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ここに居る理由【その3】

「ティールは貴族の血をひいていますよね?

 でしたら、普通は『騎士団』所属です。そもそも貴方は士官学校ではなく、騎士養成機関の出身。軍団所属は、本人が希望しなければあり得ません」

「……よく知ってるな」


 ティールは自分の経歴については一切他言してこなかった。この第25隊でも自覚があるだけに、素直に驚いた。どこから得た情報なのか。隊長か、補佐官さんか。あの二人なら知っていても驚かない。


「ティールは、普段の口調や態度はぞんざいですが、食事の所作や人と接するときの所作が綺麗で(よど)みない。これは自然に出ているものです。よって、貴方の育ちがよいことは分かります。

 あと、第一軍団は軍団兵の中でもちょっと特殊です。常に王都勤務で、前線には出ない――つまり前線に出せない理由がある、しかし騎士団の元で王都の守護を担うことができる能力と立場はある。そんな事情がある軍団兵が所属するところです。そこからの推測と、独自の照査(しょうさ)の結果です」


 まるで当たり前で普通のことのように解説するハーガルだが、その洞察力と分析力は一般兵のものとも思われない。

 彼に言われるとおり、かつては「国の騎士」となるためのそれなりの教育――特に、人の上に立ち、国家の動きに携わることも想定した軍政者・施政者としての教育を受けてきたティールとしては、ハーガルが今示した才覚を見逃せなかった。――ハーガルは“ただの”兵じゃない。


「今日はいい機会なので、色々と謝罪させていただきます。

 実は、最初のうちはかなり『疑って』いました、貴方のことを」

「疑って……? どういう意味だ?」

「軍のどこかが、何かを企んでいるのかと。貴方が、隊長に含むところがある可能性を考えて、その背景を探っていました」


 ハーガルはいつもの軍人らしい真面目な表情のまま、瞳の輝きだけを仮初(かりそ)めのものではない、強く真摯なものに変えた。これが本来の彼なのかも知れない。人好きのする“兵隊さん”ではない、“軍人”としての姿。


「今は軍団所属の一兵卒とはいえ、貴方は将来、軍の上層部――軍政・軍令を担当する立場までつながる可能性がある人です。軍のどこかの(めい)で、何かしらの意図を有して“飛ばされてきた”風を装っている恐れがありました。それを、誰が、どこの部門が企んでいるのかは、自分にとって知るべきこと、調べるべきことでした。

 ――結果的に、そんな裏は見つかりませんでしたが。疑ったこと、お詫びします」

「……それで、お前はどうしてそんなことを気にする?」


 正面からの詰問と、明らかに表面的な謝罪を受けつつ、ティールが最も気になったのはそこだった。もしティールが『隊長に含むところがある』立場であったとしても、何故それをハーガルが気にとめるのか。


「それが仕事の一つだからです。

 『猫の目、猫の耳は、どこにでも』――ティールならご存じですね?

 自分は調査部の人間です。確かに前線勤務ばかりですが、ほとんどを補佐官として過ごしてきました。嘘は言っていません」


 ――再び天を仰ぐ羽目になるティールだった。



「はぁぁ…………よりにもよって『(ねこ)耳目(じもく)』かよ……。

 っていうか、お前!? それを俺にばらしていいのか? 守秘義務は?!」


 ルーニック軍組織における調査部、いわゆる“情報部隊”は、いつからか「猫の耳目」と呼ばれている。対外的な諜報活動のみならず、内部監査も担当する部署だ。

 一般の軍団兵として士官の指揮下に入るが、実際は様々な情報収集を行い、軍上層部に報告することがその仕事。

 敵情調査の場合は作戦行動を熟知する必要があり、また内部調査の場合は調査対象が士官であることから、彼ら『猫』は補佐官職に就くことが多いと聞く。

 誰知らず紛れ込み、静かに知られることなく必要な調査や査閲を行い去ってゆく、その姿が「猫」に例えられた彼ら。ティールはその経歴から『猫』の存在を知っているが、普通の軍団兵はまず知らない。大隊長まで務めた隊長なら知っているかも知れないが――。

 彼の告白が真実だとすれば、彼は主に士官級の人物たちを見張る役目なわけで――今、彼が“ここ”にいるということは、隊長以下第25隊の誰か(・・)がその対象になっているということだ。


「ご心配なく。今期の自分の仕事は『監査』ではなく『査閲報告』だけですので、支障ありません。半分は休養目的らしいです。上司曰く『多分、息抜きや静養にはならないだろうが、楽な仕事』ということでしたが……本当にその通りでした。これほど楽でありながら、これほど面倒な仕事は経験したことがありません……楽なのに気楽じゃない仕事って、想像以上に疲れますね」

