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egg tower

作者: 克微 ショウ

一時間執筆企画、テーマ「卵」で書きました。

「高山さん、これでなら、やっていただけますか」

 目の前の黒服の男はそう言って、アタッシュケースを開く。整列した福澤氏が俺を見定めるように凝視した。熱い視線が痛い。俺には無理だ。

「……私は確かにプロフェッショナル中のプロフェッショナルだ。しかしこの私の業界一の速さと確実さをもってしても、いや、もってする前からして無理な相談だ」

「一億ではダメと言うのですか」

 とんでもない。この職は高収入と言えど、一億総諭吉が耳を揃えてやってくることなど決してない。

「お金の問題ではなく、私の腕、いや、人間の能力の限界の問題だ」

「ご謙遜が過ぎますよ、高山さん。……連れて行け」

 男が急に声を荒げた。連れていけ? どういうことだ。つまり? 逃げなければ。混乱した頭がこいつは危ないと警告する。足を動かそうとするが、遅かった。扉から現れた複数の黒服が俺を囲む。

「おかしい! 全員おかしい! 常識で物を考えろ!」

 俺の魂からの叫びを合図に、黒服達は俺に飛びかかり、我先にと俺に布をかがせようとする。いや、それもおかしいよね!? 役割分担とか――



 目を覚ますと、視界に入ってきたのは、白い、かたまり。いや、よく見ると、卵だ。今朝も朝ごはんを作るときに見た、そう――卵。しかも大量だ。大量の卵が、組体操のように組み合わされタワーとして聳え立っている。何だこの技術は。そして奴ら、あの依頼は本気だったのか。

 うんざりしながら身体を起こそうとすると、側にいたらしい黒服が近寄ってきて、手を貸してくれた。

「目覚めましたか、高山さん。さあ、お願いしますよ」

「……だから、無理だと言っている。私はひよこ鑑定士であって、たまご鑑定士ではない。生まれる前の卵の雌雄が分かるわけないだろう」

 正気ではない依頼だ。ひよこ鑑定の方法はいくつかあるが、俺は日本発祥の熟練技術として知られる肛門鑑別法を用いている。ご存知の通り卵に肛門はないから俺には無理だ。というか常識で考えても無理だ。狂ってる。

「しかし、見てください、高山さん」

 黒服がそう言うと、光が差した。眩しい。なんだこれ。何か聞こえる。ぱちぱちぱちぱち。いや、なんの拍手だ。

「いったい……」

 拍手がやむ。明かりは差しているはずなのに、視界は黒い。何事かと思えば、目が慣れるとすぐにわかった。ここはステージの上だ。そして観客席には、大量の黒服。なんなんだ、お前達は!

「高山さん、では貴方の雇い主のお言葉をお聞きください」

 いつのまにかマイクを持っていた黒服がそう告げると、観客席、最前列の真ん中にいた、唯一黒服ではない少女が立ち上がった。見るに、まだ中学生か、高校生といったところだ。しかし身につけているのは、優雅なドレス。状況から察するに、相当の金持ちの令嬢なのだろう。いったい何のために、俺にこんなことをさせるのだ。

「伝説のひよこ鑑定士、高山昭二よ。ここまでの旅路、ご苦労であった」

 少女はにい、と笑う。令嬢としての麗しさと、これから見られることへの無邪気な期待の両方が混ざったような微笑みだ。俺としては今まで嗅いだことのない高級なクロロホルムをありがとうございますと深々と頭を下げたいところだったが、出来る雰囲気ではなかった。

「今宵、あなたにはこの卵の雌雄を判別してもらう。私は普段卵料理は一切食べないのだが、今日はどうしても巨大オムレツが食べたい気分でな。あなたが雄だと判別した卵のみを使い、専属料理人が調理する予定だ。心してかかれ」

 再びにい、と笑い、少女は着席した。

 ……なぜに、雄だけ? 首を傾げると、隣の黒服が耳打ちしてきた。

「お嬢様は雌アレルギーでして、その……はしたないと思われるかもしれませんが、雄由来のものしか口にできないのです」

「はあ」

 何がはしたないのかはよくわからないがその思想は彼の自由だ。耳打ちなのにマイクに拾われてだだ漏れなのも気にしない。

 ……さて、どうしましょうね。冷や汗がだらだら出てきた。

 とりあえずスーツの袖を捲りやる気を見せる。しかし卵の雌雄などどうやってもわからない。常識を知らぬ令嬢め。いや、今は文句を垂れている場合ではない。

「……では、ご覧に入れましょう」

 ポーカーフェイスで宣言してみたが、手段は何も思いつかない。冷や汗が床に垂れる音が聞こえた。

 一歩、二歩、ゆっくりと卵タワーに近付く。考えろ、何かないか。卵の肛門を見る方法。ない。卵の中を奇跡的に透視できても何もわからない。科学技術ならあるいは可能かもしれないが、しかし今この場で俺に出来ることは、何もない。

 卵タワーの目の前に来た。

 もう、これしかない。

 勘だ。

 高山昭二、五十三歳。随分と長い間この仕事をしてきた。素早さにおいても、確実さにおいても俺の右に出るものはいなかった。俺に見分けられない雌雄などない。そうだ。長年の勘をもってすれば、たとえ卵の状態であっても、分かるはずだ。俺なら出来る。

 覚悟を決めた瞬間、今までにないくらい神経が研ぎ澄まされているのがわかった。目の前の卵ひとつ、それだけに全感覚を向けている。

 俺はごくりと息を一飲みし、目の前のただひとつの卵に向けて手を伸ばし――――掴んだ。さあ、やるぞ。俺の一世一代の大仕事。


 卵を抜き取った瞬間。

 複雑に組み立てられたいた卵タワーが一瞬のうちに崩壊した。

 降り注ぐ卵。鳴り響くぐしゃりという音。べたべたになるステージ。静まり返る会場。一つ残らず、積まれた卵は割れた。

 残ったのは俺がこの手にもつ、たった一つの卵。俺はそれを掲げて、会場中に聞こえるよう、高らかに宣言した。

「これは、雌です!」

 静まり返っていた会場は、黒服達の歓声と盛大な拍手で埋め尽くされた。

(2016年11月6日あとがきを追記)

拙作ですが、お読みいただき誠にありがとうございます。

最近、卵の状態でひよこの雌雄を判別する技術が出来たようです。驚きのあまり思わず一年も前の作品のあとがきに書いてしまいました。

参照:http://jp.techcrunch.com/2016/10/31/20161030teraegg/


それでは、今後とも(読んでくださってる方がいらっしゃるのかは分かりませんが)(次の投稿がいつになるかもわかりませんが)よろしくお願い致します。

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