第4話:学園への誘いと最初の出会い
朝。
霧の残る森の中、やわらかな光が差し込んでいた。
鳥のさえずり。
葉の揺れる音。
静かで、いつもと同じはずの朝。
それなのに——
(……なにか、違う)
胸の奥が落ち着かない。
理由はわからない。
けれど、小さなざわめきが消えない。
そっと胸元に触れる。
ペンダントが、わずかに熱を帯びていた。
まるで——何かを、告げるように。
⸻
朝食のあと。
湯気の立つ器を置いたまま、老人がぽつりと口を開いた。
「……お前さん、この先どうするつもりじゃ?」
その言葉に、手が止まる。
考えていなかったわけじゃない。
——言葉にすることを、避けていた。
沈黙が落ちる。
老人は急かさない。ただ、こちらを見ている。
「この森で生きることも、できるじゃろう」
静かな声。
否定はしない。
「……じゃが」
間を置く。
「それだけでは、いずれ限界が来る」
胸がわずかに痛む。
図星だった。
ここは安全だ。
でも、それでいいのか……ずっと考えてはいた。
「外にはな」
老人は視線を外し、窓の向こうの森を見る。
「“学び舎”がある」
(……まなびや?)
聞き慣れない言葉に、わずかに首を傾げる。
「力を持つ者。あるいは——持つ可能性のある者を集め、育てる場所じゃ」
胸元が、強く脈打つ。
(……っ)
ペンダントが、はっきりと熱を帯びる。
その反応に、自然と背筋が伸びた。
「お前さんのような子が」
老人の視線がゆっくりとこちらに戻る。
「行くべき場所……かもしれんな」
断言はしない。
しかし——逃げ道も残さない言い方だった。
(……行くべき場所)
心の中で、その言葉が何度も繰り返される。
ここは、安心できる場所。
少なくとも、前世のあの場所とは違う。
否定されない。
追い払われない。
でも——
(……それだけで、いいの?)
問いが浮かぶ。
ここにいれば、生きていける。
けれどそれは——
“与えられた場所で、ただ生きるだけ”
前と、何も変わらない。
ぎゅっと、ペンダントを握る。
温もりが、背中を押す。
(……変わりたい)
怖い。
知らない場所に行くのも、
知らない人と関わるのも。
だけど、私…
(ここで止まったら、きっと後悔する)
小さく息を吸う。
そして、顔を上げた。
「……行きます」
声は、まだ少しだけ震えていた。
それでも——自分で選んだ言葉だった。
老人は、わずかに目を細める。
「……そうか」
それだけ。
ただ——どこか、最初から分かっていたような静けさがあった。
⸻
数日後。
森を抜け、幾つかの村や町を進んだ先に、世界は広がっていた。
石畳の道。
行き交う人々。
見上げるほどの建物。
(……これが)
息を呑む。
(……外の世界)
人の多さに、胸がざわつく。
視線、音、気配——すべてが一度に押し寄せる。
思わず、一歩下がる。
(……無理かも)
その考えがよぎった瞬間——
「ねえ」
不意に、声がかかる。
びくりと肩が揺れる。
振り向くと——
同じくらいの年頃の少女が立っていた。
明るい茶色の髪。
柔らかな笑顔。
警戒が先に立つ。
「君も……新入生?」
少し首を傾げながら、そう言う。
敵意はない。
ただの問いかけ。
「……あの学園、行くんでしょ?」
指差された先には——
高くそびえる門。
その奥に広がる、巨大な建物。
空気が、わずかに震えている。
(……ここが)
胸元のペンダントが、再び光を帯びる。
(……呼ばれてる)
そんな感覚。
少女は屈託のない笑顔で言う。
「私はリナ。ねえ、あなたの名前は?」
少しだけ、言葉に詰まる。
(……名前)
前世では、呼ばれることすら少なかった。
呼ばれても——
それは責める声ばかりだった。
だから。
名乗ることが、少しだけ怖い。
でも——
「……ミラベル」
小さく、そう答えた。
少女はぱっと表情を明るくした。
「よろしくね!」
まっすぐな笑顔。
疑いのない声。
その瞬間——胸の奥が、少しだけ緩む。
(……あたたかい)
怖さは消えない。
でも——それだけじゃない。
大きな門の前に立つ。
見上げるほどの高さ。
ここを越えれば——もう、元には戻れない。
ペンダントを握る。
脈打つような熱。
(……怖い)
誰かと関わるのも。
信じるのも。
(……また、逃げるの?)
前世みたいに。
苦しいことから目を逸らして、
何も変えないまま終わるの?
それだけは——嫌だった。
ゆっくりと、一歩踏み出す。
門を越える。
その瞬間——空気が、変わった。
世界が、広がる。
ここからすべてが始まる。
新しい出会いも。
試練も。
そして——自分の知らない“力”も。
これはまだ小さな一歩。
けれど確かに——運命は、動き出していた。
最初まで読んでいただき、ありがとうございます。




