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捕らえしもの、囚われしもの【その1】

少し間が開きましたが、第4章開始します。

今章は全体的に長めの構成(全14話)になっております。



「イース班長~~。オレ、もうティールさんと組んで町に出るのヤです~~」


 そんな泣き言を右から左に聞き流しながら、第一班の皆は詰め所で夕食をとっていた。

 迎え火の夜祭り(ベルテイーナ)も過ぎ、オガム地方にも軽やかな夏がやってきた。木々は瑞々(みずみず)しく緑を濃くし、来月には麦も収穫期を迎える。アラグレンの人々は多くが農業と牧畜に関わって生活しており、この時期は何かと落ち着かない。

 町長から頼まれていた地図測量もようやく目途がついた現在、町の詰め所勤務となった班において、大切な仕事は町の見回りだ。班長を除くと六名一組の班構成、二人一組で町中と街道沿いに別れて二組それぞれが回る。残った一組は緊急事態に備えての待機だが、「緊急事態」の多くは家畜か迷子の捜索だ。時たま喧嘩の仲裁を頼まれることもあるが、盗みなどの犯罪に関わることは滅多にない。そんなノンビリとしたアラグレンの町だ。


「クワートぉ? 俺が何したって言うんだよ?」

「ティールさんと一緒に回ると、オレが恥ずかしいし、ついでに落ち込むんです!

 何であんなに女性あしらいが上手なんですかぁ!」

「…………知るか、そんなこと。お前が奥手なだけだろうが。

 うん、嘆かわしい。せっかく目新しい素敵な女性と話す機会があったっていうのに、お前ときたら……。いいか、女性がいたら魅力的なところを探して、褒め称える。これが男としての常識ってもんだ」

「そんな常識、オガムにはありません!」


 今期第25隊最年少のクワートは、去年採用されたばかりの隣市ディングル出身の地元兵だ。純朴な若者らしさがティールのお気に召したのか、何かと彼に構われている。町勤務の際の巡検ではクワートと組みたがり――そしていつも彼に大小の泣き言を漏らさせる。

 隊長と補佐官さん、もしくは隊長とフェフ副長との関係のように、彼らの当たり前過ぎる関係からもたらされる愚痴には、もはや誰も付き合わない。反応すればするほど、かえって遊ばれるだけだということに気付かないあたりがまだまだ若い、とイースはパンを口に運びながら聞き流した。


「なー、ティール? 目新しい素敵な女性って?」


 同じようにクワートは無視して、他の班員が食いついたのは別の話題だ。アラグレンの町は都市間を結ぶ街道からは外れており、あまり外部の人が入ることがない。宿屋も一軒しかないくらいだ。


「なんか物見遊山の旅行者らしいよ。一昨日(おとつい)、町に来たばっかりだってさ。

 多分、いいところのお嬢サマとその付き添い、って感じかな? 結構、美人だったよ」

「へぇ~? 珍しいね。オレ等が言うのもヘンだけど、なーんもない町なのに」

「そうだよなぁ、この先は兵営しかないし、山には羊と山羊と牛しかいないし」

「避暑には早いもんな? 何しに来たんだろうね?」


 ティールとクワートの組が巡検中に見出したのは、妙齢といっていい年代の女性と隊長くらいの年代の男性との二人組だった。

 振る舞いからして明らかに女性の立場が上で、その身のこなしや着ているもの、その他諸々からティールは明らかにその二人、正確には女性の方に上流階級の臭いを嗅ぎ取っていた。同時に、只のお嬢様とも思えないものも見出していたが。


