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ここに居る理由【その4】

「俺は負ける賭はしないんだ。わかったよ、完敗だ。

 それにしても……お前みたいな部下は嫌だなぁ……隊長の部下で居るのも堪らんが」


 ティールは、諦め半分、期待半分、といった心情でハーガルを受け入れた。彼がティールに何をさせるつもりなのか、彼が『猫』でいるその理由とやらを、知りたいと思ってしまった時点で負けなのだ。

 ティール自身は、今の隊長隷下にいることは楽しいと感じている。だが、長く共にある人たちではないとも感じているのだ。ハーガルに聞かされる前から、隊長と補佐官さんにはある種の『違和感』を覚えていた。軍に在りながら、決して自由に動かすことが出来ないであろう人。自分は彼らとは共に歩めない、それがティールの判断だった。


「ありがとうございます。イースとラーグは後半年。この冬には異動します。多分、南方戦線に。そこで自分以外の『猫』によって、最終的な見極めがなされるでしょうね。その時期に、貴方もここを追い出されると思います。ぜひ自分と一緒に来て下さい。前線勤務も悪くありませんよ?

 ――隊長と補佐官さんがどうなるのかは知りませんが」

「それは気にならないのか?」

「個人的にはとても興味がありますが、『猫』として彼らは関心を持つべきではない相手ですので。『対象』に個人的な感情を持たないことは『猫』の鉄則ですが、同様に『不可侵』の相手を見極めることも、『猫』の性質です。危うきには近づきません。

 ですが、ティールはそのいずれでもないので、『猫』らしく、目一杯最大限の関心を持たせていただきます」

「そんなこと、正々堂々と告げるなよ、本人に……」


 どうやら面倒な相手に見込まれてしまったようだ、と気付いた時にはすでに遅し。

 だがティールはそれほど嫌な気分ではない。安穏な貴族の暮らしを捨てて、職業軍人を目指したのだ、高い評価を受けて嬉しくないはずはない。

 どこがハーガルの目に叶ったのかは分からないが、それならその期待に応えてやろうじゃないか。それくらいの気概はあるティールだった。


「ところで、最初の質問に戻りますが、どうして『騎士団』を避けたのか話していただけるのですか? とりあえず家格からすると支障なかったはずですが?」

「……『家』からなるだけ離れたかったから、というところかな? どうやらそれも知っているようだが、俺の家はそれなりだし、身内がすでに騎士団にいる。家からの接触を避けようとすれば、軍団を選ばざるを得なかったということだ」


 さりげなく誤魔化していたはずの話題に戻された。こういった点において、ハーガルは抜け目ないというか容赦ない。

 だが“家”を出たかった理由は言わない。大したことではないが、何となく気恥ずかしいものだ。他人が聞けば笑われるか揶揄(からか)われるような理由だが、ティール本人にとっては生涯の一大事だったのだ、当時は。そして、ティールが抱くその気持ちは――今も変わらない。


「そこは口が堅いですね。でしたら、(から)め手で行かせていただきますね。

 以前、隊長が言っていた言葉があるのです。

 『ティールとイースは、変なところ(・・・・・)で似た者同士だ』、と」

「イース班長と? どこが?」


 同じ第一班の班長、彼の為人(ひととなり)はある程度見えてきてはいるつもりだが、ティール自身は、隊長に“変なところ”と言われるような類似を感じたことはなかった。確かにイース班長とは、同じように軽い口調と態度が似ているとよく評せられるが、それは別に“変なところ”ではないだろう、今更だ。


「イース班長が『非婚の誓い』を立てられていることはご存じですか? 彼は、成人前に生涯を懸けたお相手がいたそうです。……叶わなかった愛に殉じる、純粋な人なんですよ、あの人『も』」

「っ?! …………だから『猫』ってやつはぁ……っ!!」


 思わず悪態をついたティールを責めることはできないだろう。誰しも、個人的な事情まで探られて良い気分になるはずも無い。


「自分の名誉のために弁解しますが、イース班長の事情は勝手に調べたのではなく、本人から聞き出したことですからね! ラーグ班長だってご存じですし、ティールも聞けば教えてくれますよ?」

「そしたら俺の事情も聞かれるだろうがっ」


 イースなら間違いなくそうだ。引き替えに、洗い浚い吐かされるに決まっている。それほど長い付き合いではないが、所属班の班長として身近で接しているだけに、ティールには間違いのない事実として理解できる。


「最初に言いましたよ……『傷口は、直接は(・・・)(えぐ)りません』、と」

「もう十分抉ってる……直接自分のことを言われるより(こた)えるな、これ。 ……それで、俺の事情の方は誰から聞いた? どうやって調べた?」

「えっと……これはティールに告げていいものか」

「ここまで来たら、開き直れ。中途半端に隠されると、羞恥心で俺が泣く」

「泣くって、貴方……。 サイリャさんですよ、糸口を与えてくれたのは」

「は???」


 誰からも隠し通してきたつもりのほろ苦い想いを、ハーガルに漏らした相手への復讐を心に思い描いていたティールに告げられたのは、一番思いも寄らない相手だった。



「ティール? 何だか面白い顔になっていますが、大丈夫ですか?