「いや……そうじゃなくって、お前が『猫』だってことを、()に知られていいのか?ってことなんだが」


 この2年間の生活を振り返って、どこか遠く疲れた目をしたハーガルだが、心配する部分が違う。ティールとしては、本来正体を隠すべき『猫』が正面から名乗ってくることなど驚きの極みであるし、そのことによりハーガルの任務や立場に支障を来すことが心配だ。

 だが、同じ指摘はティールに対しても言えるだろう。

 ティール自身は至極真面目に感じたままを口にしたのだが、まずはハーガル自身のことを心配する言葉を発する彼。調査部の人間であるとの告白に驚くのはともかく、責めたり咎めたりする雰囲気の片鱗も見せずに。

 そんな彼を見て、ハーガルは心の中でほくそ笑んだ。――見込んだ通りだと。


「ティールは知っておいた方がいいと思っての判断です。この『ハーガル』と言う人間がどのような立場であるのかを、貴方は武器にした方が良い。

 自分は、貴方が『上』に進む人間だと見込みました。とすれば、いつか知ることになる。そして先に知っておいた方が『使える駒』を“使い”やすいでしょう? 自分もどうせなら、気を許した人間に使われたい」


 表情を変えることなく、まっすぐに目を見据える。ティールの涼やかな青い瞳は、見ていて気持ちいい。隠し事は多分にあるだろうが、変に穿(うが)ったところを見せない素直な目。自分とは異なるその輝きが美しい。


 ハーガルは自分の立場と生き方を分かっているつもりだ。

 決して陽の当たる場所で活躍することのない陰の立場。それを望んだのは自分自身である。今までの活動の中でそれを後悔する気になったことは、幸いにして無い。

 だが『陰』であるのならば、『陽』が必要だ。

 それを何に求めるのか――少なくとも国ではない、残念ながら。国という捉えきれないものを支えにできるほど、ハーガルは強くない。

 ならば、自分で望み選んだ『誰か』をその陽に仰ぎたいと思うのは、自然な感情だ。ハーガルのみならず、多くの『猫』達が望んでいることでもある。


 自分は幸いだ――ハーガルはそう思っている。先の任地で興味深い人物達に出会えた。そして今回の任地で『陽』の候補を見出せた。これを幸いと呼ばずして何と呼ぼう。


「……とりあえず、その件は一旦置いておこう。で、分からないことばかりなんだが?

 この際だ。俺が尋ねれば、話せることは話すつもりなんだな?」

「いいですね、その反応。見込んだとおりです」


 兵営でも詰め所でもない場所。だからこそ、誰の耳目も気にすることなく話せる機会でもある。昼時をとうに過ぎ、店に残るのは彼らと、日中から暇を持て余しているらしい一組の町の男達だけだ。

 ティールの鋭い問いかけに、ハーガルが言葉を選び、反応を伺いながら答える。

 そのやりとりに、二人共が同じように手応えを感じていた。職業軍人として、そして彼らをその指先からの指示で動かすことになるであろう立場として。政治的な判断を成す人物に必要な要素を、お互いに感じ取っていた。


「――つまり、お前の査閲対象は両班長だけであって、隊長や補佐官さんは関係ない、と。だがあの二人が軍にとって『特殊』な立場らしい、ということくらいか」

「そうですね。自分も隊長が一体何をやらかして降格になったのかは、本当に知らされていません。調べることも出来ませんでした。

 休戦が正式に決まる前でしたので、本来なら前線の大隊長を引っ込めるはずは無い。軍にとって、よほどの理由があったとは思います。ですが、自分が知りうる限りの情報では、隊長の大隊が何か不始末を起こしたという記録はありません。戦果は山のようにあったのに」


 ハーガルが確認した範囲において、アンスーズ隊長が率いた大隊の戦果は、第四軍団随一だった。隊員の負傷率も驚くほど低い。重傷者はそれなりにいたが、戦死者はほとんどいないのだ。


「結果を出している大隊長を、休戦にもなっていないのに下げる、か……。その上、軍法会議にかける訳ではなく、内々に処理して守備隊に降格。普通はあり得ない待遇だな、確かに。直接隷下に居た小隊長である、イース達すら知らない理由なら、『表沙汰にできる理由は無い』というに等しいな……」


 前線の軍団兵にとって、頼れる指揮官は得がたい存在だ。自分たちを勝利に導き、生命と身体と精神を守ってくれる、従うべき相手。そんな上官の「理由無き降格」など、その隷下の兵たちが素直に受け入れるはずがない。