「いくら目新しいからって、何であんなに恥ずかしげもなく、甘ったるい声かけが出来るんですかぁ~! オレには信じられません~!」

「失礼な奴だな、クワート。せめて『華麗で粋な台詞』と言ってくれよ。珍しいお客人なんだから、快く歓迎しないといけないだろうが」

「オレには、軟弱な口説き文句にしか聞こえませんでした!」


 クワートは若いこともあり、この手の話題ではいつも班員達の玩具(おもちゃ)になる。特に錬磨のティールにあっては『人生の先輩として、ぜひとも教育してやらねば』と、いつも嬉々として実践しているようだ。だが不思議なことに、同様に奥手なフェフ副長は誰も揶揄(からか)わない。『副長は、擦れない方が面白いんで』とは誰の弁だったか。

 夕食後の団欒の場でも話題はその旅行者たちだったが、イース自身は特に興味はない。同じように無関心なケーン事務官と、一応は真面目に仕事の話をしている内に夜は更けた。


 探るように控えめにイースの部屋の戸を叩く音がしたのは、そろそろ寝付こうかと考えていた時だった。訪れたのはティール。珍しくはないが、訪問の仕方がいつもとは異なることに、イースは多少の疑問を持って彼を招き入れた。


「すみません、寝る前に」

「別にいいけど……前みたいな暴露話は、却下な?」

「残念ながら、もう話せる事はありませんよぉ」


 ――夏が来る前、イースとティールは少し踏み込んだ話をする間柄になった。

 今までは上手に悟られることなく、のらりくらりと身の上話を避けていたはずのティールが、何故か急にイースに話を振ってきたのだ。

 彼には直接話したはずのない、イースの『忘れられない青春』とやらをどこからか耳にしたらしく、今夜と同じようにある夜突然にイースの下を訪れて、しっかり聞き出していった。引き替えに、自分の『苦い想い』とやらも語ってくれたが、多分全てを話してはいないともイースは感じている。

 どこか照れくさそうに、自嘲混じりで語った彼の『苦い想い』とやらは、確かに隊の誰にも話してはこなかった心の内ではあるのだろう。だが、ティールは固有名詞を決して口にしなかったし、その背景にあるはずの彼自身の身の上については、結局はっきりとは語らないままだった。

 一言でまとめてしまえば――『心の底から惚れて唯一と決めた相手が、兄嫁になってしまったから家から逃げ出した』という話になってしまうティールの打ち明け話だったが、その当の相手にすら何も告げぬままというのは、ある意味ティールらしくなく、一方で彼らしいとも思わせた。


『ねえ、イース班長。想いを告げることすら出来ない相手の、心からの幸せを目の前で見る辛さから逃げ出すような男って、どうしようもないですよねぇ?』


 ――お互いの暴露話となったあの夜。滅多に無い表情で、酒ではない何かに酔った瞳をしたティールは、最後にそう言っていた。


『でも駄目なんですよ。俺には、見る勇気がまだ無いんですよ。

 ――こんな人間が、どうやったら人を惹きつけられると思います?

  どうやって、這い上がったらいいと思います?

  どうやって、彼の期待に応えたらいいと思います?』


 イースがその最後の言葉に何と返したのか、彼自身も覚えていない。多分、何も言えなかった気がする。

 ティールが、わずかとはいえ本心を(さら)け出したのは、その一瞬だけだった。普段の快活で軽い風情をかなぐり捨てて、何か重い荷を背負う者だけが持ちうる強い意思を瞳の奥底に光らせて、彼はイースを値踏みするように見据えていた。

 その視線にイースは(ひる)んだ。前線で何度も味わったものとは違う方向で、自分の生き方そのものを脅かすような強い意思。あれは、相手をひれ伏せさせ、従わせるための意思だ。

 『その為の力を寄越せ』と、そう彼に言われた気がした。


 その夜以来、ティールは少し変わった。表面的には何の変化も見られないが、心の有り様が明らかに違って見えた。何かを果たすために強くあろうとするその意思が、彼をいっそう魅力的に振る舞わせ、そして人との関わりを強くしている。