 そう、あれは貴方とサイリャさんが別れる少し前ですね。彼女から貴方のことについて相談されたことがありました。ほら、自分は『話し相手』に向いていると見られる人間ですから」


 要は、ティールとの“お付き合い”について何かしらの不安を抱いたサイリャは、同僚であるハーガルを相談相手に選び、そこから得られた知見とティールの出自、加えて例の隊長の言葉を思い出したハーガルが、推測を立てて照査したという訳だった。


「正直、半分は勘です。何しろ、貴方の側からは情報が得られなかったものですから。ただ、サイリャさんが気付いた不安は確かだと感じましたし、そこからは些細なことの積み重ねです。王都の誰も、貴方の事情をご存じないです。安心して下さい。

 それにしても――隊でも指折りの『軽い』お二人が、揃いも揃って純情(・・)を引き摺っているとは予想外でした…………っ!! 叩かないで下さいよっ しかも本気でっ!!」

「ええい、黙れっ! その減らず口を閉じろっ! 何も見るなっ 何も聞くなっ!!」

「ちょっ!! 『猫』に対してそれは、死ねって言うのと同じですっ!」


 思わぬ方向からの心理的攻撃で、ティールの動揺は収まらない。どこまで意識してのことなのか、ハーガルもそこを(つつ)いて楽しんでいる。すっかり打ち解けた様子に見えることに、ふと我に返ったティールは苦笑した。いつの間にか、ハーガルの間合いに取り込まれている。これが彼の“手”なのか。

 こんな関係も悪くない。まさかこんな辺境の地で、『猫』なんかと関わることになろうとは思いも寄らなかったティールだが、何事にも「巡り合わせ」というものはあるものだ。

 ハーガルもいつもの真面目そうな表情は崩していないが、目が楽しそうに揺らめいている。実際、嬉しいのだ。彼を見込んでから半年あまり。長かったが、ようやくハーガルの願いが叶いそうだ。


 『オガムの古語では、“人との出会い”と“幸せ”は同じ発音なのよ』と教えてくれたのは、サイリャだったか。

 そんな仄かな思い出と共に、ティールは今ここに自分が居る理由について考えていた。



 急に賑やかしくなった二人が気になったのか、もう一組の客がこちらに視線を向けてくる。町衆の男たちが6人ばかり。同じように談笑をしていた彼らだ。

 町の人々と第25隊の関係は良好だ。隊員が昼間っから酒を飲みつつ談笑しているくらいでは、目くじらを立てたりしない。第一、それはお互い様というものだ。

 『誰かと思えば、色男の兵隊さんじゃないか!』と、顔見知りの町衆が声をかけてくる。親世代の彼はサイリャの父の商売相手で、彼女を通してティールとも面識が深い。今となっては少しばつの悪い相手ではあるが、だからといって共に人当たりは抜群のティールとハーガル。そこは相手に気付かせることなく上手くあしらえる。


「いやー、親父さんは反対してたが、サイリャは結構本気だと思ったんだがなー。まさか、サイリャの方から兵隊さんみたいは色男を袖にするたぁ、思っちゃみなかったよ。すまないな-、色男さん!」

「おやじさ~ん。傷口を抉らないで下さいよぉ。こう見えても、俺は結構繊細なんですよ? サイリャみたいないい女に振られて、本当、落ち込んでるんですってば」


 良い酒のつまみを見つけた、とばかりに、もう一組の客であった町衆がわらわらと集まってくる。サイリャは町でも評判のよいお嬢さんなのだ。誰もが春分祭り(オースターラ)の前にあったティールとの別れを知っているし――そして、そのサイリャが近々結婚することも知っている。

