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組曲〜移し身の双子〜  作者: マオ
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序・晴れた日〜小奏鳴曲(ソナチネ)

 春。

 天気のよい日だった。

 可愛らしい二人が仲良く手を繋いで歩いている。

 公園のベンチに座ってぼんやりとしていた私の視界に映った二人の少女。

 中学生、いや、高校生くらいだろうか。

 同じ顔をしていた。双子なのだろうと予想できた。

 同じ服を着ていた。どこかの制服だろうか。タイの着いた丈の短い上着に、スカート。あまり派手な印象ではない。いまどきの子供などと称してテレビで映すような大胆な格好ではなかった。見てみると靴まで一緒である。やはりどこかの学校指定の制服なのだろう。

 同じ髪形をしていた。肩まではわずかに届かない、日の光に緑にも見える髪。

 同じ瞳をしていた。日の光に青く映る不思議な瞳。

 日本人ではありえないような髪と目の色だが、今は染めているものもいるし、カラーコンタクトというものもある。真面目そうな少女たちに見えるが、平日の真昼間に公園を歩いている辺り、見た目の印象と中身は違うというところか。

 どこを見ても違いなど見当たらないような少女二人。

 陳腐な表現だが、まるで鏡に映したかのように、彼女たちは同じ顔と姿を為している。

 あれでは親でも見分けが付かないのではないだろうか。

 固く固く手を繋いで、彼女たちは歩いている。決して手を離さないというように。

 その少女たちを見たのは偶然だ。なんとなく目がいった。

 どこへ行くのだろうと思った。

 平日の昼間に、制服らしき格好のまま公園を歩いている双子の姉妹。

 このままでは補導されるのではないだろうか。

 ぼんやりとそう思った。

 が、私は他人だ。少女たちの身内でもなければ保護者でもない。心配など余計な世話だろう。とは言っても、良識のある大人であれば学校に行きなさいと注意するところではある。

そう思ってはみるものの、最近の世情の様子を見る限りでは、まともな注意をしただけで割に合わない報復をされることがあるので、他人にはあまり声をかけないほうがいいような気がする。

 心配して声をかけただけで痴漢や変質者扱いされてはたまらない。

 特に春先は変な人間が多発するといわれている季節でもあるので、なおさら変態扱いされる可能性が高いような気がする。

 私は日和見を決め込んだ。

 どうせ他人だ。それに学校をサボってのうのうとこんなところを歩いているような少女は、一度補導でもされたほうがいいのかもしれない。

 それで懲りてサボらなくなるかもしれない。

 私がそんなことを考えている間に、双子の少女は公園に入ってきた女性を見ている。

 どこか生気のない女性だった。身体は大きく、かなりのぽっちゃり感の――要は太っているということなのだが――女性。

 元気のない様子で公園に入ってきて、私の向かい側にあるベンチに座った。

 大人が優に三人は座れるベンチなのに、女性が座ると満席状態に見えた。

 その女性に興味でもあるのか、双子は近付いていく。

 片方の子は笑っていた。

 片方の子は無表情だった。

 同じ顔でも心はやはり違うようだ。

 同じ姿の、違う人間。

 彼女たちは何事かを女性に話しかけている。

 片方の子は笑顔で。

 片方の子は無表情で。

「――ょうだい」

「――だけでいいの」

 途切れ途切れに、双子の声が私にも聞こえる。向かい側のベンチとはそれなりに距離があるが、障害物がないので声は通る。

頂戴(ちょうだい)

 一言が明確に聞こえた。

 もしやあの子らは女性に金品でもせびっているのだろうか。そうだとしたら大人の私は警察を呼ぶなり双子を止めるなりしなくてはならないだろう。

「要らないところでいいの」

 にこやかに、片方の少女がいう。

 要らないところ……? どういう意味だろう。私はさりげなく耳を済ませた。

「要らないのなら、頂戴」

 無表情に、片方の少女がいう。

 何をくれと言っているのか。女性は不思議そうに双子を見て、

「そんなものでいいの……?」

 おそるおそる問いかける。その様子には希望のかけらのようなものが見受けられた。

 先ほどまで生気がないと思っていた女性に、少しずつ何かが戻ってきているような。

 何かに疲れきった人が(すが)るものを見つけたかのような、そんな表情になる女性。

 双子は笑いながら。

 双子は無表情のまま。

「お礼はするよ」

「だから頂戴」

「貴女の望むものをあげる」

「だから頂戴」

 交互にそう行った。女性は眉を寄せ、考え込んでいるようだった。

 一体何を頂戴と言っているのだろう?お礼をすると言っている双子。

 望むものをあげると。

 なんのことやら。私は意識を女性たちから逸らした。

 見ていても意味がない。そう思った。

「要らない部分でいいの」

「貴女の要らないところを頂戴」

「……あげるわ」

 女性の声が聞こえた。視線をやらずとも音は勝手に耳に入ってくる。

「どこ?」

「どこをくれるの?」

 双子は女性に話しかけている。

「あたしの要らない部分は、このぶさいくな鼻。つぶれて醜いこの鼻をあげる。それであたしの願いがかなうならね」

「いいわ」

「頂戴」

 にこやかに、無表情に、手を繋ぎあったままの双子は頷いた。

「そのかわり、あたしの望みはかなうのよね? このぶっさいくな鼻のかわりに」

 ヤケになっているらしい女性は、鼻を鳴らして言い捨てる。信じてはいないのが明らかだった。まぁ、当然の反応だろう。変わった子供の言い分に付き合うだけ、この女性は人が好い。 私はそう思い、再び視線を向けた。他にやることを思いつかなかったのだ。

「そうよ」

「かなうわ」

 にこやかに笑うほうが女性に手を伸ばした。女性の要らないと言った部分をそっと撫でる。

「頂戴、ね」

 くすくすとあどけなく笑う顔に、女性がひきつった。本当に鼻をちぎられると考えたのか。

 あんなに小さく細い手にそんな力があるわけがないのに。

 私は内心で小さく笑った。

 少女はそれ以上何もせずに手を離したからだ。

「約束、したから」

 無表情のほうが告げて、双子はそのまま歩いていく。もう女性には興味がないとでもいうような態度だ。ベンチに座っていた女性が大きく息を吐く。

 お人好しな返事をしたせいで、恐い思いをしたようだ。

 あんなに華奢な少女たちに人の鼻をちぎるようなことが出来るわけがないだろうに。

 女性もそれに思い当たったのか苦笑を浮かべている。本気にするなど馬鹿げたことだと分かったのだろう。

 彼女はそのまま立ち上がり、公園の外へ出て行った。

 私は見送り、ベンチを立った。

 煮詰まった気分をなんとかしたくて公園に来てみたものの、日向ぼっこをしていただけのような気がする。

 戻って仕事をしなければ。

 重い足を引きずるようにして公園を出たとき、悲鳴が聞こえた。

 走っていく人たち。

 何があったのだろう。野次馬根性で私は人の流れにまぎれて歩いた。あいにくと人が多すぎて目で見るところまでは行けなかった。

 周りの人の言葉から、何かの事故が起こったくらいは見当がついた。

 救急車のサイレン。赤く回転する光が近付いてくる。

 ケガ人がいるらしい。

 大変だな。

 他人事そのもので思い、私はその場を後にした。


こりずに長編です。よろしければ完結までお付き合いください。

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