 正直なところイースはそれ以来、少しだけティールが苦手だ。

 歳や職位はティールが下。軍人としての経歴や実戦能力などは、間違いなくイースの方が上だ。自惚れではなく、それは疑いようのない事実だ。

 それでも――いつか彼の下で働くことになるかも知れない――そんな不思議な感覚に襲われる自分が、とてつもなく奇妙で、少しだけ不安を感じている。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、ティールはイースを立てつつも、巧妙に彼を引き回し、引き当てる。そんな彼の振る舞いに、イースは“上に立つ者”の姿を感じ取るのだ。


 イースは士官学校を出てから、ずっと前線の軍団兵として過ごしてきた。彼自身は常に誰かの隷下にあって、そのことに不満や疑念をもったことはない。彼は、心身共に軍人なのだ。

 信頼できる上官の下にしか付きたくないと考え実行する気概はあるが、だからといって自分が上に立って誰かを思うままに動かす姿は、あまり想像ができない。

 「指揮官」にはなれても「軍政者」にはなれない。自分はどこまでも“一軍人(いちぐんじん)”なのだと自覚している。今のアンスーズ隊長は、イースにとって現状考えうる最上の“上官”だ。隊長の下でなら、どこまでも自分は羽ばたける気がする。

 ――それと同じ“におい”を、なぜティールに感じるのか。


「……班長? 本当に、今夜はそういった面倒な話じゃないんで、あんまり変な顔しないで下さいよ」


 知らず意識が明後日の方向に進んでいたようだ。気を取り直すと、ティールが平常の人好きのする顔で、少し気遣うような表情でイースを見つめていた。


「ああ……すまん。ちょっと意識が飛んでた。お前の『純情』を思い出したら、なんだか心がむず痒くなってさ」

「ひどい言い草……お互い様だと思うんですけどねぇ。ま、それはさておいて」


 イースは寝台に腰掛けた状態だったが、ティールは起立したままだった。椅子を勧めたが『長話じゃないんで』と断って、彼は訪問の目的を話し始めた。


「今日、見つけた『旅人さん達』についてなんですけどね。ちょっと班長にだけは、俺の見解を伝えておこうかと思いまして。

 あの二人――旅行者じゃありません。隠しているつもりでしょうが、女性の方は多分、貴族です。しかも、それなりに上流の」

「貴族? なんでそんなのが、ここに?」


 何度も言うが、アラグレンの町は田舎だ。辺境とさえ言っても良い。オガム地方だけで見ても、規模も重要性も下から数えた方が早い。民政的にも、軍事的にもだ。

 ここに兵営があるのは、単に国境としての間隔や兵営間の地理的な距離が適切だったことと、旧オガムの砦がそのまま使えた故に過ぎない。

 兵営の西にある河は、北の山脈から豊富な水を運び南の穀倉地を潤す大河の源流の一つにあたるが、それを越えた地とて所詮ルーニック国領。

 国境となる山脈は、万年雪を抱くだけのことはある峻険(しゅんけん)な高嶺であり、北にはそれを越えて進軍できるほどの敵国もない。

 農業と牧畜も、この一帯においては大切な糧ではあるが、ルーニック国全体、いやオガム地方だけをとってみても、無くてはならないという程の規模でもない。

 特化した産業もなく、鉱山があるわけでもない。ないない尽くしの、平々凡々とした地域なのだ。


 そんなアラグレンに、ルーニックの貴族が訪れる理由が、イースには思いつかない。

 ルーニック国において「貴族」は、封土(レーン)を持つ領主ではなく、国の運営に関わる行政官や執政官、いわば世襲の官僚機構の構成員だ。

 ルーニックの「貴族」は、男女問わず(まつりごと)に関わることを前提とした教育を受け、適正を持つ者が行政、軍、司法などの様々な国家運営に関わり、他の親族は彼らの活躍を支える商業活動などに勤しむ。国を支える生涯を過ごす者達なのだ。


「だから、只の『物見遊山』じゃないことは確かですね。ついでに言うと、他国の間諜とかでもないです。ちょっと探りで(つつ)いてみましたが、同行の男の方は少し反応していましたが、彼女の方は分かってませんでした。あんなんじゃ、間諜にはなれない」

