四・バースディ〜聖譚曲(オラトリオ)・5
「駄目だったね」
「うん、駄目だったね」
ちょっと困った顔で、音亜は優亜を見る。
「自分でなんとかするって、言ったね」
「うん、言ったね」
無表情に、優亜は音亜を見ている。
「すごいね、珍しいね。二人とも、強いね」
「うん、そんな人、滅多にいないのにね」
手を繋いだまま、双子は言う。望みがあるのに、かなえてもらわなくてもいいと言った彼と彼女。どこも似ていない二人で、血のつながりもなければ友人でも恋人でもないのに、二人は同じことを言った。
『自分の身体は必要なものだからあげられない』
『望みは自分の力でかなえる』
真摯に、同じことを言った。誇り高く言い切った。
「駄目だったね。欲しかったのにね」
「うん、欲しかったのにね」
迷いながらも双子の申し出を断った彼と彼女。あの二人の身体ならば双子の望みもかなったかもしれない。
でも、二人とも要らないところは無いと言ったから、双子は手を出せない。
双子が欲しいのは、他人の要らないところ。
必要ないところ。要らないところなら皆迷わずくれるから。あとで返せと言わないから。
身体を造ろう。手を離したら死んでしまう姉妹のために。
いつからそう思っているのか双子は覚えていない。どうしてそう思うのか双子は考えたことがない。
ただ、手を離してしまえばどちらかが死ぬ。両方ではなくてどちらかが死ぬ。
どちらが死ぬのかも分からないのに、双子のどちらともがそう思っている。
ひたすらに、死んでしまうかもしれないどちらかのために、他人の身体を集めている。
集めた身体がどこにあるのか。
どうやって他人の身体で自分たちを造り出すのか。
性別から血液から、果ては老若まで関係なく集め続け、一体どうやって自分たちを造るのか。
「ねぇ、音亜」
「なぁに、おねえちゃん」
「あっち行ってみよう?」
「あっち?」
姉が指をさす。妹はそちらを見る。手を繋いだまま。
「もっと集めなきゃ。音亜が死んじゃうかもしれないから」
「もっと集めなきゃね。お姉ちゃんが死んじゃうかもしれないから」
双子が言いあう眼下で、笑いながら彼と彼女が歩いていく。
風が吹いた。
ふと、彼が見上げる。彼女もその視線を追ったが、すでにそこに双子の姿はない……。
***
「もー別れるっ!」
叫んだ音量に彼は顔をしかめた。
「今度こそ別れてやるっ!!」
彼女は大音声で言い切った。その腕には可愛らしい赤ちゃんが抱かれている。
「落ち着け、起きるだろ」
「ううー、別れてやるからねっ」
「はいはい、別れるのは分かったよ、子供が起きるから、落ち着け」
彼女の剣幕に、彼は苦笑する。
本当にいつまで経っても変わらない彼女だ。その点を言えば彼もそうなのかもしれないが。
「わーかーれーてーやーるーうぅううう」
恨み言のように繰り返す彼女。
「分かった。別れろ。おれは止めん」
うん、と頷いてやって、彼は奥に声をかけた。
「コーヒー淹れてやってくれるか?」
「今淹れてるわ」
キッチンからは彼の妻の声。長年の付き合いで、彼女の様子にもすっかり慣れてしまっている。今更この程度ではうろたえない。
「ほんで? 今回はなにやったんだ、旦那」
「あたしの録画してた番組を消しやがったのよ」
……彼は深々とため息をついた。それだけかと言ってやりたかったが、それだけなのだろう、単純に。彼女はそういう人なのだ。
「参考までに訊くが、どんな番組?」
「この間やってた若手漫才師の特番。可愛い子いっぱい出てたのにーっ! 最近の漫才師は可愛い子多いのよっ」
彼はソファの肘掛に肘をついて、半眼で彼女を眺めた。
「ほんっとうにアホ加減変わんないよなぁ……よく結婚できたよ、あんた」
「にゃにおう!? アンタこそあんなにいい嫁どこで見つけた!? 騙したんだろう騙したのね騙したんだ騙されたのよ奥さんっ!」
「コラ。人の嫁まで巻き込むな」
コーヒーを運んできてくれた妻は楽しそうに笑っている。彼女と友人奥様付き合いができる心の広い妻を、時折真剣に自慢したくなる彼である。
「アンタにはもったいないお嫁さんよ。あたしにちょうだい。旦那やるから交換して」
「断固拒否する」
即答する彼を、隣に座った妻は面白そうに笑っている。
「やだ、ちょうだい。二人で旅行いってくるから、アンタは旦那とむさくるしく過ごすのよ。やーいざまーみろー」
「やらんって言ってんだろ、アホ女。旅行いくなら嫁と二人で行くわい」
何が悲しくて男二人で寂しく待たなければならんのだ。
心底から寒い光景を打ち消しておいて、彼は彼女を見る。初めて会ったときからもうかなりの時間が過ぎて、お互い家庭を持つようになったのに、関係はまるきり変わらないのはどういうことなのだろう。
彼女の旦那と彼の妻まで加わって、にぎやかなことこの上ない。もう少ししたら大きくなった子供たちもその中に加わるはずだ。
形は変化したのに、関係は変わらない。
彼女は彼女のままで、彼は彼のまま。
そのままの、二人。
「旦那、そろそろ迎えに来るんじゃねえの?」
苦笑して彼は言う。
彼女が来る先はここだと決まっているので、旦那も迷わずここに来るはずだ。
彼女はしれっと言い切った。
「あたしはいません」
「いるだろ」
「いません。妻とカケオチしましたと言っておやり」
「オイ。それ、おれの世間体を無視してるだろう」
「ヲホホホ、妻と妻に逃げられた情けない夫にしてやるー」
「いや、だから、おれの世間体」
「……あったの? アンタに世間体」
「帰れっ」
叫んだとき、玄関のチャイムが鳴った。きっと彼女の旦那が迎えに来たのだろう……。
恋人でなく、友人でもなかった。
家族でなく、親戚でもなかった。
ただ、一緒にいただけだ。
でも、彼女は一人の時間を忘れ、彼は息が出来るようになった。
出会った瞬間に生まれ出でた自分たちに、おめでとうと言える。
かけがえのないものを見つけた。
恋人じゃない。友人でも家族でも親戚でもない彼女と彼。
でも、大切な人。
生まれ出でた彼女と彼のオラトリオ。手助けなど要らない、望みは自分でかなえると、胸をはれる二人は、高らかなオラトリオを奏でている――。
四章が終了しました。ヘンな女性と振り回される少年が書きたかったのです(笑)。一章が少女同士、二章が少年同士、三章が男性と少女、なら、四章は女性と少年だな、と思ったので。そして、この章の二人は願いません。だから、名前も出ないのです。