道中-01
「不思議の国のアリス」について知っている知識なんてたかが知れている。
某有名アニメは幼い頃に1・2度見た程度だし、後にネットで精神病を患う幼い少女が見た奇想天外な夢、という説を見たくらいだろうか。
あと、続編に「鏡の国のアリス」があるんだっけ。
本当にその程度だ。
パロディ作品の多い童話だし、物によってはかなり残酷な話に改変されてたりするから、正しい知識なんてほんのわずかだろう。
実際はどんな話なのか。
しかしそれを知ったところでどうにかなるのか。
―――ここは本当に「不思議の国」なのか?
「…んなもん知るかボケ……」
ぼんやりと呟いた自分の声に意識を取り戻す。
少し眠ってしまっていたらしい。
僅かに湿った空気と噎せ返りそうな土と緑の香り。
低い視界から見上げているのは、地面に仰向けで転がっているからだろう、なのに後頭部はやけに柔らかだ。
地べたに枕で寝転がってるのかと思ったが、それはかなりシュールな絵面だなぁと思わず笑ってしまったことで、振動が伝わったらしい。
「枕」の主が声をかけてきた。
「…目が覚めたんなら起きて欲しいんだけど」
薄茶色の耳が揺れて視界に入る。
どうやら僕の「枕」は白ウサギさんの膝枕だったようです。
リアル膝枕だなんて、なんて美味しいシチュエーションだろうか。
これで相手がもうちょっと僕好みの女の子だったら尚嬉しいのになぁ、なんて思いながら体を起こすと、待ってましたとばかりに白ウサギは立ち上がった。
お陰で危うく膝蹴りを喰らうところだった。
寝起きのニーキックはいただけない。
「ほら、とっとと行くよ」
ぐいぐいと持ち上げるように腕を引っ張られ、ふらふらと立ち上がる。
次いで周囲を見回すと、輝く花畑のど真ん中のようだった。
なんてメルヘン。
天井の見えない洞窟(というか穴?)の最下層に、自ら光り輝く花々が咲き乱れている。
だから妙に明るいし、土と緑の匂いがしたらしい。
「とっとと歩いて」
幻想的な風景に気を取られている僕を、白ウサギは容赦なく引っ張った。
もうちょっとくらい見学させてくれよと思ったが、この子は「アリス」を女王様のところまで運ぶのが役目なのだ、当然の事と言える。
女王様、ねぇ。
「なぁ、白ウサギ。なんで女王様に会いに行かなきゃならないんだ?」
たしか不思議の国のアリスの「アリス」は、ウサギを追い掛けて迷い込んだ不思議の国で、元の世界に戻る為に女王様に会う…んだっけ?
ただ単に遭遇したんだっけ。
どの道、無理矢理に会う必要はないように思うんだが。
「女王様が会いたがってるからだよ」
じゃあ女王とアリスは既知なのか。
でも既知の間柄である二人の逢瀬を、他人である僕が代打で担当してしまっていいものだろうか。
それともビジュアルだけでも「アリス」なら問題ないのか?
それだと「アリス」に会いたがる意味が分からない。
分からない事だらけだ。
目の前を進む白ウサギの背中を追うようにしながら、女王様は良い人でありますようにと祈るぐらいしかできなかった。
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