「探りって…………詳しいな、おい」

「班長~~。俺、こんなのですけど、一応は王都勤務の軍団兵だったんですよ? 人物観察と不審者の洗い出しは、日常業務なんですから、これくらいは出来ないと話になりませんよぉ」


 さらっと告げられた内容が、ティールが過ごしてきた日々と、そこで(つちか)われた能力をイースに教える。戦闘の最前線で戦う者たちとは異なる立場だが、彼らも「前線」で戦っている者たちなのだ。


 イースは知らないが、ティール自身もその出自は「貴族」だ。あまり実感したくはないが、「ご同類」は簡単に見抜ける。

 そもそもティールは鑑識眼に優れ、その中でも人の悪意を見抜く点に、抜群の才能を発揮していた。犯罪者だけでなく、他国の間諜を見つけ出した業績は片手で足りない。そこは、第一軍団でも高く評価されていた。

 よって、第一軍団内で彼の出自を知る者は限られていたが、彼の女性に対する博愛的な言動は実益を兼ねるものとして大目に見られていたし、その結果引き起こされる些細なもめ事も全く問題にはなっていなかった。

 そんなティールが『女性問題で降格』となったのは、ひとえに相手が悪かったとしか言いようがない。ティールはある意味では堅実であり、面倒な相手には近づかないのだが、一方的に惚れられることまでは、さすがに止められない。

 今回の降格は、軍としては『相手の体面を立てて、ほとぼりを冷ますため』の処置だ。ハーガルはそれを知っていて、ティールへの最初の興味を抱いていたわけだ。


 平常と変わらず、にこやかな表情を浮かべるティールに若干引きつつも、イースは話の先を(うなが)した。……何となく、早くこの話題から逃げたかった。


「彼女たちの目的は、俺ら……第25隊ですね。十中八九、正体の予測はつきますが、念のため確認をとりたいんですよ。

 明日、ちょっと動きますんで、明後日には報告できるかと思います。それまでに彼女たちが、こっちに何か仕掛けてくると困るんで、班長にはお知らせをと思いまして。

 ウリヤンド所長も、ケーン事務官も、そこらへんはちょっと弱いもんですから、班長が頼りかな~~という判断なんで、よろしくお願いしますね!」


 ウリヤンドは、詰め所付きの役付き兵だ。職位でいうなら、兵営長に次ぐ第四位。ディングル市の名家出身の中堅地元兵で、妻もアラグレンの旧家出身だ。そのため、地元との繋がりが深い。人当たりのよい善人気質だが、その分押し出しには弱いところがある。

 ケーン事務官は、仕事ぶりは真面目で几帳面だが、気質は柔和で争いごとの全面に立つことには向かない。

 となれば、小隊長として前線で兵を率いた経験のあるイース班長の“威厳”や“重み”が頼りだ。ティールの冷静で確実な人物眼は、とりあえずの楯としてイースを選んだというわけだ。

 一方的に勝手なことを押しつけて、ティールは『じゃ、こっちからは仕掛けないで下さいよぉ…………まだ』という、少し物騒な言葉を最後にイースの部屋を辞した。

 いつものような軽い掛け合いではなく、また得意とする軍事的な活動でもない事態に、イースは為す術もなく、気の利いた返事もできず、ただ彼を見送るしかなかった。

 『――――やっぱり最近のアイツは、なんか苦手だ』と、一気に疲れ込んで、とりあえずの平安を得るために寝台に潜り込んだ。



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ルーニック国については、部分的に中世ヴェネツィア共和国をモデルにしています。

今回出てきたルーニックの「貴族」制度もそうです。

ヴェネツィア共和国の貴族は、国政に関わることができる唯一の特権階級でした。その代わり、公職に就いても無給。

ルーニックではそこまでシビアではなく、封土貴族(領主)ではなくて国政に関わることが「可能な」特権階級というところだけです。


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