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組曲〜移し身の双子〜  作者: マオ
21/22

四・バースディ〜聖譚曲(オラトリオ)・5

「駄目だったね」

「うん、駄目だったね」

 ちょっと困った顔で、音亜は優亜を見る。

「自分でなんとかするって、言ったね」

「うん、言ったね」

 無表情に、優亜は音亜を見ている。

「すごいね、珍しいね。二人とも、強いね」

「うん、そんな人、滅多にいないのにね」

 手を繋いだまま、双子は言う。望みがあるのに、かなえてもらわなくてもいいと言った彼と彼女。どこも似ていない二人で、血のつながりもなければ友人でも恋人でもないのに、二人は同じことを言った。

『自分の身体は必要なものだからあげられない』

『望みは自分の力でかなえる』

 真摯しんしに、同じことを言った。誇り高く言い切った。

「駄目だったね。欲しかったのにね」

「うん、欲しかったのにね」

 迷いながらも双子の申し出を断った彼と彼女。あの二人の身体ならば双子の望みもかなったかもしれない。

 でも、二人とも要らないところは無いと言ったから、双子は手を出せない。

 双子が欲しいのは、他人の要らないところ。

 必要ないところ。要らないところなら皆迷わずくれるから。あとで返せと言わないから。

 身体を造ろう。手を離したら死んでしまう姉妹のために。

 いつからそう思っているのか双子は覚えていない。どうしてそう思うのか双子は考えたことがない。

 ただ、手を離してしまえばどちらかが死ぬ。両方ではなくてどちらかが死ぬ。

 どちらが死ぬのかも分からないのに、双子のどちらともがそう思っている。

 ひたすらに、死んでしまうかもしれないどちらかのために、他人の身体を集めている。

 集めた身体がどこにあるのか。

 どうやって他人の身体で自分たちを造り出すのか。

 性別から血液から、果ては老若ろうにゃくまで関係なく集め続け、一体どうやって自分たちを造るのか。

「ねぇ、音亜」

「なぁに、おねえちゃん」

「あっち行ってみよう?」

「あっち?」

 姉が指をさす。妹はそちらを見る。手を繋いだまま。

「もっと集めなきゃ。音亜が死んじゃうかもしれないから」

「もっと集めなきゃね。お姉ちゃんが死んじゃうかもしれないから」

 双子が言いあう眼下で、笑いながら彼と彼女が歩いていく。

 風が吹いた。

 ふと、彼が見上げる。彼女もその視線を追ったが、すでにそこに双子の姿はない……。


          ***


「もー別れるっ!」

 叫んだ音量に彼は顔をしかめた。

「今度こそ別れてやるっ!!」

 彼女は大音声で言い切った。その腕には可愛らしい赤ちゃんが抱かれている。

「落ち着け、起きるだろ」

「ううー、別れてやるからねっ」

「はいはい、別れるのは分かったよ、子供が起きるから、落ち着け」

 彼女の剣幕に、彼は苦笑する。

 本当にいつまで経っても変わらない彼女だ。その点を言えば彼もそうなのかもしれないが。

「わーかーれーてーやーるーうぅううう」

 恨み言のように繰り返す彼女。

「分かった。別れろ。おれは止めん」

 うん、と頷いてやって、彼は奥に声をかけた。

「コーヒー淹れてやってくれるか?」

「今淹れてるわ」

 キッチンからは彼の妻の声。長年の付き合いで、彼女の様子にもすっかり慣れてしまっている。今更この程度ではうろたえない。

「ほんで? 今回はなにやったんだ、旦那」

「あたしの録画してた番組を消しやがったのよ」

 ……彼は深々とため息をついた。それだけかと言ってやりたかったが、それだけなのだろう、単純に。彼女はそういう人なのだ。

「参考までに訊くが、どんな番組?」

「この間やってた若手漫才師の特番。可愛い子いっぱい出てたのにーっ! 最近の漫才師は可愛い子多いのよっ」

 彼はソファの肘掛に肘をついて、半眼で彼女を眺めた。

「ほんっとうにアホ加減変わんないよなぁ……よく結婚できたよ、あんた」

「にゃにおう!? アンタこそあんなにいい嫁どこで見つけた!? 騙したんだろう騙したのね騙したんだ騙されたのよ奥さんっ!」

「コラ。人の嫁まで巻き込むな」

 コーヒーを運んできてくれた妻は楽しそうに笑っている。彼女と友人奥様付き合いができる心の広い妻を、時折真剣に自慢したくなる彼である。

「アンタにはもったいないお嫁さんよ。あたしにちょうだい。旦那やるから交換して」

「断固拒否する」

 即答する彼を、隣に座った妻は面白そうに笑っている。

「やだ、ちょうだい。二人で旅行いってくるから、アンタは旦那とむさくるしく過ごすのよ。やーいざまーみろー」

「やらんって言ってんだろ、アホ女。旅行いくなら嫁と二人で行くわい」

 何が悲しくて男二人で寂しく待たなければならんのだ。

 心底から寒い光景を打ち消しておいて、彼は彼女を見る。初めて会ったときからもうかなりの時間が過ぎて、お互い家庭を持つようになったのに、関係はまるきり変わらないのはどういうことなのだろう。

 彼女の旦那と彼の妻まで加わって、にぎやかなことこの上ない。もう少ししたら大きくなった子供たちもその中に加わるはずだ。

 形は変化したのに、関係は変わらない。

 彼女は彼女のままで、彼は彼のまま。

 そのままの、二人。

「旦那、そろそろ迎えに来るんじゃねえの?」

 苦笑して彼は言う。

 彼女が来る先はここだと決まっているので、旦那も迷わずここに来るはずだ。

 彼女はしれっと言い切った。

「あたしはいません」

「いるだろ」

「いません。妻とカケオチしましたと言っておやり」

「オイ。それ、おれの世間体を無視してるだろう」

「ヲホホホ、妻と妻に逃げられた情けない夫にしてやるー」

「いや、だから、おれの世間体」

「……あったの? アンタに世間体」

「帰れっ」

 叫んだとき、玄関のチャイムが鳴った。きっと彼女の旦那が迎えに来たのだろう……。


 恋人でなく、友人でもなかった。

 家族でなく、親戚でもなかった。

 ただ、一緒にいただけだ。

 でも、彼女は一人の時間を忘れ、彼は息が出来るようになった。

 出会った瞬間に生まれ出でた自分たちに、おめでとうと言える。

 かけがえのないものを見つけた。

 恋人じゃない。友人でも家族でも親戚でもない彼女と彼。

 でも、大切な人。

 生まれ出でた彼女と彼のオラトリオ。手助けなど要らない、望みは自分でかなえると、胸をはれる二人は、高らかなオラトリオを奏でている――。


四章が終了しました。ヘンな女性と振り回される少年が書きたかったのです(笑)。一章が少女同士、二章が少年同士、三章が男性と少女、なら、四章は女性と少年だな、と思ったので。そして、この章の二人は願いません。だから、名前も出ないのです。

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