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組曲〜移し身の双子〜  作者: マオ
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弐・アスリート〜狂想曲(カプリッチオ)・1

 冬から不運続きだ。

 彼はそう思っている。

 志望校に入れなかったのは不運のせいだ。

 受験日に風邪を引いた。家を出たところで滑って転んだ。汚れたズボンを気にしながら駅に行ったら、人身事故があって列車が遅れた。

 余裕を持って家を出たのに、つくころにはギリギリで、あげく隣の席に座った奴がゴホゴホうるさく咳き込んで全然集中できなかった。

 家に帰って熱があったことに気がついた。転んで濡れたせいだろうか。どうりで試験会場で頭痛と寒気がしたはずだ。

 受かる自信は直前の日まであったのだ。担任も間違いなく受かるだろうから、変に緊張さえしなければ大丈夫だと太鼓判を押していた。

 なのに、落ちた。

 滑り止めに受けたところは受かったが、そこに行けても嬉しくない。自分が行きたかったのは、名門で名高い高校だったのだ。

 最初は推薦で行くつもりだった。でも、通ったのはほかの奴だった。

 そこからすでにケチがついていたのかもしれない。

 入学して二ヶ月が経とうとしているのに、彼は納得していなかった。

 自分が通うところはここではなかったのだ。

 本来ならもっと学業のレベルの高い高校に通っているはずだった。

 こんな、運動しか能のないような高校ではなくて、もっと頭のいい学校に通っているはずだったのだ。

 気に食わない。

「おーい、皆瀬(みなせ)

 かけられた声を、彼は無視した。声をかけてきたのは同じクラスの前の席にいる奴だ。いつもうるさく声をかけてくる。何よりの不運は、こいつに目をつけられたことだろう。

「みなせー、皆瀬明彦(あきひこ)くーん! 聞こえてるー?」

 しつこい。明彦は無視して歩き出す。付き合うつもりはなかった。こんなレベルの低い学校に楽しく通うような連中と友人付き合いをするつもりはないのだ。

 三年の間にもっといいところに転校するなり何なりするつもりでいた。

 留学するのもいいかもしれない。こんな高校から留学生が出るというなら、学校のほうは大手を振って送り出すだろう。

「皆瀬ー、皆瀬ー、みっなっせー」

 無視。

「みっなっせ、みっなっせ、皆瀬〜♪」

 だんだん調子っぱずれの歌のような呼び方になってくる。周囲の視線がちくちく刺さってきた。

 さすがに耐え切れなくなって、明彦は振り返る。

「うるさいっ」

「おお、振り返ったー。よーし、次からはこうしよう」

 嬉しそうに騒いでいるのは、明彦より少し背の小さい少年だ。明るい表情で不機嫌な明彦の態度にもめげずに話しかけてくる。

「なぁ、まだ部活決めてないんだろ? 陸上部入れ! な!?」

「断る」

 何度目の返事だろう。うんざりしながら明彦は断言した。入学し、同じクラスになり、こいつが前の席に座ったときからずっと勧誘されているのだ。

 とにかく陸上部に入れと。

「入れって、一緒に走ろうよー、青春しようぜっ」

「暑苦しい。寄るな」

 取り付くしまもない明彦の返答。

 が、彼は聞かない。素直に聞くような性格なら、この二ヶ月付きまとったりはしないだろう。

「入れ! たーのしいぞー。女の子多いし!」

「知らん」

 うるさいと言い捨てて明彦は歩き出した。これ以上付き合うつもりはないのに、奴はついてきた。

「なんでよ、女の子可愛いじゃん。うちの部、けっこう可愛い子多いよ? 運動してるからなかなかスタイルいいし。ウハウハできますぜ、お兄さんっ」

 ウハウハしているのはお前だけだろうと明彦は内心で思った。口に出すと喜んで絡んでくるので、喋らないほうがいいと学習している。

 無言で通す明彦に、奴は首をかしげた。

「あら? 女の子に興味ない? おっまえそれでも高校生の男かっ! 思春期の男は女の子見ただけでイロイロと反応するもんだろ!」

 うるさい。そうとしか思えない。大体女のどこがいいのだ。やかましくどうでもいいことを喋るだけだし、かと思ったらいきなり団結してとんでもないことをやりだすような女子のどこがウハウハできる存在なのか。

