らんさ。誰も理解なんぞ出来やせん。それこそ神であってもな」


 自分の倍近い人生を、その多くを軍人として過ごしたであろう隊長の言葉は、何故かフェフには重く残った。その代わりに、フェフの心に根ざした何かが追い出されたようで、それ以降は能力の行使が少し楽になり、二~三回に一回の割合だった失敗は、今では五回に一回程度まで落ち着くようになった。理由はまだ分からない。


 * * *


「メェェェ~~」

「自分の失敗は、情けなさは、自分が一番分かってますから。反省しますから、そろそろ開放して下さい……」


 フェフと一緒に見回り警備に来ていた第一班の面々と共に、羊の群れの中からにやにやとフェフを見下ろす隊長に、素直に懇願する。それを受けて、第一班長のイースが人好きのする笑顔で周りの親羊を除けてくれた。


「隊長~。そろそろ俺らも帰りたいんで。俺ら、夕食当番なんです」

「ソーンは時間に煩いからなぁ。もうちょっと反省させときたい所だが」


 そう言って、隊長は腕輪をはめた左手でフェフを掴む。瞬間、金茶色の腕輪の周囲にパチパチとした金色の光が爆ぜたがすぐに収まり、フェフの腕から子羊が『離れて』抜け出した。テッテコと飛ぶように、一目散に母羊の所に向かうその後ろ姿が可愛らしい。


「あぁ……重かった。腕がしびれる……」

「ずっと拘束されていた羊の仔の方が可哀想だろうが。コールに泣き付かれて、いいところ見せようと格好つけた罰だ。せっかくイース達が一緒なんだから、素直に地道に迷子の子羊を探しとけばよいものを。闇雲に力を使うことが近道じゃないぞ?」


 ぞんざいな口調と態度で、それでも優しく手を引いてフェフを立ち上がらせた隊長の口調は、ほんの少しだけ『東方国境守備隊第25隊の隊長』としての威厳を持っていた。


「隊長~~俺ら、そんな面倒な作業、したくないですよぉ」

「第25隊の一番の仕事をおろそかにするな」

「はいはーい! 班長、質問でーす! 国境守備隊の仕事って、脱走牛の確保とか迷子の羊探しでしたっけ?」

「他に、畑仕事があるんじゃないかな?」


 愉快な隊員たちの質問に、第一班長イースもしれっと答える。


「自給自足は良いことだ」

「隊長~~田舎勤務に染まりすぎ~~」

「隊長~~軍団兵に戻れなくなりますよぉ?」

「隊長~~オレらと一緒にずっとここに居ましょーーよーー」

「望むところだ。軍団なんぞ、戻らずに済むなら万々歳だ。ここで余生を過ごす」

「ソーン補佐官にも報告しときますね」

「うぉ? それはやめろ!」


 続くイース達第一班の面々との会話には、すでに隊長の威厳は全くない。


 元は将官候補ですらある軍団大隊長まで務めた彼が、一体何をしでかして守備隊の隊長まで降格され、こんな田舎に飛ばされたのか。それは、第25隊の誰も知らない。軍団所属時の部下であったイースやラーグたち、共に赴任してきた軍団兵たちでさえ知らない。軍事行動中の失態ではなかった。

 確実なのは、そのとばっちりでソーン補佐官も一緒に飛ばされたという事実だけだ。

 だが、その事実を掘り返し、嫌みを言うことはあっても。

 戯れのような舌戦の材料として用いることはあっても。

 それでも自らは何の失態もないソーン補佐官は、降格される隊長に当たり前のようについてきた。『補佐官なんですから、当然でしょう』と、いつもの冷厳な無表情と口調のままで。

 第25隊に編成されて初めて彼と接した部下達も。その指揮下で剣を振るい、生命のやり取りを繰り返した軍団からの異動組も。誰もがアンスーズ隊長にはソーン補佐官が必要なことを知っている。その日常が、その事実を知らしめている。この隊の誰よりも長く彼と行動を共にしている優秀な補佐官は、日々その期待に応えている。自らの意思で。

 同様に、イースやラーグたち一部の軍団兵も彼らに着いてきた。彼らは別に血煙漂う戦場から逃げたかった訳では無い。むしろ本来彼らは前線向きの人材であり本人たちもそれを自覚している。ただ『頼れる上司達』の元で、もう少し過ごしたかっただけだ。

 ――だからといって、一歩間違えば軍法会議ものの不始末をやらかして降格を狙うのは、さすがにアンスーズ隊長に着いていこうとするだけの性格だけのことはあるが。

 おかげで、東方国境守備隊第25隊は、国境守備隊の中でも平穏無事な閑職として有名すぎる地位のはずが、妙に実戦経験が豊富で、しかし一筋縄ではいかない問題児の軍団派遣兵が四分の一を占める不思議な集団となり、現在に至る。


「ところで、隊長。コールは多分親父さん達に絞られているところですよねぇ?」

「ソーンが連れて行ったから、多分そうだと思うぞ」

「だったら……この羊たち、誰が連れて帰るんですか?」


 百頭ばかりの親子羊の群れと、飼い主が戻って来ず所在なげな二匹の牧羊犬を見渡して、隊長はにこやかに告げた。


「お前ら、喜べ。地道に、役に立つ仕事が出来るぞ」


 こうして第25隊第一班は、本日の見回り勤務の最後の仕上げに、住民の大切な財産である羊を保護して凱旋する、という成果を日誌に記載することになったのだった。



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