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組曲〜移し身の双子〜  作者: マオ
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参・ホスピタル〜夜想曲(ノクターン)・3

 脱走した悪い大人たちはラーメン屋で合流した。和人より先にラーメン屋にたどり着いていたあの男は、和人を見てよぉと手を上げる。

 ども、と挨拶を返して和人も横に座る。屋台のため座席がそう広くないのだ。つめて座ってくれとラーメン屋の親父にも言われている。

「ひょっとして常習犯ですか?」

「まぁね。ここのラーメン美味いから」

 男とそんな会話をして、ラーメンをすすっているうちに、あの少女の話になった。

 あの子もよく脱走するのかと和人は冗談半分で訊いた。

 男はいやと首を振った。

「あの子はなんだか難しい病気らしくてね、生まれたときから病院から出られないんだと。脱走なんて夢の話だよ。夜ああやってジュース買いに行くたびに、俺みたいな脱走犯に会うって笑ってた」

 男は少しだけ悲しげに続ける。

「外の話してやると喜ぶんだよなぁ、遊びに行きたい年頃だろうにさ……小生意気な最近のガキと違って可愛いもんだ。俺らみたいな脱走常習犯の間ではアイドルだよ。あんなにいい子なのになぁ……神様ってやつは残酷だ」

 しんみりと、男は言う。

 和人は思い返していた。

 一緒に行く? と訊いたとき、少女は笑っていた。面白そうに笑っていたのに。

「外に、出られないんですか、あの子……」

 白いパジャマ。生気感じられない細く小さな女の子。

 笑っていた。行ってらっしゃいと。気をつけてと言って送り出してくれた少女。

 たった二回会っただけの少女。

 楽しそうに、笑うのに。

「にいちゃんもさ、あの子に会ったら、外の話してやんなよ。凄く喜ぶんだ。それがどんなにくだらない話でも、あの子には楽しいんだろうな。な、頼むよ。俺もうすぐ退院なんだ、あの子に話ししてやれるのも、あともう少しの間だけだからよ」

 男は和人に拝むように手を合わせた。



 昼。

 売店に雑誌を買いに来た和人の視界に、白いパジャマ。彼女は興味深そうにお菓子の棚を覗き込んでいる。何を買うか悩んでいるようだった。手にはあの小銭入れを持っている。

 そのうちに少女は手にとっていろいろと見定め始めた。真剣な表情が見ていて面白い。

 高くても数百円の買い物。それでも彼女くらいの年頃には大金なのだろう。

 あんな年頃が自分にもあったなぁ。そんなことを考えて和人は雑誌を持ってレジに向かった。

「あ、おにいさん」

 精算していると背後から声がかかった。何を買うか決めたらしい。小さな小箱のようなお菓子を手にして、彼女が立っている。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

 ちゃんと挨拶が出来る子だ。

「お菓子買うのかい?」

「うん。おにいさんは本買ったの?」

 少女はお菓子をレジのおばさんに渡し、それから和人を見た。

「おにいさん、わたし本持ってあげるよ。松葉杖で荷物持つの大変でしょ?」

 確かに手は塞がってしまっている。持てないことはないが、面倒ではあった。

 昨夜の男の声がよぎった。難しい病気。外にも出られない少女。

「大丈夫だよ」

 やんわりと断る。身体の弱い少女に荷物を持たせたくなかった。それが軽い雑誌でも、だ。

「いいの、持ってあげる。おにいさん足痛いんだし」

 会計を済ませ、彼女は和人の手にしている雑誌を引っ張った。今にも落としそうだったそれはあっけなく少女の手に収まってしまう。松葉杖のほうに神経がいっているため、抵抗できなかった。

「あ、大丈夫だって」

「いいの。おにいさん、どこの部屋?」

 結局、彼女は部屋まで雑誌を持ってきてくれた。病室まで一緒に歩いて、窓から射す日の光の中で少女の姿を見たとき、真っ白いパジャマの彼女は冗談でなくそのまま日の光に溶けてしまいそうに見えた。


