弐・アスリート〜狂想曲(カプリッチオ)・2
眉を寄せて明彦は声がしたほうに視線を向ける。
女の子が立っていた。同じ顔をした少女がふたり、手を繋いで立っている。多分双子なのだろう。ここまで同じ顔をしていて、服装まで同じなのに、赤の他人や単なる姉妹と言う可能性は薄い。
「?」
明彦は周りを見回した。自分しか見当たらない。と、言うことはこの双子は明彦に声をかけてきたのか。それにしては意味の通じない言葉だ。
着ている服もこの学校の制服ではない。どこか他校の生徒か。
平日の真昼間から、何をしているのだろう。
「何のことだ?」
片方の少女がにこやかに微笑んで、言う。
「わたし、音亜」
そして手を繋いでいる同じ顔の少女を指す。こっちの少女はまったくと言っていいほど表情を浮かべていない。同じ顔なのにひどく違和感が付きまとう二人だ。
「こっちは優亜。おねえちゃんなの」
「いや、名前を訊いているんじゃなくて。要らないところが何とかって言っていたことの意味を訊いているんだ」
こっちの言っている意味が伝わっていないのだろうか。念のために明彦は砕いて説明してみた。この二人も、サルのように人の言葉が通じないのだろうか。
「貴方の身体で、要らないところはない?」
無表情に優亜という名らしい片方の少女が言う。
「身体……?」
この二人は一体何を言っているのか。冗談や嘘でこちらをからかっているのかとも思ったが、そんな様子ではなかった。瞳は本気なのである。
「お礼はするよ。だから要らないところがあるのなら、頂戴」
「貴方の望むものをあげるよ。だから頂戴」
真摯に、双子は明彦に語りかけている。
明彦の身体のどこかを、くれないかと。
「臓器移植でもして欲しいのか? あいにくとおれはドナーじゃない。他を探したほうが良いんじゃないか」
何かの病気、内臓に重大な疾患でもあって、移植相手でも探しているのかと明彦は見当をつけた。
それならこんなところをうろついているよりも、より専門的なところに行って訴えるべきではないかとも思う。ドナーでもない素人に話しかけても、移植が成り立つわけがないだろう。ここは学校で、病院ではなく、まして明彦はドナー登録をしているわけでもない。
素人同士の約束で移植手術が成り立つとも思えない。
多分、法律やら何やらが邪魔をするだろうとも思った。
大体、臓器を提供するつもりもない。
「他を探せよ」
あっさりと断った。
「要らないところ、ないの?」
小首をかしげて音亜と名乗った少女が訊いてくる。
「ない」
キッパリと言い切る。本当に要らないところなどない。明彦にとって身体は必要なところばかりだ。
「ほんとに、ない?」
「しつこいな。ない。いい加減にしないと人を呼ぶぞ」
他校の生徒らしい二人だ。こう言えば出て行くと思った。
双子は顔を見合わせ、お互いに首をかしげている。片方は不思議そうに、片方は無表情に。
同じ顔の、対照的な双子。
「ないみたいね、おねえちゃん」
「ないみたいね、音亜」
「じゃあ、違うのかな」
「じゃあ、違うみたいね」
頷きあって、双子は明彦を見た。
「違うみたいだから、ばいばい」
にこやかに、音亜は言い、
「ばいばい」
無表情に優亜が言い、強い風が吹いた。思わず目を閉じ、次に明彦が目を開けたときには、双子の姿は彼の視界内のどこにもない。
走り去ったにしてはいなくなるのが早すぎる。どこかに隠れでもしたのか。
べつにどうでもいいか。わけの分からない双子に付き合っているヒマなどない。ただでさえ奴に付きまとわれて迷惑しているのに。
明彦は弁当のふたを開けた。のんびりしていては昼休みに予習する時間がなくなってしまう……。