 サイリャの父はアラグレンの町で手堅く商売をしている。隣りのディングル市での商売相手の一つである、とある中堅どころの店の息子を婿取りし、この夏にも結婚することが決まった。先方からはかなり以前から是非にと持ち込まれていた話であり、相手の息子は大の乗り気であった話だ。ティールとの付き合いが続いている間は、けんもほろろだったようだが、結果的にその話を受けたのはサイリャ自身だ。

 ティールとの別れを選んでからそれほど時間が経っているという訳ではないが、適齢期のお嬢さんとしては無駄に時間をかけるつもりはないのだろう。むしろ、その話を受けることにしたからこそ、ティールとの別れを選んだと考えるべきだ。


「そういや、そのお相手のお坊ちゃん。今月からおやっさんの店で手伝いしてるんじゃなかったか?」

「そうだそうだ。どうもサイリャにベタ惚れみたいでなぁ。修行だなんだの言っているけど、ありゃ側に居たいだけだぜ?」

「いやー、サイリャも罪作りだなぁ~。おぅ! 色男の兵隊さん! ここは一つ、恋敵の顔を拝みに行っちゃあどうだ? オレらが案内してやるぜ!」


 酒も入っている所為で、どこまでも陽気に悪気無く、それでいて明らかに悪ふざけの意図を隠すことなく盛り上がる町衆たち。対外的には「気の良い、若造の兵隊」でしかないティールなぞ、酔っ払いたちのいい玩具(おもちゃ)でしかない。

 勝手に自分の話で盛り上がる男たちに、苦笑しかでないティールと、助けを出す気など更々ない風情で、しかも『猫の目』で成り行きを見守るハーガル。

 なし崩し的に二組は合流し、主にティールと隊長の話題をつまみに穏やかな午後が過ぎていった。


* * * 


 急に店の外が騒がしくなった。気付けば店で盛り上がる町衆は増え、何名かは入れ替わり、そろそろ夕方の気配が近づきつつある。

 詰め所付きのハーガルはともかく、兵営に帰る必要があるティールはそろそろ時間切れだ。まだ盛り上がる町衆に引き留められつつも、気持ちの良い笑顔と共に辞去の挨拶を向け、彼は立ち上がった。彼も酒にはめっぽう強いため、その挙動に覚束ないところは一つも無い。

 店長にも声をかけ、ハーガルとは視線のみで言葉を交わし――出口に向かおうとしたその目の前で、突然大きく扉が開かれた。

 赤い顔をして息せき切って飛び込んできたのは、ティールたちよりは少し歳下――フェフ程の年にみえる若い男だった。オガム人らしい茶色の髪はやや乱れ、緑の瞳は複雑な感情と大きな決意を隠そうともしていない。

 そんな彼は店内を見渡し――真っ直ぐにティールを見据えた。


「あ、あんた……じゃない、お、お前……じゃない、あなたがティール、さん!?」


 初対面の相手、そして商売人として身についた態度と、怒気を向ける相手に対する態度がごちゃませになった感情のまま、彼は言葉を乱しながらティールに向き合う。

 突然の名指しに驚きはしたが、先ほどまでの話を思い出し、ティールはすぐさま目の前の彼の正体に思い当たった。彼がいわゆる『恋敵』なんだろう。


「ええ、そうだけど……。なんか用かな? そちらとは初対面だと思うけど?」


 言い方は悪いが、彼は平凡な容姿だった。見目だけなら明らかにティールの方が勝っている。商売人としての資質は分からないが、少なくともこんな訳の分からないような出会い方をしてくるということは、今はまだ有能とは言い難い。

 奥の卓から『猫の目』で興味深そうに眺めていたハーガルも、冷静に判断を下す。ティールの圧勝、と。


「ええっと……その……。うん、あんたなんか怖くないからなっ!

 今さらサイリャを取り返しに来たって無駄だからな! 誰にもやるもんかっ!」




「…………ねえ、おやじさん。若いって、いいですね」

「兵隊さん、あんただって十分若いだろうに」

「いやぁ、あんな青臭くて恥ずかしげもない台詞。もう自分には言えませんよ。彼みたいなのは、自分たちにはまぶし過ぎます」


 顔を真っ赤にして、それでも「言ってやったぞ!」という充足感を全身に表す若者。

そして、どんな顔をすればいいのか困惑の極みにあるまま立ち尽くすティール。


 そんな二人を、ハーガルを始めとする店内の客は呆気にとられつつも興味津々で見守る。ここから一騒動が起こることを、誰もがどこかで期待しているようだ。

 ――田舎には娯楽は少ない。やはり“今期の兵隊さん達”は面白くて仕方ないと、町衆達は楽しい“娯楽”に、深く感謝するのであった。

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