         ***


 恋でなく、愛でもなく、淡く儚く、ただ、そこにあるもの。

 かなうはずもない。

 それでも。

 だからこそ。


        ***


 夜。

 今夜も抜け出して何か食べてくるつもりでいたところを、やはりいつものようにジュースを買いに来た少女とばったり会った。

 昼間も売店で何度か会い、その度にその辺の椅子に座って話をして、和人はすっかり少女と打ち解けていた。いつかの男が言ったとおり、少女は本当にたわいもない話で喜んだ。

 屋内スキー場で転んで骨を折ったと言ったとき、屋内でスキーが出来るのと目を丸くしていたくらいだ。本当に外のことを知らないのだろう。訊いてみるとテレビもあまり見ないのだという。昼はもっぱら家族の持ってきてくれる本を読んでいるとのこと。

 世間知らずもいいところだ。気の毒だと思う。世の中にはくだらないことばかりする連中が山ほどいるのに、こんなにいい子がこんなに窮屈な思いをしているなんて。

 外を見せてあげたいと思うのは偽善だろうか。少しでも少女に楽しい思いをしてもらいたいと思うのは、罪だろうか。

「初めて見たとき幽霊かと思ったよ。白いものがすぅーっとよぎったから」

「あははは、お化けみたいだった?」

「話しかけられてなおビックリした。小さい声だったし」

「だって夜だもん。大きな声出したらカンゴフさん来ちゃうよ」

 話しているとほかの脱走患者も混ざってきた。少女は本当に夜の悪い大人の間でアイドルらしい。

 たわいもない話をした。本当にたわいもない話ばかりだった。

 馬鹿みたいに笑って、看護師に見つかったこともある。少女と一緒だったことで、大の大人が子供に夜更かしさせるなんて、と、こっぴどく怒られた。

 それも次の日の夜には笑い話になっていた。

 たわいもない話だ。どこにでもある、そんな話。



 昼。

 ざわざわざわ。売店のそばはいつも混雑している。通れないくらいではないが、入院患者だけではなく通院の患者も買い物に来るため、昼間は驚くくらいに人が多い。

 その中に、白いパジャマ。

 ああ、あの子だと和人はすぐに気がついた。いつも白いパジャマを着ているから、すぐ分かる。

 少女は誰かと話していた。相手はパジャマ姿ではない。通院の患者だろうか。一目で双子と分かるくらいに同じ顔をしている少女たちと話している。

 同じ顔、同じ服、同じ髪型。

 手を繋いだ、双子。


        ***


「わたし、音亜」

 にこやかに、片方が言う。

「こっちは優亜。おねえちゃんなの」

「要らないところはない?」

 無表情に、片方が言う。

「貴女の身体で、要らないところはない?」

 口々に、双子は言う。

「お礼はするよ。だから要らないところがあるのなら、頂戴」

「あなたの望むものをあげるよ。だから頂戴」

 双子の声に、少女は首をかしげる。

「わたしの身体、ポンコツだよ。ほしいの?」

 病気に犯された身体。外に出ることもままならない身体。そんなものが欲しいのかと、少女は首をかしげる。

「要らないところがあるのなら、欲しいの」

 無表情に優亜は言う。

「うーん、要らないところ……病気の身体全部かなぁ」

 そこまで答えて、少女は再び首をかしげ、疑問に思ったことを素直に口にする。

「ねぇ、要らないところをもらって何をするの?」

 重い病気の少女の身体さえ欲しいという双子。貰って一体何をするのか。

「造るの」

 にこやかに、音亜が言う。

「何を?」

 無邪気に少女が問う。

「「わたしたちを」」

 双子は声を揃えた。

 少女に意味は伝わらない。よく理解できないと言いたげに、瞳をぱちくりと瞬かせている。

 造るといったその意味が、分からない。

 身体の要らない部分を欲しがる意味が分からない。

 それで望みがかなうのかどうかも分からない。

 でも、望みが本当にかなうのなら……。


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