藤原さん 7
藤原さん 7
「今日も日差しが強いなー。」
俺はため息をついた。授業の組み方のせいで、ぽっかり時間が開いてしまった。暇だからと駅の本屋にでも、と思い歩いていると藤原が前を歩いていた。
俺は声をかけた。
「藤原。」
彼女が振り返った。
「どっか行くのか?」
「迷っているの。」
どこに行くかを決めずに歩いているところが面白い。
「夏になるとホラーよね。」
信号待ちを待っていた藤原は、突然言った。眉どころか髪さえも動かさずに。藤原の見ている方向を見ると、映画の宣伝がある。女優がおびえたように目玉を大きくしている。
「まぁ、たしかに増えるな。映画でもテレビ内容でも。暑いから涼しくなろうって話だろう。ホントに涼しくなるかは、個人差があるみたいだけど。」
「たしかに、確実に涼しくなるとは限らないわね。怖さに慣れている人もいるかもしれないし。矢口君は、ホラーとかどう?」
藤原はそう話しながらも、歩きだす。
「好きじゃないなー。別に見れないわけじゃないけど、叫び声がな……。」
「叫び声?」
「まぁ、女性に限らずだけど。きゃーきゃーうるさいんだよ。」
「なるほど。」
「まぁ、静かなホラーもどうかと思うけど、あんまり叫ばれてもね。藤原は?」
「そうね、わざわざお金を出して怖いものを見に行きたい気持ちがわからない。」
「それ言ったら、映画会社も泣くしかないな。だけど、実際には見に行きたい人が多いんだろうなー。続編とかよく出ているし。いや、映画に関係なくても怖いことが起きるってことがなんとなくわかっていつつも、人はそっちに向かうらしいよ。」
「なにそれ?」
「これ、絶対怖いことになる!ってわかっていても、見に行こうとか確認しよう自分が間違っているって証明しようって作用があるんだとさ。」
「へぇ。不味そうだと思っても、食べてみるのと一緒かしら?」
「う、うーん。」
本屋が見えてきた。
「あ、じゃ、俺は本屋だから。」
「ええ、ここで。」
返事をする前にそこで、藤原と別れた。その翌日。
「意外と美味しかったわ。」
「いきなり言われても。何の話だ?」
朝、開口一番、挨拶も抜きで藤原が言った。
「昨日、矢口君と駅ビルの前で別れた後、まずそうなラーメンの店に行ったのよ。ホントにまずいのか、確かめてみようと思って。」
「どこにあるんだ?」
詳しい話を聞くとひらめいた。
「わかった!それ細くて入り込んだ、暗くて汚くて店名の読めない店じゃないか?」
俺は目を丸くした。あんなところ、男一人でも行くか?と問われたら詳しく知らないなら絶対に行かないと言うだろう。なんとなく恐い。そこに一人で行ったのか?その話に俺はホラーなみにぞっとした。昨日、あんな話を言わなければよかった!
しかし、藤原は平然としている。
「シャラクっていうんですって。読めないんだけどって文句を言ったら店名を教えてくれたわ。写楽からきているんですって。店主の趣味で店内の壁に絵が描いてあったわ。あの店舗の外見で、出てくるのが意外と美味しかったのよ。」
珍しく藤原がにんまり笑った。一瞬の出来事だったが。
「へぇ。……行ってみようかな。」
「いいけど、問題が。クーラーが効いて無いの。ほかに客はいなかったんだけど、店内は狭いし、メニューはラーメンだし。」
俺は顔をしかめた。
「暑いな!」
「そう!まぁ、おかげで店で出てから涼しかったわ。ああ、あと店主の顔も怖いけど、あれは慣れね。」
「慣れ……怖いんだ。」
「奥さんが入院してから、常連以外はめったに来ないそうよ。いいわね。人が少なくて、美味しい。」
「いや、客側には理想だけど、店的には問題だと思うぞ。つぶれちまうだろ。」
「それは困るわ。」
「誰かに薦めてみるか?」
「そう?じゃあお願いするわ。」
「え?」
「私、美智佳さん以外、お勧めしたい人もいないし。」
藤原はそういうとふらっと去っていった。俺は、お勧めしたい人に入らないのだろうか?昨日偶然会わなかったら今日のこの話はなかったかもしれない。そのことに、なんとなく寒気を覚えた。