「はっ!? ひょっとしてお前男好き? そーか……早く言えよ。陸上部のためなら俺はこの身体を売るぞっ! さぁ、喰えっ!」

 目前に出てポーズをとる奴に向かって、しらじらと冷たい視線を向け、明彦は立ち去った。

取り残された奴の周りに、冷たい風が吹く。

「……ツッコんでよ、皆瀬……ボケにはツッコむのが礼儀だぞ……」

 寂しく呟く背後からの声に、付き合うつもりは毛頭なかった。


 なんなんだあいつは。

 はっきり言ってイラつく。毎日毎日、しかも登校直後から下校するまで奴は声をかけ続けてくるのだ。内容はいつも同じ。

『陸上部に入れ。一緒に走ろう』

 部活などやっているヒマはない。

 俺はもっと良い学校に移るんだ。

 こんなところでだらだらしているお前らとは違う。

 もっともっと成績を上げて、いい学校に行くんだ。

 何度言っても、奴はあきらめない。

 この二ヶ月ずっとそうだ。

『部活楽しいぜ? やろうよ』

『学校移ることないじゃん。ここもいいとこだって』

『だらだらも悪くないよー? いや、俺は真面目ですけどね』

『成績いいじゃん。この間の初テスト堂々トップだったじゃん。ほかの学校行くことないってー。一緒に青春しようよぉ』

 そんな阿呆な言葉ばかりが返ってくる。きっと奴には人の言葉が通用しないのだろう。

明彦はそう思うことにした。

 奴はサルだ。人間ではない。人語で説得しようとしても無駄なのだ。

 大体明彦を陸上部に誘う理由が分からない。

 まぁ、運動が出来ないわけではない。確かに走れば足は早いほうだ。興味がないので真面目に走ったことはないが、それでも中学の頃は上位に入るくらいだったから、真面目に走ればかなりのレベルだろうとは自分でも思う。

 が、興味はないのだ。

 中学の頃だって何度も誘われたが全て断った。勉強したかったからだ。部活などで時間を取られたくなかった。内申に響くから形だけでもどこかの部活に入っていたほうがいいとも言われたが、そのくらいで内申がどうにかなるような頭ではないと思っている。

 頭が固いといわれたことは何度もある。その度に明彦は鼻で笑ったものだ。

 偏差値の低い連中が何か言っているとしか思わなかった。

 そのくらいにしか思わなかった。

 だが、高校に上がれば中学の連中とは縁が切れる。レベルの高い学校には自分にふさわしい人ばかりがいるはずだ。そんな連中とならば友人になってやってもいいと思っていた。

 が、現実は、目指していた学校ではなく、程度の低い連中にまた囲まれることになってしまった。

 筆頭は、奴だ。

 同じ中学ではなかった奴が、何故明彦を執拗に陸上部に誘うのか分からなかったが、どんな理由があるにせよ迷惑であることに違いはない。

 あまり付きまとうようならストーカーとして訴えることは出来ないだろうか。

 家まではついてこないからストーカー扱いは難しいか。ならば教師に訴えるしかないが、こんな学校の教師が頼れる人物とは思えない。

 自分で防衛するほうがずっと確実か。

 しかし、とんでもなくうるさいサルを防衛するのはどうしたらいいのだろう。

 あんなタイプには初めて遭遇した。ある意味、第一種危険生命体との異種遭遇・緊急事態(エマージェンシー)である。

 どう対処したら良いのだろう。無視はあまり効果がない。罵倒もしてみたが、何故だか心底から理解できない反応で、奴は嬉しそうに『わーい、皆瀬に怒られたー!』などと言って喜んでいるくらいだから駄目だ。

 イヤミ……明彦の高度なイヤミが通じる脳みそが相手にない。

 いじめ。自分的に許せないのでやりたくない。

 言葉での拒否は最初の段階でやって効果がないことがよく分かった。

 どうするべきだろう? こんなくだらないことで頭も時間も使いたくはなかった。

 しかし、奴が明彦の前の席順のため、授業が始まり、終わるたびに捕まる。休み時間のたびに同じことの繰り返しだ。

『陸上部に入れ』

『入らん』

『入れ』

『イヤだ』

『入ってくれよぅ』

『断る』

『おねげぇしますだ、お代官様〜、入ってくだせぇ〜』

『……くだらん。入らないと言っているだろ』

 そんなやりとりが、次の授業が始まるまで続けられる。

 明彦としてはこんな阿呆なやりとりなどしたくないのだ。奴に付き合いたくもない。

 時間の無駄だとはっきり言える。

 無視して次の授業の予習でもしようと教科書を出すと、その教科書を手で引きずり倒して話しかけてくるのだから、頭にくる。

 どこまで自分の邪魔をすれば気が済むのか。

 しかもそれをクラスメイトが面白がっているのがまた頭にくる。

 またやっているよあいつ『ら』。そんな声が聞こえてくるたび、こいつと一緒にしないでくれと怒鳴りたくなるくらいだ。

 複数形にするな。おれは奴とは別の人間で、ましてサルでもない。

 同一視しないで欲しい。心底から思う。

 奴とコンビにされるのはごめんだ。

 ぐったりと息をついて、明彦は校舎を出た。昼休みに弁当を食べようとしていたのだが、教室では奴がうるさいので、どこか別の場所で食べようと歩いていたところを奴に捕まってしまったのだ。食堂に行っても良かったけれど、奴が来るかもと思うと安心して食事も出来ない気がした。屋上はほかの連中がうるさい。食事は落ち着いて取るものだと思っているので、人が来ないところが良かった。

 校舎をぐるっと回って、裏側に入り込む。木陰に入り込めば校舎からは見えない。

腰を下ろしてようやく一息つく。高校に入って奴に遭遇したせいで、いらん苦労をしているような気がひしひしとする。

 一刻も早くほかの高校に転入しなおすべきだ。心から思う。

 もっと偏差値の良いところなら、あんな異種生命体はいないだろう。

 少なくとも人の言葉が理解できる連中ばかりのはずだ。

 全く、あの高校に受かってさえいたら、こんな苦労はしなくて済んだだろうに。


「要らないところはない?」


 声がしたのはそのときだった。

ここから第二章です。とても嫌な考え方をする少年・明彦に、双子が語りかけ、そして明彦は?

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