終・いつか――いつまでも〜協奏曲(コンチェルト)
ひとりの少女がいた。
少女は一人。
少女は独り。
いつもひとりでいる少女を心配して、家族は少女に人形を与えた。
大きな人形。人と同じカタチ、同じくらいの大きさ。
少女は喜んだ。とても喜んだ。服を着せ、髪を梳かし、話しかけた。
家族よりも近く、人間よりも近く、人形は少女の友となった。
物言わぬ人形。語らない人形。表情のない、人形。
時が流れ、少女は大人になろうとしていた。
人形は置いていかれる。あれほど大切にしてくれた少女は、もう人形を見ない。
大人になった少女の横には大切な人が出来ていた。
家族も笑っている。幸せそうに笑っている。
少女は幸せになったのだ。
人形を置いて、行ってしまった。
置いていかれた人形は、何も語らない。硬質な顔に、表情などない。
“連れていって、くれないの?”
少女は戻らない。人形は語らない。
そしてまた、時間が流れる。
がたん。音がして、暗かった視界に光が射した。
「わぁ、大きな人形」
「おっきいねぇ」
ふたつの声。同じ顔の少女たちが人形を見ている。
「かわいいね」
「かわいいねぇ」
にこにこと二人は人形に語りかけた。少女が昔人形にそうしたように。
「ねぇ、おかあさん、これ、ちょうだい」
「ちょうだい」
母親はにこやかにいいわよと答えた。お母さんの昔の人形だけど、欲しいのならちゃんとかわいがってあげてねと。
母となった少女。その娘に、人形は渡された。
“連れていって、くれるの”
大きな人形。人と同じカタチ、同じくらいの大きさ。
双子は喜んだ。とても喜んだ。新しい服を着せ、髪を梳かし、話しかけた。
幸せな時間が訪れた。
そうしてまた、時は流れる。
座っていた人形の、硬質な瞳に何かが映った。
寝かされている少女と泣いている少女。ちょっとだけ大きくなった二人。でもまだ大人ではない二人。
“どうしたの。泣かないで。ねぇ、泣いているよ。起きて”
起き上がらない少女。泣きやまない少女。
人形は語らない。泣いていた少女はそのまま疲れて眠ってしまった。
寝ている少女は動かない。
“どうしたの。起きて”
物言わぬ人形は、悲しみの気配を感じ取っている。
“だめだよ、起きて”
ぎ。ぎぎ。人形は語らない。
ぎしぎし。人形は動く。泣き疲れて眠っている少女の頭を撫でた。
ぎしぎし。人形は動く。起きない少女の頬を撫でた。
同じ顔の二人。違うものになってしまった二人。
“どうしたの。ねぇ、笑って。前のように、笑って”
話しかけておくれと、人形は思う。前のように服を着せておくれ、髪を梳かしておくれ、話しかけておくれと。
幸せな時間を頂戴、前のように。
何が足りないの。どこが足りないの。どうして動かないの。
どうすればいいの。どうしたらいいの。
何をしたら、笑ってくれる?
モウ一度、笑ッテ。
ぎし。手を繋いだ。
きっと部品が足りないの。集めないと。
ぎしぎし。少女が目を開く。疲れて壊れた目を開く。
人形は。
***
「わたし、音亜」
にこやかに。
「こっちは優亜。おねえちゃんなの」
少女は笑う。
「要らないところはない?」
無表情に。
「あなたの身体で、要らないところはない?」
少女は言う。
「お礼はするよ。だから要らないところがあるのなら、頂戴」
「あなたの望むものをあげるよ。だから頂戴」
同じ顔の双子は言う。固く手を繋いだまま。
要らないところでいいの。
手を離したら死んでしまうどちらかのために、死なない身体を造るから。
あなたの身体のどこかを頂戴。
同じ顔、同じ声、同じ服、同じ身体。
双子は探し続けている。強制はしない。無理矢理に取っていくこともない。
ただ、訊く。
「ねえ、要らないところはない?」
何の疑問も持たないまま、探し続ける。
今はもう、どちらがどちらか分からない。
人形なのは音亜なのか、優亜なのか。
人間なのは音亜なのか、優亜なのか。
それともどちらも人形なのか。
それともどちらも人間なのか。
あの日少女が寝ていたベッドには何も残っていない。
あの日人形が座っていた場所にも何も残っていない。
だから何も分からない。
二人が人間なのか人形なのか。
それとも全く違う何かなのか。
――離れたら死んでしまうの……。
この手を離したら、どちらかが死んでしまうの。
永遠の、コンチェルト。終わりを知らないコンチェルト――。
これにて『組曲〜移し身の双子〜』は終了です。双子の目的はひとつだけ。でもその一つをかなえることはおそらく、不可能なのです。でも、彼女らがそのことに気付くことはないのでしょう……。長らくお付き合いありがとうございました。