 最前線にあって勝利を多くし、気力が萎えていない兵たち。彼らにとって大隊長は恭順対象であったはずだ。それ以上に、彼の指揮下で実際の作戦行動を行ってきた下士官、小隊長級の者たちにとっては軍令の裏切りに等しい。

 よくぞ彼らは素直に引いたものだ。自分だったら職務放棄しかねない、とティールは嘆息した。最前線での命のやりとりを行った経験はないが、想像することはできる。

 ――いや、素直に引いていない者たちもいたのだった。“やらかし降格組”の両班長。彼らは隊長を戻そうとせず、付いて行こうとしたのだ。


「ともかく、隊長が降格されることだけを知ったイースとラーグが、その隊長達に付いて行くために『やらかす』手伝いをしたのは、査閲の一環です。思った通りの結果になりましたが」

「――仮にも前線の軍団小隊長が二人もそろって、上官に無断で敵陣に潜入したりはしないぞ、普通は。それをやり遂げて敵の将官を分捕(ぶんど)ってくるのはさすがだが、そりゃ降格させざるを得ないわな……」


 単に「もう少しで軍法会議モノだった」とだけ本人達から聞いていた降格理由だが、予想より酷かった。自分の「女性問題」なんてものは比べものにならない、とティールは再び嘆息した。ある程度は覚悟してから尋ねた内容だが、なかなかに心が疲れる。あの、のんびりほんわかした朝までの雰囲気は、一体どこに行ってしまったのだろう。


「それで、彼らは『将官候補』になりました。軍人としての能力の高さ、そして判断の迅速さ。行動の大胆さと精緻さ。いずれも十分です。

 自分が流した情報は『隊長と補佐官が降格された』ことと、『敵軍の位置』だけです。それだけで、彼らは予想以上の行動をとってくれました。彼ら、早かったですよ? 隊長達が下げられてから5日、自分が情報を流した3日後には、もう本隊に居ませんでしたから」


 当時、ハーガルが就いていた中隊長、その時は代理大隊長であった士官の狼狽はひどいものだった。精鋭の小隊長の不在をなんとかごまかそうとし、却って露呈させる始末だ。ハーガルはその姿を見て最終的に彼を見切り――その代わりに、イースとラーグを候補に昇格させたのだ。

 士官として「戦術」を駆使する立場ならば、確かに軍規に従い、指揮に逆らうことなく行動することが何よりも大切である。

 だが、「戦略」に関わる将官は違う。必要な結果を出すために、自分で行動を考え、時として大胆に行動する能力も求められる。イース達は、その力を上層部に垣間見せてしまった訳だ。

 そして、それを見誤ることなく確認したハーガルとて、優れた判断能力を示したことを意味している。

 彼も『猫』として、いつか「上」に進む人間なのだろう。確か調査部の上層部は『猫の王(ケットシー)』と称されていたはずだ。彼もその妖獣になるのか。

 ――ティールの身近に居たはずの彼らが、急に空恐ろしいものとして見えてきた。なんて相応しくない“閑職たる守備隊の兵”なのか。


「ティールは自分を過小評価し過ぎだと思いますよ。貴方だって、十分将来有望です。少なくとも、自分が貴方に話した内容を完全に理解できるだけの知識と知見があり、出自も確か。今回の降格は相手が悪かっただけで、言い方は悪いですが“女性問題”としては軽微な方です。大した汚点にはなりませんよ。

 貴方は、いつか必ず『上』に進みます。賭けましょうか?」

「何を?」

「お互いの将来を」


 硬い表情から一転、「今期の兵隊さん達」らしい緩やかな表情に変わるハーガル。


「貴方が『上』にたどり着いたのなら、自分を使って下さい。ついでに自分の手伝いもお願いします。貴方が『上』に進まないまま軍を退くようなら――それまでの間に、自分は軍を出ているでしょう。

 自分が軍の『猫』で居るのには、それなりの理由があるのです。『上』の人間に手伝って貰わないと難しいような理由がね?」


 明らかにその詳細を告げる気はなく、だが相手の関心を間違いなく引く、見事なまでの駆け引き。ティールは完敗だった。




-----2016.04.06-----

推敲した結果、後半部が1.4万字を超えてしまったので、分割数が変わりました。

第3章【ここに居る理由】は「その5」までの五分割になります。

「添削」をすると、「添」ばかりで「削」が少ないという、自分の悪い点が発揮されてしまいました……申し訳ありません。

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